15回目:桧原璃音<光を身に纏いし勇者>

 英雄召喚。それはリーデンヘルク王国に古来より伝わる秘術。世界に危機が訪れた時、王家の血を引く者のみが起こせる奇跡。

 そして今、王城の最上階、英雄召喚の儀をり行う祭壇で、リーンティア王女の呼びかけにより一人の男が召喚された。全裸で。


「ここは、どこだ……?」


 彼の名は桧原ひのはら璃音りおん。20歳になったばかりの彼は飲酒して酔いが回った状態で入浴し、結果、気を失って溺れ死んだ。そんな彼を私は英雄候補として選び、異世界転生させることにしたのだ。英雄召喚の儀に合わせて送り込んだ彼の肉体は女神の祝福によって強化され、彼自身もまた、雄々しく猛っている。


 全裸で現れた璃音りおんを目の前にして、召喚者であるリーンティア王女は頬を赤らめて目を逸らした。しかし、自身が全裸であることに気が付いていない璃音りおんは、おそらく14、5歳くらいのリーンティア王女に、股の己自身を揺らしながら近付いていく。


「あ、あのっ、リオン様!」


 璃音りおんが気になるようで、ちらちらと視線を送りながら言葉を続ける。


「わ、私はリーデンヘルク王国の第一王女リーンティア・セルヘイウ・リーデンヘルクと申します。突然、リオン様をお呼びしたこと、申し訳なく思っております。ですが、どうか、リオン様のお力を私たちにお貸しください!」


「え、……えっと、俺は」


 突然のことに状況を理解できない璃音りおんが辺りを見回すと、おそらく騎士と思われる男たちが鞘に収まった剣に手をかけながら、殺気立った視線を璃音りおんに向けていた。それもそのはずだ。自国の王女のすぐ近くに全裸の男が立っているのだから。

 しかし、そのことに気が付いていない璃音りおんは、さらに一歩、リーンティアに向かってを進めてしまう。


「貴様ぁっ!もう我慢ならんぞ!姫から離れろ、変質者め!!」


 激昂げきこうした騎士たちが剣を抜き放ち、璃音りおんを取り囲んだ。命の危険を感じた璃音りおんは慌てふためきながらも事情の説明を求める。


「ま、待ってくれ!どういうことだ!」


「自分の姿を見てみろ!」


 そう言われて自分の体を確認した璃音りおんは、ようやく自分が全裸であることを認識した。そして、必死に謝罪と弁明を繰り返す璃音りおんに、ようやく騎士たちは剣を収めた。

 全裸召喚によって一悶着ひともんちゃくあったが、何はともあれ、こうして璃音りおんの冒険が始まりを迎えたのだ。


 しかし、その喜びも束の間、すぐに新たな問題が発生することになる。

 いつまでも全裸では良くないと渡された服を璃音りおんが着たところ、何故か服が細切れになって弾け飛んだのだ。それは何度試しても、また、どんな服でも、どんな鎧でも、布を巻くだけであっても結果は同じだった。


「なんだこれ……。俺、呪われてるんじゃね?」


 おそらくその通りなのだろう。私が異世界転生術に失敗するなんてことは考えにくいし、もしかすると、異世界転生直後から誰かの攻撃を受けているのかもしれない。彼の旅立ちは実に前途多難だ。


 ――数日後、相変わらず全裸の璃音りおんだったが、初歩的な魔術の使い方を覚えたようで、早速、魔術の詠唱を開始していた。


「……輝ける勇敢なる光の精霊よ。我が意思に従い、顕現せよ。そして我が身を守りたまえ!」


 詠唱を終えると、まばゆい光が璃音りおんを包み込んだ。正確に言うならば、彼の両の乳首と局部を隠すように光が貼り付いていた。

 これではただの変態だ。


「よし。これで堂々と外を出歩けるな」


 その言葉が本気なのか冗談なのか、私には判別できなかった。

 そこに王女リーンティアがやってきて、璃音りおんの変態的な姿を見るなり言い放った。


「リオン様、光をまとったそのお姿……素敵です」


 うっとりとした顔をしている。この王女様の感性も異常のようだ。


 ああ、だめだ。もう、いやだ。

 私は変態ではないのだ。私は、この物語の続きを知りたいと思わない。だから、これ以上を語ることなく、この話は、終わるのだ。


 私が最後に見たのは、街中で警備兵に追われている彼の姿だった。


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