19回目:紫乃森沙織<心王の聖剣>

 女神の祝福。それは世界を閉ざす闇を打ち払い、平和と安寧あんねいを取り戻すため、異世界転生者に与えられる希望の力。私は、私が創造した聖剣に女神の祝福を注ぎ込み、それを一人の転生者に授けた。聖剣は使用者の肉体を強化し、身体能力を向上させる。また、聖剣自体に意思を持たせ、使用者の力を制御する手助けとなるようにした。


「異世界に来て最初のイベントがドラゴン退治って、どうなってるの?」


 彼女の目の前には、全身が氷の鱗で覆われた白い竜がたたずんでいた。白竜の全身からは冷気が放出され、ただそこにいるだけでも周辺を凍り付かせていく。それとは対照的に赤く燃え上がった瞳が、聖剣を手に携えた紫乃森しのもり沙織さおりを鋭く射抜いている。


「まあ、やるしかないけどね。そうしないと、私も、この街も、みんなおしまいなんでしょ」


 突如として飛来した白竜の吐く息ブレスによって、すでに街には多くの被害が出ていた。沙織さおりは聖剣のつかに手を掛けると一気に抜き放つ。純白の刀身が日の光を反射して輝いていた。

 刹那、白竜の顎牙が沙織さおりを襲った。だが、まるでそれを予想していたかのような動きで地を蹴り上空に逃れた沙織さおりは、白竜の首目掛けて聖剣を振り下ろした。


「ギュアアアアアァァァ!!」


 白い鱗が赤く染まる。返り血を浴びた沙織さおりの全身も赤く染まっていくが、それは気にせずに次々と剣をひらめかせた。そのたびに鮮血が吹き上がり、絶叫が響き渡る。やがて白竜は、赤く染め上げた体を地に横たえて息絶えた。


 街を襲った白竜が討伐されたことを知った人々は歓声を上げ、竜殺しドラゴンスレイヤーの英雄を讃えた。しかし沙織さおりは興味のない冷めた表情を浮かべて、悠然と歩き出す。


(ちょ、ちょっと、さっきから何なのこれ!?体が勝手に動いてるんだけど!?)


 沙織さおりの心の声が聞こえた。いやな予感がする。


(ちょっと!ちょっとってば!!止まって私の足!なんなのも~!!)


(少シ静カニスルガイイ、我ガ主ヨ)


(な、何!?誰!?)


(我ハ聖剣ベーゼブルート。女神ノ祝福ニヨッテ意思ヲ与エラレシ者ナリ。我ガ主ヨ、今、汝の体ハ我ノ支配下ニアル。我ニ任セヨ。サスレバ世界ノ救済ナド容易タヤスイコトデアロウ)


 ああ、なんということだ。聖剣の使用者が自身の力で自滅しないようにと、聖剣自身が力を制御できるようにと意思を持たせたのが裏目にでたようだ。


(ふざけないでよ!そんなこと望んでない!私の体、返してよ!!)


 聖剣ベーゼブルートは、それ以上沙織さおりの声には応えずに、ただひたすら歩き続けた。その向かう先は、おそらく魔王城だ。

 途中で出会った魔物は片っ端から斬り伏せた。何者もベーゼブルートの歩みを止めることはできない。そうして、一度の休息もなく、ベーゼブルートは目的地に向かって歩き続けた。


(……ね、ねえ。少し、休ませて。私……もう……)


 その言葉にもベーゼブルートからの返事はない。

 いつしか、沙織さおりの意識は完全に消え去っていた。




 数ヶ月が過ぎたある日のこと、ベーゼブルートは魔王城を一望できる崖の上に立っていた。今や沙織さおりの肉体は腐り落ち、骨だけの状態になっていた。


 魔王城を見渡していたベーゼブルートは、誰かが近付いてくる気配を感じ取り、そちらに向き直った。しばらくして見えた人影は、それぞれ、騎士、魔術士、神術士と思われる三人の女冒険者たちだ。ここまで来られるからには、それ相応の手練てだれであろう。


