第六章
第六章
駅前のマンションの玄関先。
優「ここが新しい家になるんですか。」
りま「そうよ。私も手伝いに来るから、頑張って生徒さんを教えてね。ほら、看板も作ってもらったんだから、もう、後には引けないわよ。」
と、一枚の木の看板を差し出す。
優「レザークラフト教室、革の袖、、、。
順恵「味が出てますね。マンションで始めるのはよい選択だと思いますよ。住人の誰かが来るかもしれないし。」
声「ああ、ここか。へえ、ずいぶん立派なマンションじゃない。ここで教室開くなんて、大したもんだね。」
振り向くと、杉三と蘭がいる。
杉三「お久しぶり、ここで商売始めるんだってね。お祝いに来たよ!」
優「杉三さんどうしてここがわかったんですか。」
蘭「ごめんなさいね、いきなり押しかけてきてしまって。杉ちゃん、どうしても来たいっていうから、連れてきたんです。ご住所は、青柳教授から聞きました。青柳教授、あなたが出ていったと言って、すごく寂しそうでしたよ。」
優「そんなことありません。僕は製鉄所で何回も迷惑かけてしまいましたし。」
りま「失礼ですがこの二人、、、。」
杉三「ああ、優さんの親友で、影山杉三です。こっちは僕の親友で伊能蘭です。」
りま「車いすの方とも付き合ってたの?」
優「ええ、まあ。」
順恵「いいじゃないですか。障害のある人と付き合っていれば、役に立つこともあるかもしれませんよ。」
りま「まあ、そうか。じゃあ、私も自己紹介しなくっちゃね。私は、高安りま。」
順恵「小久保順恵です。」
杉三「よろしくね。初めてのお客さんはまだ見えてないの?」
優「まあ、そういうことです。」
と、そこへ、住人のおばあさんがやってくる。
おばあさん「あら、私がいない間にお隣に来てくれたのね。」
優「初めまして、望月優です。よろしくお願いします。」
おばあさん「ああ、塩野奈美子です。昨日まで入院をしていましたが、今日帰ってきました。」
確かに彼女は大きなボストンバックを持っている。
奈美子「独り者だから、移動が大変だ。まったく病院も冷たくて、送ってくれればいいのに、ダメなんですよ、ケチだねえ。」
杉三「あれ、ご家族とか、居ないんですか?」
奈美子「いないんですよ。私は家族なんて持てなかったもの。家族を持ちたい時期を病院で過ごしちゃった。きっかけは保育園に勤めていた時なんだけどね、自殺を何回も図って、親がもう病院に入ってろって言いっぱなしで、結局親の葬儀にも出させてもらえませんでしたね。行くところがないから、病院で過ごしてましたけど。」
杉三「で、今日帰ってきたのは、」
奈美子「ええ、数年前、病院がこのアパートを借りてくれてくれたけど寂しくてまた入院して。私は、何とか的入院防止のためと言われてここに帰ってきたのですが、浦島太郎みたいな状態で、何にもわかんないですよ。あたしは、なんで生きてきたんだか。ただの粗大ゴミですかねえ。」
杉三「よかったから、革で何か作ってみませんか。」
奈美子「革?」
杉三「そう、この人、革細工については天才なんです。」
奈美子「そうねえ、でも私なんか、障害年金で生活している身だし、どうせ仕事もないし、きっとまた入院するのが落ちでしょ。」
杉三「だったら、ここへ入ったら?外へ出るきっかけがつかめるよ。」
奈美子「でも月謝など。」
優「2500円程度でいいです。まだ始めたばかりですし。」
奈美子「それなら、私も出せるよ。じゃあ、作ってみようかな。」
杉三「保育士されていたんじゃ、手先だって器用じゃないですか。」
優「じゃあ、こちらにいらしてください。」
と、マンションの中へ入らせる。
優「皆さんも入ってください。今日は、雨が降る予想だし。」
順恵「じゃあ、お二人のお手伝いします。」
りま「私も。」
