第2話
「はあ……疲れたよぉ〜」
大急ぎで、要の全神経を集中させて、文章を一文一句違わずに、パソコンに打ち込んでいくのだが、貳瑰洞先生の文章には、聞いた事も無い様な言葉や、書き写すには難しすぎる漢字が頻繁に登場する。
それを調べて打ち込んでいくのだから、そう簡単に仕上がる代物ではない。
ただ有り難い事に、その事に寛大な編集長は、催促する事はないし、貳瑰洞先生も締め切りまでの時間には余裕を持って書いてくれているから、気持ちにも時間にも余裕がある。
それでもがむしゃらに打ち込んで、原稿を編集長に手渡して帰って来たのが11時近かった。
「お帰り要ちゃん」
二つ違いの姉の飛鳥が、居間のテレビを消そうとして、疲れた顔をして帰って来た要を見て言った。
「二回めの貳瑰洞先生の原稿貰えた?」
「はあ?」
「はあ?じゃないよ。今朝言ってたじゃん?原稿取りに行くって」
「そうだったっけ?」
要はテレビの前のソファに、崩れ落ちる様に腰を落として言った。
「そうそう……」
「今回も無事頂きました」
要は深々と頭を垂れて、両手を頭の上に推しあげる様な格好を作って言った。
「えっー。じゃあ、もうすぐ先生の作品の続きが読めるのね?」
「はいはい」
「……って、話の展開は?どうなってた?」
「それは……」
要はそう言うと言葉を呑み込んだ。
「聞いたらつまらんだろ?」
「えー気になる」
「雑誌が出るまでのお楽しみ」
「えー」
要よりも遥かに貳瑰洞怪のファンである飛鳥が、不満気に身体をくねらせて要を見た。
「はいはい。お楽しみお楽しみ」
「もう!意地悪!」
飛鳥は膨れっ面を作って要を凝視して立ち上がった。
実は要は、余りの文章の難しさと漢字の難しさに手を焼いて、内容など覚えていなかったのだ。
あの打ち込む時の文章の難解さと漢字の難解さが、どうして雑誌に掲載されたり、本として出版されたら、美しい描写のリアル感たっぷりの、あの情緒豊かな文章と化すのだろう?
あの今は使われていない様な漢字が、活かされる作品になるのだろう?
「お腹空いたでしょ?」
ぐったりしていると、母が台所から盆に乗せて食事を持ってきてくれた。
「うん。でも軽く食べてるからこんなに食えない」
「いいから、食べれるだけ食べなさい」
母はそう言うと、ソファの前のテーブルに置いて行った。
軽くは食べたが、腹は減っているから直ぐに箸を手に持って、身体を起こした。
「よかったわ。大先生にちゃんと書いて頂けて」
「ふふ……貳瑰洞怪は、スっごく不思議な世界を、まるで読んでいる人間に説明するかのような描写をするの。意外と先生も要ちゃんと同類かもよ」
「しっ……聞こえるわ」
「大丈夫。要ちゃんは、全く気づかないから……っていうか、あんなに気づかないのもどうかと思うけど……」
飛鳥は母清美の前で小さく笑った。
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