18回目:初嶋祐輝<女神の聖剣>

 女神の祝福。それは闇を滅するため、異世界転生者に与えられる奇跡の力。女神たちは英雄となり得る人物を異世界に転生させる術を行使し、女神に選ばれた転生者は、世界を救済する使命を帯びる。

 そして今、新たな転生者――初嶋ういしま祐輝ゆうきの冒険が幕を上げた。


「僕は、死んだはずじゃ……」


 のどかな空気を感じさせるジュセット村の入り口で、祐輝ゆうき茫然ぼうぜんと立ち尽くしていた。日は高く昇り、照りつける日差しがちりちりと肌を焼く。畑仕事に精を出す村人の額には大きな玉の汗が浮かんでいた。


「知らない場所に、知らない、……剣?」


 右手に重さを感じた祐輝ゆうきが視線を向ければ、そこにはさやに収まった一振りの剣が握られていた。祐輝ゆうきは剣を両手で持ち上げて不思議そうに眺めていたが、そこへ、舗装されていない地面の上を歩いて近付いてくる人影があった。


「おにーさん、旅の人?」


 祐輝ゆうきに声をかけてきたのは、年の頃12、3歳くらいの可愛らしい少女だった。上目遣いで祐輝ゆうきを見つめる瞳は明るい赤茶色で、髪の色も同様だ。布地の少ない服は健康的な薄い褐色の肌を存分に露出させており、今年14歳になったばかりの祐輝ゆうきには少々目の毒であろう。


「あー、うん。そんな感じかな」


 目のやり場に困りながらもチラチラと少女を見ている。大きく開いた少女の胸元からは、今にもその奥が覗き見えそうだ。そんなよこしまな視線には気が付かず、少女は無邪気で明るい笑顔を浮かべながら言葉を続ける。


「やっぱりそうなんだ!ええと、ジュセット村へようこそ。村の外から人が来るなんて、すっごい久しぶりなんだよ」


「ジュセット村?……やっぱり、ここは外国か何かなのか。……ええと、気持ちは嬉しいんだけど、僕、お金持ってないんだ」


「そうなんだ。うーん、……えっと、おにーさんて、行くあてとかあるの?」


「いや、ない、けど」


「じゃあさ、わたしの家に来てよ!あ、大丈夫だから気にしないで。おいしいごはんと、あったかいお布団の代わりに、ちょっと力仕事を手伝ってくれるだけでいいの」


 茶目っ気たっぷりな少女に、祐輝ゆうきはどぎまぎとしながらも相手の好意を素直に受け取ることにした。今の祐輝ゆうきにとって少女の申し出は渡りに船だ。

 こうして、力仕事を手伝い、おいしいごはんを食べ、少女といっしょの布団で眠りについて、祐輝ゆうきの異世界生活一日目が終わったのである。



 そして、まだ日も昇りきらない朝方に、けたたましい鐘の音が村中に響き渡った。


「な、なんだ?」


 突然の騒音に心地よい眠りから引きずり起こされた祐輝ゆうきは、状況を把握できずに辺りを見回していたが、すぐ隣で寝ていた少女が素早く起き上がると、祐輝ゆうきの手を引いて家の外へと駆け出した。


 外に出た祐輝ゆうきが見たものは、炎で燃え上がる家屋と人の姿だった。その光景に愕然がくぜんとしていると、先程から鳴り響いている鐘の音を打ち消すように、心の奥底から恐怖を湧き立たせるような獣の低く重い叫び声が祐輝ゆうきを襲った。

 顔をしかめながらも、ふと、隣の少女を見れば、少女は空を見上げて何かに見入っているようだった。少女の視線の先を追った祐輝ゆうきは、そこに信じられないものを見た。


「ドラゴン!?」


 赤い鱗に覆われた巨大な生物は、体中から炎を吹き上げながら大空を舞っている。物語の中でしか見たことのない幻想上の生物は、今、祐輝ゆうきの目の前で現実として立ちはだかっていた。


 握った手を通して少女の震えが伝わってくるのを感じ取った祐輝ゆうきは、少女を守りたいと願った。すると、もう片方の手に握り締められた剣が淡い光を放ち、鳴動した。確証があったわけではない。だが、これなら現状を打破できるかもしれないと考えた祐輝ゆうきは、少女から手を放して剣のつかに手を掛けると、一歩前に進み出た。


 鞘から剣を抜き放つと、祐輝ゆうきの体の奥底から温かくも力強い不思議な力が湧き上がった。私は女神の祝福を一本の剣に注ぎ、その聖なる剣を扱う力を祐輝ゆうきに与えている。


 祐輝ゆうきは少女に顔を向けると、大丈夫と言わんばかりの優しい微笑みを見せた。

そしてドラゴンに向き直り、身を屈めるようにして脚に力を込めると、それに呼応するように更なる力が聖剣から体中に駆け巡っていく。


「いくぞ……!」


 気合いの声を上げると、祐輝ゆうきは地を蹴った。踏み込んだ地面が大きくえぐれ、衝撃波が巻き起こる。家屋も、人も、何もかもが細かく切り裂かれながら吹き飛んでいく。祐輝ゆうきの体は自壊するかのように、あっという間に崩れ去った。地面が割れ、地上に残っていたものを飲み込んでいく。


 しばらくして、空から落ちてきた聖剣が地面に突き刺さった。それ以外は、何も残らなかった。祐輝ゆうきも、少女も、ドラゴンも、村の面影でさえも……。


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