第6話
「えーと羽鳥さん……羽鳥さん……」
要は駅の改札口で、昨日の男性の……編集長の羽鳥さんの名前を連呼する。
さすがにこれ以上落ちるのは、かなり図太くできている要のメンタルに、限界がきそうだ。
と言っても、こんな有名会社に就職できるとは思っていないが、飛鳥の言う通りこの際バイトでもいいから、採用の文字が欲しい。
そうでもないと、精神がかなりヤバくなっている。
「おっ!いたいた」
羽鳥はそれは大仰に、大手を振って要を見た。
「いやぁ、よかったよかった。本当に良かったよ」
それは抱きつかんばかりの、喜びようを見せてくれる。
「はぁ……。ありがとうございます」
何に礼を言っているか解らないが、とにかく大手の会社というだけで、自然と出てしまう有様となっている。
「じゃ、行こうか」
「ああ、はい」
羽鳥の後を付いて歩いて行く。
「君さ、彼処にいる女性……」
「ああ、すげぇ美人の?」
「美人?」
「えっ?あの人美人じゃないスカ?いやぁ、おれ……私は美人にしか見えませんが?」
「へえ?そうなのか?」
「あの……羽鳥さんには、あの人はどう見えるんです?僕ってやっぱり感覚変ですかね?」
「どうして?」
「あー、姉の飛鳥によく変だって……」
「いやぁ、たぶん君の方が本当だと思うよ」
「そうスカ?」
「じゃ、彼処の猫……」
「ああ、赤トラのかなりデカイヤツ?」
「そうなのか?あいつそんなにデカイか?」
「???」
そんな事を幾度か質問されながら、大通りを抜けて路地に入った所に、それは由緒正しそうな割烹料理店にやって来た。
「羽鳥さん……」
店に入ろうとする羽鳥編集長に言った。
「うん?」
「今日は面接ですよね?」
「うん、そうだよ」
「…………」
「ああ!君を面接するのは、ある有名な方でね。その方に君の面接を頼んだ……いや、実はその方と僕を助けて欲しくてね」
「助ける?スカ?」
「まぁ、 会ってくれ。絶対悪いようにはしないから……」
羽鳥はそう言うと、要の腕を取って店の中に入った。
「いらっしゃいませ」
女将さん風の、目を見張る程の美人が、それは親しげに言った。
「やあ、先生はお見えになってる?」
「お見えになってますよ。いつもの楓の間です」
「ああ、ありがとう」
羽鳥編集長は、ちょっと高めの上がり框を上がって言った。
「こちらが?」
「うん。どうかな?」
「こんにちは。いらっしゃいませ」
「ああ!こんにちは。宜しくお願いします」
要が頭を下げると、女将さんはそれは美しい笑顔を溢して見せた。
「先生好みですわね?」
「そうかな?」
要は会話の意味も分からぬまま、羽鳥編集長の後に付いて行く。
そんなに広くない廊下を暫く行くと、楓の模様が入り口に掛かった本襖を開けて
「先生、お久しぶりです」
羽鳥編集長は軽く頭を垂れて言った。
「やあ、羽鳥君。元気だったかい?」
「僕は変わりありません」
そう言って羽鳥は要を見やった。
「お話しした俵崎要君です」
「ほう……」
要は着物の似合う、ちょっと細身の紳士を認めた。
銀縁眼鏡の白髪頭の、ちょっと粋な感じの初老って所だが、要を見るなり笑顔を向けてくれた。
「俵崎要です」
要は面接という事を忘れて頭を下げた。
「うんうん。羽鳥君、想像以上にいいね」
「お気にめされましたか?」
「めされためされた」
紳士はそう言うと
「君此処にお出で」
と言って隣の席を叩いた。
要は紳士の隣の座椅子に、腰を下ろした。
「君、僕をどう見る?」
「どう見るって……。和服の似合う粋な感じの紳士……です」
「ほう?いいねいいね。最近ちょっと白髪が増えてね」
「今、白髪は流行りですよ。それに銀縁眼鏡がよく似合ってます」
「おお!君、僕の担当になりなさい」
「は?」
「俵崎君。君、直ぐにでも入社してくれ」
「へ?」
俵崎要はどういう事かあっと言う間に、大手出版社の正式社員となる事が決定した。
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