17回目:村守透<祝福の聖剣>

 女神の祝福。それは、異世界転生者に与えられる闇を滅するための力。身体能力や魔力容量の向上、戦闘技術や魔導技術の習得、再生能力や言語能力の付与など、その内容は様々だが、何を転生者に授けるかは異世界転生術を使用する女神次第だ。なかには、身体能力の向上だけに絞った祝福を授ける女神だっている。


 さて、今回の私は、女神の祝福を一本の剣に注いでみることにした。ああ、もちろん、言語能力くらいは転生者に与えておく。これを忘れると、異世界の住人たちと意思の疎通すらままならないのだから。


 そして今、女神が創造した祝福の聖剣をたずさえて、彼――村守むらかみとおるは異世界に転生した。


「見渡す限りの草原、雲ひとつない空。そして、一振りの剣。これが異世界、か?」


 とおるは夢にまで見たであろう光景に感動していた。


 彼のいるウィツアニア大陸は比較的平和で、生息している魔物の数も少なく、強くもない。そんな場所を転生先に選んだのは、彼に授けた聖剣の力が凄まじいものであっても、それを扱う本人が満足に戦えないようでは意味がないからだ。まあ、聖剣が彼自身の身体能力を向上してくれるし、魔力防壁が自動で展開して敵の攻撃を防いでくれるから無用な心配かもしれないけれども。


「とりあえず、向こうに微かに見える村らしきところに行くとするか」


 そう言ってとおるは歩き出すが、しばらくすると一匹の魔物が彼の行く手をさえぎった。


「なんだ!?……これが、魔物か?」


 狼のような頭部を持ち、小柄な体は長い体毛で覆われている。右手には、どこかで拾ってきたのだろうか、ひどくび付いた曲刀を握り締めていた。それはコボルトという最弱級に分類される魔物だ。

 私がとおるを街中に転生させなかった理由がこれだ。まずは小数の弱い魔物と戦えるように、そして、安全に戦闘を経験してもらって戦いの基本を学んでもらう。いわゆる、チュートリアルというやつだ。


 とおるとコボルトの睨み合いが続く。お互いに間合いを計るかのようにジリジリと前後左右に動いている。とおるは聖剣のつかに手をかけて、いつでもさやから抜刀する準備を整えていた。

 しばらくして膠着こうちゃく状態にれたのか、コボルトが狼のような遠吠えを上げた。


「……くる!」


 身構えるとおるに向かって、コボルトが刀身のびた曲刀を振り上げながら突撃してきた。とおるは柄を握る力を強め、そして、女神に祝福された者のみが扱うことを許された、ありとあらゆる闇を滅する聖剣を、今、抜き放てなかった。


「ぐぬ、あ?……おい、抜けないぞ、これ!」


 聖剣を抜こうと悪戦苦闘するとおるに、迫り来るコボルトの曲刀が振り下ろされ、とおるの脳天をかち割った。


「ぐごぅあぁっ!」


 にぶい音がした。白目を向いて地に倒れるとおるに、コボルトの追撃が迫る。幾度となく響き渡る無慈悲な音と赤く染まる草原から、私は目をそむけた。


 何故、こうなってしまったのか。私はありとあらゆる可能性を考え、やがてひとつの結論に至った。私は、とおるに聖剣を扱う能力を与え忘れたのだ。……ああ、なんと不幸なことだろうか。もう二度と同じ悲しみは繰り返させない。


 そう考えた私の頬を、一筋の涙が伝った。


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