第10話
「要君要君」
先生の声に、顔を声のする方に向ける。
貳瑰洞先生はそれは嬉しそうに、ニコニコしながら要を見つめている。
その幼児の様な表情に、年なんて凄く上の人なのに
「なんか可愛い……」
なんて思うのは、やべぇやべぇ……。
「君どう思う?」
先生は殴り書きした用紙を、見せながら言った。
「あー」
要は達筆?癖字?なのに、殴り書きしているから、何て書いてあるのか読み解くのに時間がかかる。
要がかなり苦心して読んでいて、フッと見ると子供の様にワクワクしながら、期待に満ち溢れる表情で要を見る先生に気がついた。
「あー、凄く良いっす」
「うーん?君何処がいいのかな?」
「えっ?あー、この……稲荷大明神が……」
要が先生の書いた字を指差して言うと
「えっ?此処?此処か?稲荷大明神……」
と声を出したので、要はぐっと見入って解読した。
……いやいや、どう見たって、この字は稲荷大明神だろう?……
「そうか?君稲荷大明神が気に入ったのか?」
と言った。
「いやぁ、気に入った……っていうか……」
……字が……字がその辺しか読めん……
「先生。申し訳ないんですが、もう少し……もう少しだけ丁寧に書いて貰えませんか?」
要は腰を折る様に、頭を下げて言った。
「へっ?」
「凄い達筆っていうか……癖があるってゆーか……」
「おお君!そうなんだ、そうなんだよ。ごめんごめん。僕は子供の頃から凄い悪筆でねぇ……」
先生はそう言いながらも、嬉しそうに要を見た。
「いやぁ、ほんと……本当に久しぶりに指摘されて、僕は嬉しいよぉ」
先生はもう、抱きつかんばかりに言った。
「うんうん。今夜書き直しておくからね……」
「えっ?今からですか?そんな……先生にお手間をおかけしては……」
「ううん。いいのいいの。ほんと久しぶりに、指摘されて嬉しいなぁ」
先生はそう言うと、要から用紙を取り上げた。
「おお!もうこんな時間になっているのか?悪かったねぇ、君帰っていいよ。また明日ね」
夕陽が沈みかけているのを、障子を開けた窓から見て言った。
「ああ、はい。……じゃあ、失礼します」
「また明日ねぇ」
先生は忙しげに手を振ると、再び文机に向かって、ブツブツと何かを言いながら用紙に書いていく。
よくドラマとかで見る、凄く使いこなしているっぽい万年筆を滑らせて。
「まじ、作家さんだわ」
なんかで見たドラマの影響で、固定観念となっている光景を見て言っている。
要が作家の作家ぽいところなんて、知っているわけがない。
「あら?お帰りですか?」
玄関に向かっていると、米子に会って声を掛けられた。
「ああはい。また明日来ます。宜しくお願いします」
「こちらこそ。先生をお助けして行きましょうね」
「お助け……っすか?」
「ええ。あなたは先生にとって、それは大事な人だもの……」
「うっ。米子さん、何かご存知の事があったら、教えてくださいよ。なんか米子さんの一言一言が、凄ぇ僕を不安にするんすけど……」
「だって大事な人ですもの……」
米子は凄く大真面目に言った。
それが余計に不安を煽る。
「そう言えば、先生って奥さんは……」
「奥さん?」
米子は、一瞬考える様にして見せた。
「奥さんはいないわよ」
「え?ずっとっすか?」
「私が知っている限りは……」
「……って言われても……」
「あー、先生は結婚をしてないのよ」
「へっ?なんで?」
「なんでって言われても、ご縁がなかったからじゃない?」
「まじかぁ……?」
要は真顔で考え込んだ。
「ずっと寂しそうだったけど、要君が来て呉れる様になれば、それもなくなるわね」
「えっ?何で?」
「何でって、今日の先生見れば解るわよ……」
米子はそう言うと、物凄く意味有りげに笑った。
「ほんと、今日は久しぶりに、先生楽しそうだったもの……」
「へっ?」
「要君、先生のお気に入り、それもかなりの……」
「ええ!!!」
米子の意味ありな言い方に、要の不安はMAXに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます