6回目:時田浩一郎<時の支配者>

 彼が命を落とした時、世界の時間は巻き戻る。

 それこそが、今回の異世界転生で私が彼に授けた女神の祝福だ。


「ここは、……どこだ?」


 時田ときた浩一郎こういちろうは見知らぬ街並みを見回して呟いた。


「俺は死んだはずだ。……ああ、たしかに親父に真剣で首をねられたはずだ」


 その辺の事情には触れないが、たしかに彼は死んだ。そして、私の力によって転生したのだ。しばらく待っていると、事情を飲み込めてきたようだ。


「そうか。これが、異世界転生というやつか。新しい人生の始まりだな。まずは、冒険者ギルドか?……あるいは、何か仕事を見つけないとまずいな。そもそも、言葉は通じるのか?」


 大丈夫だ。問題ない。冒険者ギルドは存在するし、言葉も通じる。ひとつだけ問題があるとすれば、浩一郎の身体能力は以前のままだということだ。だが、それは仕方がない。彼に与えた特殊能力を実現するためには、ほかを犠牲にするしかなかったのだ。


「とりあえず、誰でもいい。声をかけてみるか」


 そう言って足を踏み出した、その時だった。

 浩一郎の首を一本の矢が貫いていた。彼は声ひとつ上げられない。

 矢を放った人物は、近くの屋根の上にいた。黒いローブで全身を覆っていて、素顔は見えない。そして、その場所から浩一郎の死を確認すると、忽然こつぜんと姿を消した。


 ――そして、時間が巻き戻った。


「……俺は、どうなった?……何が、あった?」


 浩一郎は困惑していた。右手で首を押さえる仕草をしている。


「状況はわからない。だが、とにかくここから離れなければ」


 そう言って足を踏み出した、その時だった。

 またもや、浩一郎の首を一本の矢が貫いていた。


 ――そして、時間が巻き戻った。


「誰かに狙われている。そして、何故だか時間が巻き戻っている……?」


 浩一郎は目を閉じて考え込む。どうすれば、この状況を打開できるのか。

 しばしの沈黙。そして、目を閉じたまま一歩を踏み出す。

 その瞬間、矢が放たれた。


「はあっ!!」


 裂帛れっぱくの気合とともに繰り出された浩一郎の鋭い手刀が矢を叩き落した。

 だが、次の瞬間、浩一郎の影から短剣が飛び出してくる。


「ぬ、ぐっ……!」


 胸に突き刺さった短剣を抜き取ろうとする浩一郎だったが、それよりも早く、二本目の矢が浩一郎の頭を刺し貫いた。


 ――そして、時間が巻き戻った。


 それから何度も時間は巻き戻された。浩一郎は死の運命に抗おうと懸命に足掻あがいたが、結果は同じだった。これは、周到に用意された襲撃だ。浩一郎を狙った、というよりは、異世界転生者を狙ったのだろうか。

 理由はわからない。誰の差し金かもわからない。だが、おそらく、この死の無限ループからは逃れられないと私は考えていた。


 いつの日か、浩一郎は未来を切り開くかもしれない。

 その日が訪れるまで、この世界は時の牢獄にとらわれ続けるのだ。


 私は祈った。私にできることはそれだけだから。そして、私はこの世界から目を背けた。


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