20回目:天橋空人<女神たちの休日>

 天橋あまはし空人そらとは矢の雨の中を疾走した。魔王復活を企むグレンフェデール帝国の実権を握る魔女クラウリッカ・セルトアーレを討伐せんがため、空人そらとはエストリア王国の傭兵として、この戦争に参加したのだ。


 夕立のように激しく矢が降り注ぐ戦場で、空人そらとは全身を矢に射抜かれて絶命した。異世界転生者の死を確認した私は、あらかじめまとめてあった荷物を手に取ると、慣れ親しんだ自室を後にしたのであった。


 今日は、アカデミーで仲の良かった女神同期生四人で温泉旅行に行くのである。ウキウキ気分で集合場所へと向かうと、そこにはすでに二人の女神が到着していた。


「あ~、フルーフ~。こっちこっち~」


 右手を高く上げて左右に大きく振りながら、のんびりした口調で声をかけてきた彼女の名前はトレーネ・フェルスリーゼ。揺れる上半身に合わせて、彼女の持つ大きすぎる胸もゆっさゆっさたっぷたっぷと揺れている。彼女のそれを目の当たりにするたびに、私は自分の胸元を見てため息をつき、少しでいいから分けてほしいと思うのである。


 トレーネの横には、いつも口数の少ないカルト・アルトラスターが、静かに笑みを浮かべながらたたずんでいる。紫紺の長い髪を風に揺らしている彼女の胸も、そこそこに大きい。


 トレーネに軽く手を振り返しつつ二人の傍へと歩み寄ると、トレーネが突然両手を広げて抱きついてきた。


「フルーフ~、元気そうで何よりだよ~。私もね~、元気いっぱいだよ~」


 私の貧相な胸に当たる彼女の胸の弾力が半端ない。少しもぎりとってやろうかと彼女の胸を鷲掴みにするが、逆に私の手が胸の中に埋まってしまいそうだ。しばらく彼女の胸で遊んでいると、トレーネが頬を紅潮させながら、両手で私の体を押しやった。


「も~、そういうのはね~、ちゃんと手順を踏んでからね~」


 胸を揉んだことに対する抗議だろうか。いや、まさか、手順を踏めば胸を分けてもらえるのだろうか。そんなことを考えていたら、残りの一人が到着したようだ。


「おー、三人ともお揃いで!また僕が一番最後だったね」


 そう言いながら姿を現したのは、遅刻常習犯のルフト・マッセルフライハイトだ。小柄な体に平坦な胸。少しは膨らみのある私と比較して、実に残念な体だ。


「ルフトは~、今日はギリギリ間に合ったね~。えらいえらい~」


「その言い方だと、いつも僕が遅刻してるみたいじゃないか」


「でも~、この間なんて~、私との待ち合わせ、二日遅れだったよね~」


「それは、トレーネが約束した日を間違えてただけだろ!」


「え~、そうだっけ~?」


 アカデミー時代では毎日のように交わしていた会話に懐かしさを感じる。ふと、いつも寡黙なカルトを見れば、眩しいものを見るかのように目を細めていた。彼女も私と同じような感傷に浸っていたようだ。


 何はともあれ、こうして、私たち女神の休日が始まったのである。




 空高くに浮かぶ浮遊島、そこにある露天風呂で有名な女神保養施設のひとつに私たちはやってきたわけだが、ここに辿り着くまでの道のりは正に地獄だった。でかちちが取り柄のトレーネが第一種中型飛行魔動車免許を取得したというので、彼女の運転で……うう、私、生きてるよね。


「おおー、露天風呂!いいねえ!」


 露天風呂を目の前にしたルフトがはしゃいでいる。さっきまで気絶していたのに、もう元気いっぱいだ。でも、確かに露天風呂はいいものだ。あ、体を洗わずに飛び込んだルフトがカルトに説教されてる。


