第4話

俵崎要たわらざきかなめは、世間に名を知られている大学を出たわけではない。

どちらかというと、ご近所の人達は耳にした事がないような大学だ。

と、いっても就活をして解ったのだが、就活先の会社の人達には知られているのには、通っている当人すら発見であった。

そんな有り難い大学に通っていたにも関わらず、要は受ける所全てに不合格点を頂いてしまった。

流石に同級生の殆どが行く先を決定してしまった頃には、落ち込みようも酷いもので、家の者は言葉を選んで要に会話をしてくる有様だった。

父は知り合いに、頼み込む事迄考えていたようだ。

……それでも、諦めずに最後の面接に勤しんでいたある日、その日も面接が済み次の面接会場に向かう途中、時間潰しに立ち寄った喫茶店で、隅の席でひとりぽつりと座るおばあさんと目が合った。

おばあさんはにこにこと微笑んで、要を見て会釈した。

気のいい要は、満面の笑顔を浮かべておばあさんに会釈を返した。

するとおばあさんが手招きをしたので、要は周りを見回して、確かに自分が呼ばれたものと確信して、おばあさんと対座するように腰を落として座った。


「いらっしゃいませ」


女性店員が、無表情に水を持ってやって来た。


「アイスコーヒーを……」


店員さんに目を向けて注文して前を見ると、おばあさんは居なくなっていた。


「あれ?」


要はキョロキョロと、周りを見回した。


「かなりのばあさんに見えたけど、動き早……」


特別こだわる性格ではないのか、そのまま気に留める事なく、店員が置いて行ったアイスコーヒーを飲み始める。


「おばあさんが何処に行ったか、気にならないのかい?」


「え?」


「いや、あの年にしては、アッと言う間に姿を消したろ?」


隣の席に座っていた男が、話しかけて来た。


「消えちゃったンスか?はは……まさか……。意外と元気な年寄り多いっスから……」


「へえ?そんなに元気な年寄り多いかな?」


「めちゃくちゃ多いっスよ。この前なんかも、信号赤なのに横断歩道歩いてて、助けに行こうと焦ったら、あっと言う間に渡っちゃって……」


「君見たのかい?」


「ええ。向こうから手を振ってました」


「へえー。手をねぇ……それって、君を誘ってたんじゃないの?」


「誘う?」


「横断歩道を渡るように……」


「いやぁ……信号赤っスよ」


「だから誘ってたんじゃ……」


「えー?それじゃ、危ないじゃないですか?」


「だから君を連れて行こうとして……」


「僕もだけど、おじいさんも危ないじゃないっスか?」


「おじいさんだったのか?」


「はあ。横断歩道で、俺誘ってどうすんです?」


「だから……」


男はその先を呑み込んで、何かを考える素振りを作った。


「君、就活生かい?」


「はあ……まだ一社も内定無い、就活生です」


「ふーん。内定無い理由は解るが……」


「えっ?何が悪いんでしょうか?」


「君のそういう所だろうね」


「え?」


「いやいや……そうだ!君にいい仕事を紹介しよう」


「マジっスか?……」


一瞬そうは言ったものの、要は男をマジマジと見た。


「おお!決して怪しい者じゃない。ほらほら名刺……」


男はそういうと、物凄く軽くジャケットの内ポケットから名刺を出して見せた。


「出版社の人?」


「そうそう……」


男は頷いたが、要は凝視している。


「俺……僕これから面接なんで……」


「いや。よりずっといい。絶対いいから……」


「いえ……なんかヤバイ気するんで……」


「いや。是非頼む」


「内定無いのに、断るのも何っスけど……」


「いや。どうせも落ちる」


「はあ?」


「もう決まってる事だと思うぞ。たぶんそうだ……」


「意味不なんですけど……」


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