14回目:佐ノ原悠夏<生命の水>
大海原が一面に広がっていた。いや、正確に言えば、それは海ではない。高度9000メートルから彼女――
大空に浮かぶ12の大陸、それがこの世界のすべてであり、雲の下に陸地は存在しない。その世界における、高度7800メートルに浮かぶ第六番目の大陸はフリューゲルという名で呼ばれ、そこに
彼女は普通の女子高生だった。ある日の放課後、青信号で横断歩道を渡っていた小さな女の子が信号無視の四輪車に
今の
「ハルカ様」
名前を呼ばれて振り向くと、薄く緑がかった銀色の髪を風になびかせながら、
初めて見る
「私の名はエリュシアーテ。英雄召喚の儀によって、ハルカ様をこの地に呼び……」
「ちょ、ちょっと待って」
「ええと……これは…………あれだから……うん…………そっか、異世界転生……?」
どうやら状況を飲み込めたようだ。さらには、自身に流れる不思議な力を感じ取ったのであろう。試しに指先に小さな魔術の火を
エリュシアーテは英雄召喚の儀と言っていたが、実際は、その儀式を利用して私がこの場所に
「あ、ごめんね。それで、なんだっけ?」
「……あ、はい。……ええとですね、今、私たちの世界は危機に見舞われています」
つまり、この世界にある12の大陸は、各大陸に封印されている12匹の神の獣の力によって浮かんでいるが、その神獣が封印の眠りから目覚めようとしているのだ。もしそうなれば、大陸は浮遊力を失い、落下してしまう。それを防ぐために神獣を再封印してほしい、ということらしい。
「……私たちは神獣の力によって、この地で生きていくことができるのです。ですが、そのために利用され、自由を奪われているわけですから、おそらく、眠りから目覚めた神獣は怒り狂うでしょう」
「うん、状況は、……だいたいわかったかな。それで、その神獣っていうのは、どこにいるの?」
「第六の神獣、ユング・フラウは、ここにいます」
そう言って足元を指差すエリュシアーテ。そして続ける。
「神獣はこの塔の真下、地中深くで眠りについているのです」
塔は、英雄召喚の儀を
それから半日程も歩いただろうか。
「あとどれくらいで神獣のいる場所に着くの?」
女神の祝福によって強化されている肉体は、さして疲労を感じているわけでもないが、代わり映えのしない景色が延々と続いている状況では、
「三日程ですが、いかがなされました?」
「……」
絶句する
「ええと、ちょっと喉が渇いたから、何か飲みたい、かな?」
その言葉を聞いたエリュシアーテは、首を
「喉が渇いた……ですか?……ええと、それは、どのような状態なのでしょうか」
私は
それに対して、女神の祝福を受けているとはいえ
しかし、
「あ、もしかしたら、魔法を使えば水を調達できるんじゃないかな?……うん、私ったら冴えてる!」
「ハルカ様、今のは一体……?」
エリュシアーテは突然の出来事に
おそらくは、この世界の大気には水と反応して爆発を起こす何かが含まれているのだろう。呼び出した水が少量だったから良かったものの、そうでなければ、彼女の旅はここで終わっていたかもしれない。
このままではまずい。神獣の再封印よりも先に、飲み水を確保する必要がある。この世界に水は存在しないのだろうが、水でなくても、その代わりになるものであればなんでもいい。
地上に戻った
「水もなければ食べ物もない……」
途方に暮れる
「……こういう時は、自分のおしっこを飲んで生き延びたって話を聞いたことがあるけど」
できれば実行したくない最後の手段だ。しかし、今の状況で
「まったく、おしっこ出る感じがしない」
万事休すか。またもや私は世界を救うことができなかったのだ。私はそっと目を閉じると、すべてを諦めようとした。だが、すぐさま再び目を開く。最後に私の目に映った彼女の瞳が気にかかったのだ。
そう、
絶望の底から這い上がるかのように立ち上がった
「ハルカ様……?」
そして、エリュシアーテの視界から
「お願いです、エリュシアーテさん!あなたのおしっこを飲ませてください!!」
……。
世界から音が消えた。いや、あまりの衝撃に私がそう感じていただけだろう。
エリュシアーテも私と同じような衝撃を受けていたようだが、しばらくして
「……ハルカ様。あなたは、何を言っているのですか。申し訳ありませんが、今の発言は、あまりにも気持ちわ……」
「待って!……話を、聞いて」
エリュシアーテの言葉を
「……事情はわかりました。仕方がありません」
そう言って、エリュシアーテは腰に身につけていた衣服を脱ぎ去ると、肩幅ほどに脚を広げて
風が優しく頬を撫でる。静かな時間が流れた。そして、水が流れ出る。
素早く毒性を確認した
「すごく、美味しい……。フルーティで、ほのかな甘さと爽やかな清涼感があって、香りも好きかも」
そんな感想を口にする
軽蔑の視線には気が付かない
これは、まさしく、生命の水と呼ぶにふさわしい。
この世界で
私は、自身に不名誉なふたつ名を付けられる未来を想像して、げんなりとした。飲尿女神、おしっこで世界を救った女神様、……だめだ。耐えられない。
私の平和を守るため、今回の異世界召喚はなかったことにしよう。こうして、世界に目を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます