30回目:トレーネ・フェルスリーゼ<友情を超えた熱き絆>

 燃えるような赤い髪に宝石のような紅い瞳を持つ女が、不思議そうな表情を浮かべながらキョロキョロと周囲を見回していた。そのたびに、彼女が持つ大きな胸がゆさゆさと重そうに揺れる。


「えっと~、あれ~? ここって異世界だよね~。でも、どうして、私が異世界にいるのかな、不思議だよね~?」


 彼女の名はトレーネ・フェルスリーゼ。女神アカデミー時代からの私の友人であり、そして、私と同じく転生執行官として活躍する女神である。


「もしかして、誰かに異世界転生させられちゃったのかな~。そんなこと勝手にするなんて、ひどいよ~」


 トレーネを転生させたのは、ほかでもない私である。だが、安心してほしい。今、異世界にいる彼女は、トレーネ本人ではない。彼女が数日前に私の家に遊びに来た時、こっそり手に入れた髪の毛から創り出したクローンである。


「はあぁ~。でも転生しちゃったものは仕方ないか~。とりあえず、冒険者ギルドにでも行って、冒険者登録しよ~、……って、あれ? あれって、もしかして……」


 大きなため息をついて、しかし、すぐに気持ちを切り替えて前を見たトレーネは、そこで何かに気が付いたようで、すぐさま大きな胸を激しく揺らしながら走り始めた。トレーネが向かう先には、長い銀髪を風にたなびかせる絶世の美女が、呆けたようにどこか遠くを見つめて佇んでいた。


「お~い、フルーフ~」


 トレーネが呼んだのは私の名前である。しかし、その呼び掛けに銀髪の美女が反応し、こちらを振り向いた。その顔は、まさしく私そのものだった。


「……トレーネ!?」


 フルーフと呼ばれた美女は、トレーネを確認すると驚きの表情を浮かべた。おそらく、このフルーフは、私のクローンなのだろう。誰かが、私の髪の毛か何かを入手してクローンを創り出し、異世界へ送ったのだ。なんとも悪趣味なやからがいたものだ。


 フルーフに駆け寄ったトレーネは、勢いそのままにフルーフを両腕でがっしりと抱き締めた。巨人族の血を引くためかトレーネの背は高く、彼女の巨大な胸の中に、フルーフの顔が完全に埋没してしまう。


「むぐっ!? むぐ、むむぅ! むぐぐ!!」


 フルーフが苦しそうに抗議の声を上げる。これをやられると呼吸ができないのだ。私も何度これで死に掛けたことか……。


「あ、ごめんね~。つい、うれしくて……。でも、どうしてフルーフも異世界にいるの~?」


「やっぱり、ここは異世界なんだ。でも、どうして私が異世界にいるのか、まったく覚えがないんだけど……、トレーネも同じみたいね」


 少しだけ不安そうな表情を浮かべたフルーフの手を、トレーネの右手が軽く包み込んだ。


「大丈夫だよ~。私とフルーフが力を合わせれば、どんな世界でだって生きていけるよ~」


「トレーネ……」


「さあ、冒険者ギルドに行って、お金を稼ぐよ~!」


 そうして意気揚々と冒険者ギルドで依頼を受けた二人は、早速オーガ退治へと向かった。オーガの体は大きく、そこから繰り出される怪力は岩をも砕く。しかし、トレーネの力はオーガを圧倒した。オーガの攻撃を真正面から受け止め、殴り、蹴り飛ばす。数匹いたオーガは、瞬く間に、その数を減らしていったのであった。


 依頼を終え、報酬を受け取ったトレーネとフルーフは、どこか寂れた雰囲気のある街の中では一番大きな宿で部屋を取ることにした。


「やっぱり、お風呂は備わっていないみたいだね~。まあ、この世界だと、余程のお金持ちとか、温泉の湧く土地じゃないと、お風呂には入れないからね~。あ、私、宿の人にお湯もらってくるね~」


 そう言って、トレーネは宿の主人から熱い湯をもらい、そして、フルーフの待つ部屋へと戻った。フルーフは、疲れた表情でベッドの端に腰掛けて、俯いている。突然の異世界転生で、精神的にも疲れているのだろう。一方で、同じ境遇にあるトレーネは、いつもと変わらないのんびりとした表情だ。