順恵は杉三の車いすを押し、りまは蘭の車いすを押して、それぞれ順番にマンションの中へ入れてやる。
マンションの中
奇麗に整理された部屋の中に、二人用の小さな机が置かれている。
優「はじめは個人レッスンのほうがいいと思うんです。そのほうが、マイペースで進められるし。じゃあ、この革で、簡単な筆箱を作ってみましょうか。」
奈美子「私にできるかな。」
優「まず、この革を、半分に折ってください。」
奈美子「こう?」
優「はい、その通りです。これは非常に柔らかい革ですから、割と楽に縫えると思います。」
奈美子「すごく、肌触りが独特。不思議な感触だな。」
優「じゃあ、縫ってみましょうか。」
と、革用の針と糸を差し出す。
優「じゃあ、こんな風に、針に糸を通して。」
奈美子「こう?」
優「はいその通り。じゃあ、革にさしてみてください。」
奈美子「さしてみたよ。」
優「じゃあ、ゆっくり波縫いで縫ってみましょうか。」
優は、ゆっくりと、波縫いで革を縫っていく。
優「こうして、ふちを篝縫いしてください。普通の布を縫っているのと同じような感覚で。」
奈美子「はいはい。」
と、ゆっくりとであるが、優の真似をして縫っていく。
優「そうですそうです。できるじゃないですか。これで縁取りができたら、もう完成ですよ。一か所、筆の入り口で、空けておいてくれれば。」
奈美子「へえ!すごいね。私がこんなものを作れるとは思わなかったよ。革が手芸感覚で縫えるなんて思わなかった。意外に革って面白いんだね!いや、もう一回やってみたいな。」
杉三「じゃあ、この教室に入会してよ。そうすれば、できるよ。」
優「僕が勝手にやってるだけですから、入会金も何もありません。カルチャーセンターでもないし、材料店の付属もありませんから。月に何回とか指定もしませんので、その都度その都度次のレッスンの予約をしていただければそれでいいです。一回2500円さえ払ってくれれば。」
奈美子「なるほど。そうなれば私にもできそうだ。じゃあ、申し込みしようかな。何か書くものあるかしら。」
優「じゃあ、これにお名前と住所と連絡先を。」
奈美子「わかりました。」
と、差し出された紙と鉛筆を受け取って、名前と住所と電話番号を記入する。
杉三「どう?外へ出るきっかけもできたでしょ?」
奈美子「はい、本当に楽しかった。またくるから。次は、来週の今日に来ようかな。なんか、丁寧にやってくれるから、月に、二、三回は来たいよ。それにわたし、病院以外は声を出せる場所もないからね。こうして何か作るのも、指を動かすから、頭の運動にもなるし。」
優「こちらこそありがとうございます。ぜひ、また来てください。お時間はどうしますか?一応、教室の営業時間は、10時から18時くらいと考えていましたが。」
奈美子「このくらいの時間でいい?」
優「ああ、今二時だから、一時ですか?レッスンは、一時間は見ていただきたいので。」
奈美子「それでいいよ。じゃあ、来週の一時にまた来るよ!よろしくね!」
優「ありがとうございます!」
奈美子「こっちこそ。久しぶりに若い人と話せて楽しかったよ。病院でも若い人はいるけどさ、あんたみたいにきちんとしている人は少ないよ。そのねじり鉢巻きは、トレードマークだね。」
優「ああ、これですか。ただの飾り物です。」
確かに、彼の額には、黒い布がまかれているが、その言葉を聞いた途端、全員の頭の中で何かが動いたような気がした。
杉三「おしゃれなんでしょうけど、東大を受験する人みたい。その鉢巻が白くなれば、本当にまだまだ受験生に見えるよ。」
確かに、その鉢巻は黒だった。
優「いえいえ杉三さん、以前は、汗が出る場所で仕事してましたから、あ、いや、何でもありません。」
奈美子「ああ、汗が出ないように、それを巻いたのね。」
