第5話

 結局要は、内定を頂く事ができなかった。


「やっぱ、かなりヤバくても、話は聞くものだったかなぁ……」


 大きな溜息を吐いていると、飛鳥が気の毒そうに要を覗いていた。


「わっ!びっくりさせないでよ……」


「いやいや……私の時もかなり苦労したけど、要ちゃんはさすがだね……。気持ち良いほどはっきりしてるもん」


「こーゆーの……とは、言わないんだよ」


「……って言うか、さっき独り言いってた「ヤバくても話は聞くものだ」ってなに?「モデルになりませんか?」ってスカウトされた?」


「そんなわけないだろ?就活生なら、いい仕事があるって……」


「ほほう……それはかなりヤバそうじゃん?」


「やっぱ?……そうだよね……って解ってても、ここまで来るとしがみつきたくなって来る……」


「えー!それって危険だよぉ〜」


「だよねだよね?だけど、名刺はちゃんとした感じなんだけど……」


「名刺で解るわけないでしょ?……名刺?ちょっと見せてみ、私が鋭い洞察力で見てあげるから」


「……う、もう断ったんだけどね」


「名刺がちゃんとしてれば、まだどうにかなる、かもしれないじゃない?まあ……ヤバいと思うけど……」


 飛鳥は要から名刺を受け取ると、目を丸くして要を直視した。


「◯◯出版社じゃない?凄くない?」


「えっ?有名な会社?」


「あんたいろいろとボーとしてるけど、ちゃんとしてないから内定を頂けないのよ」


 しっかり者の飛鳥は、呆れるように言った。


「とにかく、これが本物かどうか確かめないと……」


「え?どうする気さ?」


「○○出版社がこの番号か調べて、コイツが居るかどうか調べる。居たら本物かどうか調べて……」


「……で?」


「本当だったら、仕事を頼む……コネで入れれば、バイトでもいいじゃない?プーよりマシよ。違ってたら、騙される所だったと安心できる……」


「…………」


 飛鳥も心配してくれているのか、それとも面白がっているのか、頼みもしないのに○○出版の連絡先を調べて電話をかけ始めた。


「要……」


 飛鳥が要を見て手招きした。


「なに?」


「あんたに代わって欲しいって……」


「えっ?何でだよ?」


「本物本物……この人本物の編集長さんだって」


「えっ?」


 飛鳥はホクホク笑顔を作って、スマホを要に押しやった。


「あ……もしもし……」


「君か?やっぱ君か?全滅だったわけだね?」


「う、はい……」


「いやぁ……よかった」


「よかんですけど」


「ああ、悪い悪い……。あの日逃げるように行かれちゃったからなぁ、連絡先がわからなくて困っていたんだ。たぶん連絡貰えると思っていたんだが……やっぱり不安だったよ」


 男はとても悪人には思えぬ程の、朗らかな声で笑いながら言った。


「一度会ってちゃんと話したいんだけど」


「な……何をですか?……いて……」


 隣で聞き耳を立てている、飛鳥が要に蹴りを入れた。


「就職の件だよ。


「就職ですか?」


「就職するには面接が必要だろう?」


「えっ?面接して頂けるんスカ?……いて……」


 間髪入れずに、飛鳥の鉄拳が要の腹に。


「ああ……善は急げと言うからね。明日の正午はどうかな?」


「正午?」


「いやいや、十二時に○○駅の改札口で」


「○○駅ですか?」


「うん。君は特別だからね、とにかく来てくれ」


「あ、はい……」


 要は言われるままに返事を返した。


「じゃあ、また明日」


 男はそう言うと、慌てるように電話を切った。


「なんだって?明日面接なの?」


「うん。駅の改札口で待ち合わせた……変じゃない?」


「スっごく変だけど、有名な出版社に、バイトでも入れたらラッキーじゃない?」


「……って、出版社なんて何をするの?」


「出版社どころか、受けた会社だって、何をするか解ってて面接してた?」


「それはそうだけど……」


「今迄疑問も持たずに面接して駄目だっだのに、今更そんな心配したってしょうがないでしょ?」


 飛鳥はとてつもなく痛い所を突いてくるが、要の不安など意にも介さずに、上機嫌でリビングのテレビのリモコンに手をやった。


 ……確かに贅沢は言えないんだが……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る