 湯の張ったタライを床に置いたトレーネは、のんびりとした、それでいて少し意地の悪さを含んだ声で、フルーフに声をかける。


「さ、フルーフ。服、脱いで~」


「え?」


「服、脱がなきゃ、体、拭けないでしょ~? お湯冷める前にね、早く~。私がフルーフの体の隅々までキレイにしてあげるから~」


「え、あ、いや、大丈夫、私、自分で拭くから」


「だめ~。ほら、脱いで脱いで~」


「ちょ、トレーネ、服、脱がせないで、あ、だめだって」


 トレーネの手によって瞬く間に産まれたままの姿にされたフルーフは、透き通るような白い肌を紅潮させながら、されるがままに全身を磨き上げられていった。トレーネが触れる部分が少しくすぐったい。フルーフは、漏れそうになる声を押し殺すのに精一杯のようだ。


「はい、おしまい~。フルーフの肌って、すっごくすべすべで、なんだか触ってるだけで気持ちいいね~」


「う、うう……、何か、大事なものを失った気分……」


「あはは、何言ってるの~? さ、私も体拭いちゃお~」


「あ、トレーネ。お湯、ほとんど冷めてるから、替えてもらったほうがいいんじゃない?」


「大丈夫~。私、体温高いから、冷たいの平気なんだ~」


「ん、そうなんだ」


 服を脱ぎ捨てて体を拭き始めたトレーネを横目で見ながら、フルーフは剥ぎ取られた服を身につけていった。ふと、冷たい風を感じたフルーフが身震いする。


「隙間風? ……今夜は冷えるわね」


「ん~大丈夫だよ~、ほら。私とくっついて寝れば、あったかいよ~」


 裸のままのトレーネが、全身をくっつけるように、フルーフの背中に腕を回して抱き締めた。トレーネの熱が伝わったのだろうか、フルーフの頬がほんのりと紅潮している。


「ほんとだ……あったかい……」


「でしょ~。それじゃあ、まだ少し早いけど、このまま寝ちゃおうか~。明日のことは、また明日考えればいいしね~」


「……うん、おやすみ」


 トレーネが優しくフルーフの髪を撫でる。そうしているうちに、フルーフから静かな寝息が聞こえてくる。こうして、トレーネたちの異世界生活一日目が終了した。そして翌日からは、冒険者ギルドで依頼を受けて、魔物を討伐して報酬を得る、そんな生活が続いた。


 街を渡り歩いて十日が過ぎた頃には、二人は冒険者たちの間では、ちょっとした有名人になりつつあった。巨乳と美女の組み合わせだ、目立つのは当然だろう。


 そして私は、トレーネの戦闘能力の高さに度肝を抜かれていた。ドラゴンの炎を真正面から浴びて、服は一瞬で燃え尽きたが、本人は涼しい顔をしているし、彼女の振るった豪腕の一撃で、鉄よりも硬いドラゴンの鱗ごと、顔を粉々に吹き飛ばしてしまった。


 もしかしてトレーネであれば、この世界の平和を脅かす魔王を倒してくれるのではないかと期待してしまうほどだ。しかし、私の期待を打ち砕くように、その事件は起きたのである。


 ある日の夜、いつものように同じベッドで身を寄せ合って眠りに就こうとしているトレーネとフルーフであったが、虫の音だけが鳴り響く静けさの中、フルーフがぽつりと呟いた。


「……トレーネ」


「ん、なぁに~?」


「えと、……ありがとね」


 フルーフの思いがけない言葉に、トレーネは何度も目をしばたたかせる 。フルーフは気恥ずかしそうに、トレーネと視線を合わせないようにしていた。


「……突然、どうしたの~?」


「……私は一人だったら、この世界で生きていくことなんて、きっとできなかった。トレーネに会えて、すごく嬉しかった。一緒にいてくれて、本当に……ありがとう」


 その言葉に、トレーネの表情が優しく、慈愛の満ちたものになる。そしてゆっくりと、丁寧にフルーフの髪を撫で始めた。


「お礼を言いたいのは私だって同じだよ~。女神アカデミー時代にね、私はフルーフに救われたから。ううん、それだけじゃない。私はフルーフから、いろんなものを、返しきれないくらい、いっぱいもらってるんだよ~。だからね、フルーフのためだったら、異世界にだって、どこにだって、すぐに駆けつけるよ~」


 そう言って微笑むトレーネにフルーフが顔を向けると、二人の瞳にお互いの顔が写し出された。フルーフの瞳は、少し潤んでいるように見える。


「トレーネ……」


 二人は見詰め合いながら、顔を近付けて……、……っ??


 え、ええっ? なにして、……あ、あれ、……き、きす、して……? え、なんで……?


 あ……トレーネの手が、え、そんなところ? え、フルーフも、え、え、なに?


 …………。


 ……。



 これ以上は見ていられなかった。……もし、私とトレーネが二人で異世界に行くことがあれば、あんな感じになるのだろうか。そう思うと、顔が熱くなってどうしようもない。


 それからしばらくの間、私はトレーネの顔をまともに見ることができなかった。


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