第8話
広い廊下を歩いて奥に行く。
要の家の2倍はありそうな、広い廊下だ。
上がり框から直ぐに洋風なドアの部屋が幾つか続き、行き当たった左右に再び廊下が続いている。
右も左もパッと見た感じ、障子と襖の部屋が両側に続いていて、此方は和室である事が想像できる。
「凄く広いですね……お屋敷の様だ……」
「ああ……うんうん。何と言ったかなぁ?お偉い方が住んで居た家でね、僕が何となく譲り受けちゃったんだよねー」
「何となく……ですか?」
「そうそう……何となく……。僕はこんなに広い家だと凄く凄く不便なんだが、なんでだか……前の前のご当主がどうしてもって言ってさぁ……はあ……」
貳瑰洞先生は、本当に困った顔を作って要を見て笑った。
「要君、こっちこっち……」
先生は、一番端にある部屋の襖を開けて手招きした。
「あーはい」
要はちょっと小走りに、先生の後から部屋に入った。
「えっ?」
入って右側に障子があって、開いていると森林に続く入り口が目に入った。
「凄いっすね、この先森林ですよね」
「うん。この奥は神様が在わす森林でさぁ。古くからの木祠があってさ、其処には、偶に神様がお出でに成られるから、この森林は誰の物にも成らないのさ」
「神様がお出でに成られる?」
「うんうん。大概の神様ってさー、ほら」
先生は人差し指を天に向けて立てた。
「彼方にお出での事が多いんだけどさー。此処の神様は、彼方とこの森林が続いているのか、意外と頻繁にお出でに成られてる……この日本においても、神様が地上にお出でに成られるのは珍しいんだ。だからそれは尊い森林なんだよ」
「凄いですよね」
「そりゃ、凄い所なんだよ。うん、だから僕は前の前のご当主から、どうしても此処でお仕えしてくれといわれてさぁ」
「マジっすか?お仕えっすか?」
「……って言っても、只住んでるだけなんだけどさ」
要は先生の言い方が可笑しくて、ちょっと吹き出してしまった。
「あっ!す、すみません」
流石の要も恐縮して言った。
「いいんだよー。誰だって笑っちゃう話しだろ?べ、別に頭は可笑しくないからさぁ」
「違います違います!先生の言い方が可笑しくて……。何つーか、凄く凄い話ししてんのに、凄く軽いっていうか……」
先生は要を、嬉しそうに見つめて微笑んだ。
「だって、本当に只住んでるだけだからさ……」
「ああ……はい……」
先生は要が少し笑っちゃうのを、心良さげに笑って見つめた。
正面に水仙の花が咲き誇る襖があって、その前にかなり古い文机が置かれていて、その机によくあった座椅子が対をなしている様に置かれている。
机の上に、黒塗りのそれは高級そうな文箱があった。
蓋には、襖と同じ水仙の花が描かれていて、これも対を成している様だ。
先生はその文箱の、水仙の花が描かれている蓋を開けて、中から一枚の和紙を取り出して、再び蓋を閉めた。
「あっ!」
要は〝ひらり〟と水仙の花弁が、散った様に見えて声を出した。
「ああ、すみません。水仙の花弁が一枚散った様に見えて……」
要は目を疑った、数本描かれている水仙の花の、一枚花弁が欠けている。
「えっ?」
「えっ?」
先生は和紙を片手に持ったまま、要を凝視して言った。
「……水仙の花……一枚……花弁が……あれ?」
目を凝らして見ると、水仙の花は全て花弁を欠ける事なく、それは見事に描かれている。
「あー!すいませんすいません」
要は慌てて言った。
「よくさぁ、花弁が散るんだよねー」
先生は中央に置かれている、黒檀の卓に手に持った和紙を置きながら言った。
「はい?」
「なんかさぁ、お気に入りのお客様だと、一枚花弁を散らして呉れるんだよね」
「はあ……」
「君はさぁ、僕のお気に入りだから、此処の物たちのお気に入りでもあるわけで、それは凄くいい事なんだ」
先生はそう言うと、卓上に置いた和紙を指した。
「何て書いてあるか、解るかなぁ?」
先生は楽しげに要を見て聞いた。
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