34回目:久本永治<封印の書>

「――ヨルスン・イーフ・ズィーゲル!!」


 大小様々な岩をぎしたような、体長七メートルはあろうかという巨大なストーン・ゴーレムを前に、久本ひさもと永治えいじは手に持った分厚い本を相手に向けて開き、本の魔力を発動させるための呪文を唱えた。


 次の瞬間、本から発せられた強い光がストーン・ゴーレムを包み込み、その巨体は永治えいじの眼前から消え去った。


 異世界転生の際に永治えいじに授けた女神の祝福、それは、ありとあらゆる生物を強制的に本の世界へと引きずり込む封印の書。本に封じ込めておける生物の数は、その大小に関わらずに本のページ数である千体が最大値となるが、一度封印した生物は自由に本から呼び出すことが可能であり、あるじである永治えいじに対しては絶対服従となる。


「はあ……なんとか封印できたけど……」


 ため息と共に永治えいじが周囲に目を向けると、そこにはゴブリンやオークといった魔物の死体が転がっていた。その魔物らは、封印の書から召喚され、永治えいじがストーン・ゴーレムを封印するための囮となって死んだ魔物たちだ。


「封印の書は強力だけど、五メートル以内に近付かないと効果がないからな……。俺自身には戦う力なんてないし、上手く魔物たちに守ってもらうしかない。……また、手ごろな魔物を補充しておかないとな」


 永治えいじは肩からかけた鞄に封印の書をしまうと、きびすを返し、岩が乱立する峡谷から立ち去ろうとした。しかし、二、三歩進んだところで足を止める。地面が小刻みに揺れている。次第に大きくなる揺れの影響で、近くの細い石柱が崩れ落ちる。


「……地震?」


 呟いた直後だった。永治えいじから三メートルも離れていない場所、崩れた石柱を飲み込むように、巨大なミミズのような魔物――グランド・ワームが地中から勢いよく飛び出してきた。


「っう、あああっ!?」


 突然の出来事に驚き戸惑う永治えいじだったが、それでも鞄に右手を伸ばし、封印の書を取り出そうとする。永治えいじに気が付いたグランド・ワームは狙いを定めるようにこうべを巡らせると、自らの餌となる人間の頭目掛けて突撃を開始した。


「っ、……ヨ、ヨルスン・イーフ・ズィーゲル!!」


 間一髪、慌てて取り出した封印の書を高く掲げて封印の呪文を唱えると、封印の書が強い輝きを放つ。そして、光が永治えいじの全身を包み込んだ。――あ、本を開く向きが逆……。


 永治えいじの姿が消えて、地面に落ちた封印の書をグランド・ワームが丸呑みにする。だが、封印の書は女神の祝福によって守られている。グランド・ワームの胃の中でも損傷することはありえないだろう。


 問題は、封印の書を開くことができるのが永治えいじ以外には存在しないという、その一点。そしてそれは、決して解決することのできない問題だ。


 私は、使用者自身が封印されることがないように、封印の書に制御をかけておくべきだったのかもしれない。……いや、でも、さっきの状況で永治えいじが封印されていなかったら、グランド・ワームに丸呑みにされて命を落としていた、よね。……うん、むしろ、封印されたおかげで命を落とさずに済んだと喜ぶべきことだろう。


 私の心は、雲ひとつない青空のように晴れ渡っていた。


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