7回目:如月紡祇<母は強し>
「あらあら、ここはどこかしら。困ったわねぇ」
聞くものを眠りに誘うような、のんびりとした声が
「とりあえず、誰かにお話を聞いてみましょうか」
彼女――
「あのぅ。ちょっとよろしいでしょうか」
声をかけられた男はギロリと鋭い目を
「何用だ。人間の娘よ」
大きく裂けた口を開け、獅子の男が返答する。その口からは鋭い牙が覗いている。
「あらあら。娘だなんてお上手なんだからぁ。これでも二児の母親なのよ」
「む。それは、すまない」
頬をかすかに赤く染めて微笑む
「えっと、ここは、どこなのかしら?」
指を頬に当て、首を
「旅人か?ここはウッドヘルデという名の街だ」
「あら~。はじめて聞く名前の街ねぇ」
無理もない。
「ありがとうございました。とりあえず、そのへんをフラフラと歩いてみますねぇ」
男にペコペコとお辞儀をしながら、
「ん~。おいしそうなにおい。……だけれども、おサイフは家に忘れてしまったのよねぇ」
次々と目に飛び込んでくる初めて見る食べ物に後ろ髪を引かれながら、
冒険者ギルドは、世界を旅する冒険者を支援する目的で結成された組合だ。かつて冒険者だった者が次代の育成のために、あるいは、冒険者を夢見たが叶わなかった者が自分の夢を託すために、と、様々な理由で人が集ったのが始まりとされている。
冒険に必要な武器や防具から、食料や薬、ロープなどの必需品まで多種多様な商品を、それなりに融通を利かせた価格で提供したり、様々な情報を売買したり、冒険者への依頼を
「……ここは何のお店かしら。なんだか私、ここに入らないといけないような気がするのよねぇ」
周りよりも一際大きい冒険者ギルドの建物を見上げながら、
鐘の音が街中に響き渡る。その音は荒々しく、力任せに打ち鳴らしているかのようだ。直後、街の人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。ある者は家の中へ。またある者は街の外まで走って逃げようとしていた。
「あらあら。なにかしらねぇ」
何事かと空を見上げると、巨大な
「っ!?」
その光景に衝撃を受けた
「……なに……っ…………してる、の……!」
「……っぁぁあああああ!!」
気合いの
轟音が、破裂音が、世界を揺るがす。
人々は見た。空よりも青い幻想的な翼を宙に描き、最強の魔獣と名高い
頭部を失った
人々は、しばし茫然としていたが、状況が飲み込めるやいなや、大きな歓声を上げる。
その一方で、
やがて、ひとつの結論に思い至る。ここは、私のいた世界とは、別の世界なんだ、と。
そして、思い出す。
「私は、事故で……」
涙が頬を伝う。
「もう、私の、……あの子たちには会えないの、ね」
それから一ヵ月が過ぎたある日。
「は~い。おまたせしましたぁ」
満面の笑顔で、
「ありがとうございましたぁ。また、いらしてくださいねぇ」
暖かな日差しの中、のんびりとした声とパンの香りが、風に乗って流れていく。
新しい世界で新しい生活を送る彼女を眺めながら、私は頭を抱えていた。
何故、世界を救う旅に出てくれないの!?
当然ながら、私の叫び声は彼女の世界には届かないのであった。
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