「貴様、魔王の手の者か?」


 騎士が誰何すいかの声を上げるが、ベーゼブルートは何も答えない。いや、答えられないといったほうが正しいだろう。だが、それを怪しいと見たのか、騎士は剣を抜き放つとベーゼブルートに斬りかかってきた。

 剣の打ち合う音が響いた。一撃目を防がれた騎士は、二撃目、三撃目と攻撃を重ねていくが、ベーゼブルートは身をひねって避け、自身の刀身で受け、そして、騎士の心臓を狙って剣を繰り出す。


「くっ」


 間一髪、斜め後ろに身を引いて攻撃を避けた騎士だったが、ベーゼブルートの追撃が迫る。しかしそこへ、神術士が手にした杖をベーゼブルートへ向けて、叫んだ。


聖なる懲罰の矢ホーリーパニッシュメント!!」


 神に祈り、神の力を借りて放たれる一撃。邪悪を滅する光がベーゼブルートを包み込んだ。だが、そのような聖なる力はベーゼブルートには通用しない。何故ならば、ベーゼブルートは女神の祝福を与えられた聖剣なのだから。


「効いていない!?」


 驚愕の表情を浮かべる神術士と、それを見て詠唱を開始する魔術士、そして、騎士が手に持った剣を水平に構えた。


「下がってるんだ、メリア!……女神フラウヒュムネよ、我が聖剣よ、私に力を!!」


 騎士の体が淡く白い光に包まれる。直後、まるで閃光のような一撃がベーゼブルートに襲い掛かる。これを受け損ない、胸を貫かれるベーゼブルートだったが、今や骨となり、操り人形に過ぎない体には痛くも痒くもない損傷だ。


 それは騎士も承知の上なのか、すぐさま次の攻撃を繰り出してくる。その猛追にベーゼブルートは防戦一方だ。そして、魔術士の詠唱が完了し、それを察知した騎士は素早く後ろへと距離を取った。


空間を崩壊させる闇の旋律ディスラプションメロディアス


 空間が歪み、黒い魔力がベーゼブルートを襲う。聖剣を盾にするかのように防御の構えを取るベーゼブルートに対して、凄まじい衝撃と共に空間がきしむ音が鳴り響く。聖剣の力を全力で放出して耐えるベーゼブルートだったが、魔術が効果を失う頃には全身の骨に亀裂が生じていた。

 ベーゼブルートは剣を構えなおすが、動きが若干鈍い。そこに騎士が追撃をかけてきた。一撃、二撃、三撃と続く連続攻撃を前に、ベーゼブルートは右脚の力が抜けたかのように体勢を崩した。


「はぁぁぁぁっ!!」


 これでとどめとばかりに、騎士は裂帛れっぱくの気合を上げて剣を振り上げる。だが、これは罠だ。ベーゼブルートが体勢を崩したように見せたのは、この攻撃を誘うためだ。しかし、ここにベーゼブルートの誤算があった。騎士が剣を振り下ろす速度は、ベーゼブルートの想像を遥かに超えたものだったのだ。


 肩から腰にかけて、縦に骨が斬り裂かれた。頭と右腕が滑り落ちる。いかにベーゼブルートといえど、この状態では戦闘の続行は不可能だ。だが。


「アリシア!!」


 悲痛な叫び声が響き渡った。アリシアと呼ばれた騎士に駆け寄る魔術士と神術士の表情は蒼白だ。それもそのはずである。騎士の背中からベーゼブルートの刀身が生えているのだから。

 地に倒れ伏す騎士を中心に、地面が赤く染まっていく。神術士が治癒術を試みるが、それは無駄な足掻きである。死んだ者を蘇生させる事などできないのだ。


 かくして、女神の祝福を授かった二人の転生者の物語は幕を閉じた。


 後日、異世界救済率96.3%を誇るエリート中のエリートである女神フラウヒュムネの祝福を授かった転生者が倒されたという情報が、女神回覧板で回ってきたのであった。


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