40回目:若実爺験三郎<紫紺の女神>
「なんかこういうのって緊張するんだけど」
部屋の青白い明かりが私の長い銀髪に反射して輝いている。私の名はフルーフ・ツァイトイフェル。女神アカデミーを主席で卒業し、転生執行官を務める女神である。胸の起伏はささやかではあるが、そのほうが不必要に大きい胸であるよりも神秘性が高く感じるのではないだろうか。つまり、私に欠点はない、はすだ。
「仕方ないでしょう?」
胸の下で両腕を組みながら、紫紺の長い髪の美女が心なしか冷たい視線を私に送ってくる。彼女の名はカルト・アルトラスター。私の同期で、私と同じく転生執行官の女神だ。
「聞けば、まだ一度も世界救済の実績がないらしいじゃない。あなたほどの実力があれば、決して難しいことではないと思うのだけど」
「……カルトは何回あるの?」
痛いところをつかれた私は、少しふくれっ面をしながらカルトに質問を投げかける。そして、すぐに二回という答えが返ってきた。回数としてはまだまだ少ないのだろうが、実績ゼロの私と比べれば雲泥の差だ。
「だから今日は、あなたのどこに問題があるのか、一緒に探しましょう? つい最近のことだけど、ルフトとトレーネも世界の救済に成功したのだから、あなたにできないはずがないわ」
なんと、しっかり者のカルトはまだしも、おっちょこちょいのルフトと、のんびりやのトレーネでさえも実績を作っていたのか。先を越されたことに若干の悔しさもあるが、素直に嬉しい気持ちのほうが強い。
「ん、わかった。それじゃあ、異世界転生術を開始するから、よろしくね」
カルトが無言で頷くのを確認して、私は異世界転生の術式を展開する。立体型の術式陣が幾層にも複雑に張り巡らされていく。そして、事前に選び出した転生候補者――
「ふぅ……、どうかな?」
術の発動を終えて一息ついた私は、カルトに問題の有無を確認する。だが、どこか複雑そうな表情を浮かべるカルトを見て、私は不安な気持ちになった。
「……大丈夫。どこにも問題はなかったわ。ただ、……異世界転生術は最高位の術式で、それを展開するには、少なくとも今のあなたみたいに一瞬でできるものではないのだけれど」
よくわからないが、とりあえず問題ないようで安心した。転生者に問題なく、転生術にも問題ないのであれば、あとは成り行きを見守るだけだ。
「え……? なんで?」
カルトが信じられないものを見るような顔になっている。一体何事だろうか。カルトの視線を追ってみると、そこには異世界の様子が映し出された女神モニターがあって……
「……なんで?」
「いや、それは私が聞きたいんだけど?」
私の疑問の声に、カルトが冷たい視線を送ってくる。いや、カルトも大丈夫だって言ったよね。ねえ。
「……油断したわ。まさか、一瞬目を離しただけでこんなことになるなんて、想像以上ね。これは、酷すぎる」
うう。心が痛い。
「でも、確かにフルーフの術式に問題はなかった……。なら、何故……? あ、また! ……あの転生者が意図的に引き起こしているわけでもない。……これは、まさか……ううん、……でも」
カルトが真剣な表情でブツブツと呟いている。私は邪魔にならないように、部屋の隅で丸くなっておこう。あ、カルトに睨まれた。怖い。
「……ねえ、フルーフ。あなた、誰かに恨まれるような覚えは?」
「……? ないよ?」
「……そう、それなら、いいんだけど」
私ほどの女神が、誰に恨まれることがあるのだろうか。カルトは、たまに不思議なことを言うんだよね。
「……うん、わかったわ」
「え、ホント? さすがカルト! で、で、私の問題点は何?」
カルトの言葉に、私の期待が膨れ上がる。欠点がないと思われていた私の問題点が、今、明らかに? しかし、私の期待も空しく、カルトは首を横に振った。
「いいえ、残念ながら、そこまではわからないわ。現状では、これ以上、わかることがないってことがわかったの」
なんですかそれは。私は深いため息を漏らした。あ、いいえ、嘘です。ため息なんて漏らしていません。カルトさん、怖いです。
「あなた、しばらく異世界転生術の使用を控えなさい。その間に、私がいろいろと調べてみるから」
「え~」
「……何か?」
「はーい……」
とんでもないカルトの言葉に私は抗議の声を上げたが、結局は不承不承ながら頷いた。あ、
「……それじゃあ、私は帰るけど、いいわね、異世界転生術、禁止だからね?」
カルトの有無を言わさぬ迫力に、私は二度三度と頷く。そんな私をしばらく睨んだ後、顔を背けたカルトは部屋を出て行こうとした。その間際に。
「……あなたに、もしものことがあって、悲しむのは私だけじゃないんだから」
……? 今のはなんでしょう? まあ、いいか。それよりも次は……異世界転生術の禁止を言い渡されたけど、うーん、さて、どうするか。
まあ、気にするほどのことでも、ないかな。
この先、私に降りかかる事になる運命を、今の私が知る
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