28回目:黒百合小夜<平和の訪れ>

 十四歳の誕生日、暴走したトラックにねられて命を落とした黒百合くろゆり小夜さやは、女神である私、フルーフ・ツァイトイフェルの祝福を受けて異世界に転生した。


 その世界で彼女は三人の仲間に出会い、そこから魔王討伐の旅が始まった。その三人の仲間とは、いずれも私の友人たちから祝福を授かった異世界転生者たちだ。女神同士で協力関係を結び、世界の救済を目指すのである。


 そして、世界に平和が訪れた。


「……ええと、どういうことでしょうか」


 小夜さやは目の前にいる初老の男から聞かされた言葉が信じられなかったようで、困惑した表情で仲間たちを見回しながら小さく呟いた。その呟きにハッとした表情を浮かべた仲間の一人、全身が黒く輝く筋肉に覆われた上半身裸の男が、体の向きはそのままにいかつい顔を小夜さやへと向けた。


「俺の聴力が正常であるならば、だ。魔王は倒されて、世界に平和が戻ったということだが」


 女神トレーネの祝福を授かって転生したソナート・ワーデルセラムもまた、小夜さやと同様に初老の男の言葉が信じられない様子だ。だが、彼の言葉は真実だ。確かに、この世界を覆っていた邪悪な気配は綺麗さっぱり消え去っている。


 小夜さやと仲間たちの冒険は始まったばかりで、まだ魔物の一匹すらも倒していない。それなのに何故、魔王は倒されたのか。その答えは簡単だ。おそらく、私たち以外の女神から祝福を授かった転生者が魔王を倒したのだろう。そして、この考えは正しかった。


「ああ、世界は平和になったんだ! 女神フラウヒュムネ様のご加護を授かった女騎士様が魔王を倒してくれたのさ」


 こうして何もすることもなく、小夜さやたちの旅は終わりを告げたのである。




「……わたし、これから、どうしよう」


 この世界の十分な知識を持たず、また、当面の目的を失った小夜さやは、これから先をどうやって生きていくのか、不安で押しつぶされそうな表情を浮かべていた。


「まったく、私たちは何のために異世界に転生したというんだ」


 女神カルトに祝福を授かったオラトリオ・マッカローネが愚痴をこぼす。彼の中性的で端正な顔立ちが、苛立ちで僅かに歪んでいた。


「まあ、世界は平和になったんだ。喜ばしいことさ。……そうだな、俺たちも平和を享受すればいいんだ。せっかく二度目の人生をもらったんだ。存分に楽しめばいいさ」


「……楽しめばいい、か」


 筋肉のソナートの前向きな発言に、それでも小夜さやの表情は晴れない。


「サヤ、心配するな。生活費くらい俺が稼ぐさ。世界が平和になったとはいえ、力仕事ならいくらでもあるだろうしな」


「アノサ」


 そこへ女神ルフトに祝福を授かったパストラーレ・アリエフが口を挟んできた。彼は顔を隠すかのようにローブを目深まぶかに被っているが、彼にはそうしなければならない理由があった。


 異世界転生直後、小夜さやの放った浄化の魔術が偶然にもパストラーレに直撃し、何故か彼の肉体を消滅させた。その結果、彼はまるで骸骨スケルトンのように全身が骨だけの状態になってしまったのだ。


「キミタチハ イイケドサ、僕ハ ドウシロッテイウノサ」


 魔物のような外見では街で暮らしていくのは難しいだろう。だが、それも筋肉のソナートがなんとかしてくれた。


「ハハハ! パストラーレも俺が養ってやるさ。任せとけ!」


「はぁ……、つまり私たちは、まだしばらくは共にいるというわけだ」


 ため息をつくオラトリオに対して小夜さやたちは少し意外そうな顔をした。彼は一人で生きる道を選ぶだろうと思っていたからだ。


 少しして、オラトリオを除く三人は顔を見合わせて笑った。そして、


「みなさん、これからもよろしくお願いしますね」


 小夜さやの言葉に、男たちは静かに頷いたのであった。




 さて、あちらでは話が上手くまとまったようだが、こちらではそうはいかなかった。転生先の世界を決定した私に対して、友人たちから女神ネットワークを通してクレームが次から次へと送られてきたのである。


 ああ、誰か私の平和も取り戻して……。


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