 私は行儀よく体を清め、足先からゆっくりと露天風呂に浸かっていく。んふああぁぁ……。生き返る。地獄から天国だ。とろみを感じる少し熱めのお湯は、美肌効果と魔力回復の効能があるらしい。ああ、私、今すっごいだらしない顔してるかも。


 視線を感じてこうべめぐらせれば、ルフトとトレーネが顔を赤くして、こちらを凝視しているようだった。二人とも、のぼせたのだろうか。


「……フルーフって温泉入ると、そんなえっちい顔するんだ」


 え。


「そうだよね~、フルーフってえっちだよね~。ちょっといただいちゃおうかな~とか思っちゃうよ~」


 ……そこまでだらしない顔だったのだろうか。気になって、カルトに視線を向けて無言の問い掛けを投げてみるが、彼女もまた無言のまま、ただ静かにうなずかれてしまった。……うん、今度からは気を付けよう。


「ところで、みんな仕事は順調?」


 カルトが突然振ってきた話題に私は目を逸らした。まだ一度も異世界の救済に成功していないのだから、順調とは言えるはずもない。しかし、私だけでなくトレーネとルフトもあさっての方向を向いている。二人とも上手くいっていないようだ。


「えっと、さ。ほら。いろいろあるわけよ。まさか転生者がさ、日の光に当たっただけで崩れ去るとか、僕もびっくりだし」


「私はね~、やっぱり力を上げて物理で殴るのが一番だと思うんだけど~、この前はね~、結構いいところまでいったんだよ~。でも、物理で倒せない敵が出るとね~」


 果たしてカルトはどうなのだろうかと視線を向ければ、彼女は鷹揚おうよううなずいて語り始めた。


「トゥルビネ星皇ビテルジューズ率いるブルチャーレドラーゴ艦隊の旗艦リットリオから発艦する星海用高機動試作型駆逐艇ディーオヴェントの操縦士として、私が祝福を授けた英雄候補が転生したのだけれど、オリゾンテ公国軍とヴォルティチェ連邦同盟軍が星遺物であるベネディツィオーネの枝を巡る紛争に横槍を入れたことから星間戦争が勃発して……」


 普段は無口なカルトだが、たまに饒舌じょうぜつになると、わけのわからないことを延々と話し続けてしまう。そして、空気を読まずに話を遮るのがトレーネの役目だ。しかし。


「でも、フルーフも~、失敗ばっかりなんだよね~」


 その言葉に、まったくもってその通りなのだが、改めて言われると少しカチンとした。さらに、私には存在しない、ふたつの丸く大きな物体がお湯に浮かんでいるのを見せられて、イライラが増幅してしまうのは仕方のないことだろう。


「フルーフは~、しっかり者のように見えて、ちょっと抜けてるからね~。だから、え、なに?……両手を上げろ?ん、ばんざーい。って、ちょ、ちょっとフルーフ、わきのしたダメ~。ひゃはははははは~。だめだってば~、も~」


 たっぷり5分間、くすぐり攻撃をお見舞いされたトレーネは荒々しい息をつきながらも、次の話題を口にする。


「はぁ、はぁ、……あのね、私、いいこと思いついたんだけどね~。みんなで協力して~、いっしょに異世界を救ったらどうかな~って」


 ふむ、なるほど。私たちが女神の祝福を授けた異世界転生者同士でパーティを組ませるのか。それは、なかなかいいかもしれない。


「最近はさ~、いろいろ物騒でしょ~」


「あー、僕も聞いた。フラウヒュムネ先輩の祝福を授かった英雄が異世界を救えずに命を落としたとか、昔に封印された魔王が復活して、その世界が滅ぼされたとか」


 私も知っている。なんともおそろしい話だ。やはり、ここは協力するのがいいと思う。そして、ルフトとカルトも同じように思ったようで、私たち四人は女神同盟を結ぶことにしたのだった。


 少し準備に時間はかかるだろうが、その日が来るのが待ち遠しいと、私は思った。


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