33回目:串神操太<幻想の操り人形>

 「ん~と、まずは冒険者ギルドに行って手続きを済ませたら、依頼を受けてお金稼ぎとレベル上げ、……いや、そんな面倒なことしなくても……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら街中を歩いているのは、赤い髪を肩口まで伸ばした細身の女だった。独り言の声量の大きさに、すれ違う人々からは奇異の目で見られるが、彼女がそれを気にした様子はない。


「……お、あの看板は、いかにも武器の店って感じだな」


 彼女の視線の先には、剣と盾を重ね合わせた図柄のレリーフが店の軒先に吊り下げられていた。入り口の扉は開いたままになっていて、そこから店の中を覗くと、彼女の予想通り、そこには多種多様な武器や防具が陳列されていた。


 店内に足を踏み入れた彼女は、店の奥に座っている壮年の男と目が合ったが、それも一瞬のことで、すぐに男は何事もなかったかのように目を逸らした。おそらく店主なのであろう男は立派な髭を蓄えており、服の上からでもわかるくらいに盛り上がった筋肉が特徴的だ。


 赤髪の女は無愛想な男の態度に気にした様子もなく、店内に所狭しと並べられた武器を物色し始めた。


「短剣、片手剣、両手剣、斧、槍、……ふーん、種類も豊富だな。片手剣で一番攻撃力の高い武器は、……これか」


 そう呟いて彼女が手に取ったのは、装飾の少ない両刃の直剣だった。


「値段は、……三十八万ルピン。所持金は三百ルピンしかないんだけど、……まあいいか」


 所持金が不足している彼女は何を思ったか、手に持った剣を持ったまま店の外へと歩き出した。その行動に驚いた店主が、即座に、手近にあった斧を持って追いかけてくる。


「おい、アンタ。この街での盗みは死罪だぞ。きちんと代金を払うか、手に持った剣を置けば、今なら見逃してやる」


「うーん、盗みを働くと店主が追いかけてくるのか。面倒だな、よし、死ね、店主!」


 突然、赤髪の女が盗んだ剣で店主に斬りかかると、周囲の人々から悲鳴が上がる。彼女の上段からの一撃を店主は素早く横へ回避すると、手に持った斧を、女の肩目掛けて振り下ろした。大量の血が飛び散り、地面を赤く染め上げていく。


 仰向けに倒れた彼女は、そのまましばらくもがいていたが、やがて動かなくなる。その様子を両手で持った操作端末を通して見ていた串神くしがみ操太そうたは、肩の力を抜いて、深く息を吐いた。


「ああ~、一撃で死んじゃったよ。やっぱ地道にやらないと無理かな~」


 操太そうたの持つ操作端末に映し出されている映像では、血を流して地面に倒れている赤髪の女の姿の上に、大きくの文字が表示されていた。操太そうたが端末上のボタンを押すと、リトライの文字が強く輝き、画面内の女の姿が光の粒子となって消え去った。そして画面が切り替わり、別の場所で体が再構築される。


「再スタート地点は街の噴水広場か。……さて、次はどうするかな」


 操太そうたが端末を使って操っているのは、魔力で構築された女性型の人形だ。人形は何度破壊されようとも即座に復活が可能であり、操作端末さえあれば、使用者との距離がどれだけ離れていても問題ない。


 使用者である操太そうたは、女神の力で創られた特殊な空間に身を置き、ここでは、水や食糧は自動的に供給される仕組みだ。つまり、操太そうたは、絶対安全な場所から、不死の人形を操って世界を救えばいいのだ。


「……そうだ、あれだ。片っ端から家のタンス調べたり、壺割ったりすれば、それなりに装備やお金が手に入るんじゃないかな」


 もちろん、それは犯罪だ。家に無断侵入してタンスを調べ始めたあたりで、すぐに衛兵を呼ばれた。次に再スタートした操太そうたは、街中の壺を叩き割ったが、またすぐに衛兵に囲まれてしまった。


「……ぬぐぐ。ならば、弱そうで、お金持ってそうな街人を倒してお金を手に入れれば!」


 完全にゲーム感覚なのだろう。人形に初期装備されている剣を抜いて、善良な市民に斬りかかる。血が剣を濡らし、悲鳴が街中に響き渡る。


「よし、あとは、また殺される前にお金を回収できれば、復活時には所持金が増えているかもしれない」


 操太そうたは、倒れた男の懐を素早く調べると、お金が入っていると思わしき巾着袋を手にして、自分の懐にしまいこんだ。直後、背後から胸を槍で貫かれた赤髪の人形は、またもや命を落とすことになった。


「リトライ……どうだ、所持金、所持金……増えてるぅぅぅぅ!! いやっほぉぅぅぅい!! これだ! この方法なら楽してお金稼ぎができる!」


 いや、普通に魔物退治したほうが楽だと思うし、金銭効率も上だと思うし、なにより、そんな非道はやめていただきたい。しかし、そんな切実な願いとは裏腹に、操太そうたの残虐性は徐々に高まっていってしまった。


 この日以降、この世界において、赤髪は不吉の象徴として扱われるようになる。その原因となった赤髪の女は、その身を切り刻んでも、焼いても、押し潰しても、まるで幻のように死体は消え去り、またどこかで同じ姿をした狂気の化身が姿を現す。それは、何かの呪いであるかのようで、そして、罪のない人々を傷付け、命と金銭を奪っていくのだ。


 半年後、赤髪の女は魔王を倒し、世界を危機から救うことになるが、赤髪の女の目撃情報は途絶えることがなく、この世界の人々の心に平穏が訪れることはなかった。


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