42回目:石川大樹<不動の極致>

(……う、動けない)


 通学する女子小学生の姿を目で追いながら歩いていた無職三十五歳の石川いしかわ大樹たいきは、蓋の開いていた排水桝はいすいますに足を滑らせて落命した。


 しかし、この私――女神フルーフ・ツァイトイフェルは彼を見捨てなかった。私の異世界転生術によって、大樹たいきは異世界に転生したのである。


(おい、なんだこれ。体が動かないぞ……!? 声も、出せない……!)


 私が大樹たいきに授けた女神の祝福があれば、世界のどこかで復活しつつある魔王の魂を打ち砕くことも容易たやすいことだろう。女神の祝福が正常に作動していることを確かめるため、私は自分の右手を顔の前に持ってくる。


(うあっ!? 俺の右手が勝手に動いた!?)


 手の平を閉じたり開いたりすれば、大樹たいきの右手も同様に動く。その場で私が何度か足踏みすれば、やはり同じように大樹たいきも足踏みする。


(おい! マジでなんなんだよ!? 俺の体、どうなってるんだ!?)


 これまで私が失敗してきた原因は、転生者の行動に問題があると私は判断した。つまり、転生者の行動を、私が管理すればいいのだ。大樹たいきは私と同じ動作をする。私と同じ動作しかできない。


 当然ながら、大樹たいきの肉体は女神の祝福によって強化されている。今の大樹たいきの体であれば、私の……女神の戦闘術の全てを遺憾なく発揮することができるはずだ。


 しばらく体を動かして、大樹たいきの体が私の思う通りに操作できることを確認した。問題ない。体内を流れる魔力も滞りない。


(……ぜはーっ! ……ぜはーっ! ……もう疲れた。限界だ。休ませてくれ!)


 では、壮大な冒険の始まりだ。まずは装備を整えるためにお金を稼ぐ必要がある。そのために冒険者ギルドに冒険者登録をしに行こう。


 私は冒険者ギルドに向かって歩き出した。……が、私のいる部屋は、それほど広いわけではない。すぐに部屋の壁が私の前に立ちはだかってしまう。


 仕方がないので私は部屋の中央に戻ることにした。しかし、なんということだろうか。大樹たいきも同じように元の位置まで歩いて戻ってしまっているではないか。


 何度か同じことを試してみたが、結果は変わらなかった。誤算だった。このままでは、大樹たいきは冒険に出ることができない。この部屋と同じ広さの範囲でしか移動することができない。


 どうすれば……ハッ! その時、私の脳裏に素晴らしい解決策が思い浮かんだ。再び、私は部屋の隅まで歩く。目の前には壁がある。よし、ここだ。


 私は魔術を使うための詠唱を開始する。そして、すぐにそれは完成した。私の姿が壁の前から消え去ると、一瞬にして部屋の中央へと移動した。転移魔術である。


 大樹たいきの状態を確認する。大樹たいきは元の位置に戻っていない。成功だ。私の使った転移魔術は、転生者と言えど、人間種族では使うことのできない高位魔術だ。私だけが元の位置へと戻ることができる。これで、どこへでも進むことができる。


 同じ方法で大樹たいきは冒険者ギルドへと歩みを進めていった。しばらくして、魔術の連続行使で疲れた私は、一休みするために隣の部屋へ飲み物を取りに行った。


(ガ、……ガボボ! ……ガボゲボバ)


 そこで悲劇は起こった。戻ってきた私が見たものは、川の底に横倒しに沈む大樹たいきの姿だった。このままでは大樹たいきは溺れ死んでしまう。私は大樹たいきを助けるために歩みを進めるが、横倒しの大樹たいきは、その場で意味もなく足踏みを繰り返すだけだ。


 まずは大樹たいきを直立させる必要がある。咄嗟とっさに私は大樹たいきと同じ状態になるべく、横に寝そべった。この状態から私が立ち上がれば、大樹たいきも立ち上がれるはずだ。


 しかし、現実は非常だった。大樹たいきの体が川底の土の中に潜り込んでしまった。私は急いで立ち上がる。だが、今度は何故か土を掻き分ける事ができなかった大樹たいきは、逆立ち状態で土の中に埋まったままだ。


 それならばと、私は部屋の中央で逆立ちする。これならば、今度こそ。大樹たいきの体が上下反転する。川底に埋まったままの状態で。


 私は逆立ちしたまま、全てを諦めたのだった。

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新任女神のサツリク異世界転生術 @masayama

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