41回目:久留里小瑠璃<終わりの始まり>

 私は女神フルーフ・ツァイトイフェル。転生執行官として働く毎日だが、ここ一ヶ月の間は、友人の言いつけを守って異世界転生術の使用を自重していた。


 しかしどういうことだろうか。気が付けば、私は異世界転生術を使って、一人の人間を転生させていたようだ。あまりにも真面目で仕事熱心な私のことだ。無意識のうちに仕事をしても不思議はないのかもしれない。


 転生者の名は久留里くるり小瑠璃こるり。十七歳の女子高生だった彼女は、朝寝坊してトーストを口に咥えながら全力疾走していたのだが、曲がり角で誰かにぶつかった時に頭部を強打し、死亡したらしい。


「なにこれー。ちょっとうけるんだけどー」


 転生した小瑠璃こるりがいた場所は、冒険者の街として名高いアベントイアの街の中心にある憩いの広場だった。周りを見渡せば、戦士や魔術士といった冒険者たちが腰を下ろして休息していたり、仲間たちをお喋りを楽しんでいたりしている。


「なんでみんな、マンガみたいな、へんなカッコしてるのかな」


 冒険者たちの格好が気になった小瑠璃こるりは、近くにいた金属製の鎧を全身に纏った戦士に声を掛ける。


「あのー、なんでそんなダサいカッコしてるんですー?」


「……あ? ……お嬢ちゃん、喧嘩売ってんの?」


「あははは、そんなもの、うらないよー。あ、おにーさん。よければ、わたしのカラダならうっちゃおうかなー、なんて?」


「……お、……顔は可愛いし、体も……なかなか。……いくらだ?」


「えー? ほんきにしちゃったー? おにーさん、かわいいね。これでどう?」


 そう言って、小瑠璃こるりは指を三本立てて、男に突き出した。


「……ちょっと高いな。……けど、……わかった、いいだろう」


「はーい、まいどありー。それじゃあ、どこでしよっか」


「俺の泊まってる宿でどうだ? 結構、綺麗な部屋だぞ」


「うん、じゃあ、それできまり。いこいこー」


 小瑠璃こるりは先に歩き出した男の隣に並ぶと、男の手をギュっと握り締める。だが、その瞬間だった。男が苦悶の表情を浮かべ、おぞましい悲鳴を上げながら、その体が溶け始めたのである。


「……え、なにこれ? ちょうキモイんですけど?」


 呆然と呟く小瑠璃こるりだったが、周りにいた冒険者の反応は素早かった。戦士の男を溶かした小瑠璃こるりを敵とみなし、武器を取り出して小瑠璃こるりを囲む。


「え? ちょっとまってほしいし。わたし、なにもしてないし」


 弁解する小瑠璃こるりだったが、冒険者たちは聞く耳を持たない。槍を構えた男が小瑠璃こるりに向けて容赦なく槍を突き出す。腹を貫かれた小瑠璃こるりは、短い悲鳴を上げて地面に倒れこんだ。


「……ちょう、いたいし……わたし、なにもわるいこと、してないし……って、あれれ? なんか、いたいのきえてきたし?」


 見れば、小瑠璃こるりの傷口は綺麗に消え去っていた。その様子に冒険者たちから驚きの声が上がる。そして、小瑠璃こるりを中心に地面が腐り始めていることに私は気が付いた。そこに生えていた草が枯れているのはもちろんのこと、大地そのものが生命力を失っている。


 おそらく、それが小瑠璃こるりに与えられた女神の祝福なのだろう。小瑠璃こるりに触れたありとあらゆるものは生命力を奪われるのだ。


 誰かが放った矢が小瑠璃こるりの頭部を貫いた。再び地面に倒れる小瑠璃こるりだったが、しばらくすれば先程と同じように大地の生命力を奪って傷口が塞がっていく。


「……あ、がが……や、やが……」


 立ち上がる小瑠璃こるりだったが、頭部には矢が刺さったままの状態だ。それでも死ぬことのない小瑠璃こるりに恐怖を抱いた冒険者たちが、次々に攻撃を仕掛け始めた。


 剣で首を斬り落とす者、魔術の炎で全身を焼き尽くす者、……だが、それらは全て無駄に終わった。何をしても小瑠璃こるりの体は復活する。何者も彼女を殺すことはできない。


 小瑠璃こるりを中心に世界が崩壊していく。もはや、誰にも止めるすべはないのだ。


 彼女は大地からだけではなく、大気中からも生命力を奪っている。また、地面に染み込んでしまった小瑠璃こるりの血液すらも、それ自身が生命力を奪い始めていることに私は気が付いた。


 こうしてまた、ひとつの世界が終わりの日を迎えるのであった。

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