5回目:篠宮鈴音<キミに捧げる剣>

 私は女神フルーフ・ツァイトイフェル。死に瀕した人々に女神の祝福を授けて異世界転生させる転生執行官。

 今回、私は深く反省している。まさか、異世界転生術の対象を間違えてしまうとは、あってはならない失態だ。あってはならないことなので、上には報告しないつもりだが。


 さて、気を取り直して、今回の異世界転生者は篠宮しのみや鈴音すずね、5歳の少女だ。


「……う…………あ……」


 鈴音は恐怖のあまり声を上げることもできない。それもそうだろう。幼い少女が無数のゴブリンに取り囲まれているのだから。

 ゴブリンの背丈は少女と同じくらい。外見は醜悪しゅうあくで、緑色の肌を持ち、鼻と耳が長い。

 ゴブリンたちは、突然現れた鈴音に警戒しているようで、周りを取り囲むだけで、すぐには襲ってこなかった。だが、それも時間の問題だ。その時が来れば、少女は為す術もなく殺されてしまうかもしれない。


 腰を抜かしているかのように地面にへたり込む鈴音は、小さく震えている。と、その時、少女を中心に水たまりが広がった。その水たまりからは、ほのかに湯気が立ち上っているように見える。おもらししてしまったようだ。


「う、……うう……ぐすっ」


 鈴音が嗚咽おえつを漏らし始めた。

 その様子を見たゴブリンたちは、鈴音を取るに足らない相手だと認識したのだろう。数匹のゴブリンが大胆に距離を縮めてきた。そして、薄ら笑いを浮かべながら、血や泥で汚れた手を鈴音に伸ばした。

 鈴音は自身に迫る絶望を前に、身をすくめる。


 だが、その手が鈴音に触れることはなかった。突如現れた一振りの剣がゴブリンの腕を斬り落としたからだ。ゴブリンの絶叫が響き渡る。

 どうやら間に合ったようだ。

 私が本来転生させるはずだった、この世界の英雄となるべき男。

 彼の手足は細く、白かった。その体には余計な肉など一片たりとも付いていない。そう。彼の姿はまるで骸骨スケルトンのようで……ええっ!?


 なんと、彼は骸骨スケルトンそのものだった。おそらく、急いで異世界転生術を使ったために、骨だけの姿で転生されてしまったのだろう。


 骸骨スケルトンは、おもむろに周りを見回す、と、次の瞬間、彼の姿が消えた。

 速い。この女神の目にも捉えられない。

 次々と宙を舞うゴブリンの首。骸骨スケルトンの動きは、もはや人間業ではなかった。いや、実際に人間ではなくなっているのだが。


 数秒後、元の位置に戻ってきた骸骨スケルトンは幼い少女に向き直る。もはや、動いているゴブリンは存在しなかった。


「ダイジョウブ、カ?」


 たどたどしい言葉で骸骨スケルトンは鈴音に話しかけた。その感情を感じない声と恐ろしい風貌ふうぼうに鈴音は身を震わせる。


「オレガ、コワイ、ノカ」


 骸骨スケルトンは剣を地面に置き、少女に向かってひざまずく。その姿は、まるで騎士のようだった。


 どれほどの時間、そうしていたのだろうか。

 鈴音がゆっくりと骸骨スケルトンに小さな手を伸ばした。そして、鎖骨に手を触れる。

 骸骨スケルトンが優しく微笑んだ、ような気がした。

 鈴音は骸骨スケルトンの腕の中に飛び込み、泣いた。思いっきり、泣いた。そんな少女の頭を、骸骨スケルトン無骨ぶこつな手で優しく撫で続けるのだった。


 少女と骸骨スケルトンのその後を、私は知らない。

 私は二人が幸せに生きていけることを、心の中でそっと祈った。


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