優「ええ。そういうことです。」
奈美子「それなら、それでいいよ。じゃあ、今日は荷物の整理があるからこれで帰るけど、来週の今日、必ず習いに来るよ。レッスン料はここに置いておくね。」
と、2500円をテーブルに置く。
優「今領収書を書きます。作ったものは持って帰ってくださいね。」
奈美子「ありがとう。大切にします。今日は本当にいい日だ。久しぶりに退院できてうれしかっただけじゃなく、こんな面白い教室に入ることができた。よし、これからやっと楽しい日々が待っている。」
優は合掌してから受け取り領収書を手渡す。奈美子は、それを筆箱と一緒に受け取って、
奈美子「じゃあ、ありがとう!」
と、帰っていく。
優「ありがとうございました!」
と、一礼して見送る。
杉三「よかったね!早くも生徒さんを獲得なんて!」
りま「じゃあ、ホームページ作らなきゃ!」
順恵「チラシを配ってもいいんじゃないでしょうか。」
蘭「ああ、それから。水穂が、こう言ってた。」
杉三「どうしたの?不安そうな顔をして、、、。」
蘭「ああ、水穂がどうしても、彼に伝えてくれっていうんだよ。その鉢巻をやむを得ず取らなければならなくなったら、こっちに連絡をくれと。製鉄所と決別しても、これは忘れないでくれと。」
杉三「とるって、ただの飾り物なんじゃないの?」
優「いえいえ、蘭さん。これはバラックで暮らしていた時、身についた習慣です。バラックはエアコンをつけられなかったので、汗が目に入って痛いものですから、それを防ぐためにつけたんですよ。でも、今はただの飾り物ですから。水穂さんにはそう伝えてください。」
蘭「でも、水穂がとても心配していましたよ。」
優「ああ、心配いりません。これは本当に今となってはただの飾り物。だからなんの意味もないのです。そう、水穂さんに言っておいてください。」
蘭「はい、わかりました。そう言っておきます。じゃあ、僕らも帰ろうか。」
杉三「え、もう?」
蘭「そうだよ。長居してたら、お稽古に支障がでるかもしれないじゃないか。」
杉三「そうか。じゃあ、帰らないとだめだよね。うん。これで失礼します。」
りま「またお手伝いします。」
順恵「私も。」
来た時と同じように、りまは蘭の、順恵は杉三の車いすを押してやる。
杉三「また遊びに来るからね!」
蘭「次は、もう少し繁盛していることを願いますよ。」
優「ありがとうございます!」
と、頭を下げる。
翌日。優のマンション。インターフォンが鳴る。
優「はい、どなたでしょう?」
声「ここで革細工をやっていると聞きましたが。」
優「そうですが、なんでしょう。」
声「この子に教えてやってくれませんか。」
優「とりあえず、お入りください。中で話しましょう。」
と、ドアを開ける。と、小学校低学年くらいの女の子と、母親が立っている。
優「中へどうぞ。」
母親「お邪魔します。」
と、一礼して中に入るが、女の子は何も言わずに中に入る。
母親「こら、お邪魔しますの一言位言いなさいよ!」
女の子「あ、ああ、あ、」
母親「またそうやって演技して!しっかりしなさい!」
優「いえいえ、ここではもっとリラックスしてくれていいですよ。演技も何もする必要もありませんから。」
母親「すみません、もっと厳しくしつけますので。」
優「じゃあ、ここに座ってください。」
と、自分の椅子に母を座らせ、残りの椅子に女の子を座らせる。
優「あいにく椅子が二つしかないから、僕は立ったままお話を聞くことになりますが、それでよろしければ。」
母親「ああ、もうすみません、ほら、ありがとうは?」
女の子「あ、ああ、」
優「無理してしゃべらなくてもいいよ。で、まずはお名前を。」
母親「ええ、私は岡本香織と申します。娘は岡本敦子。」
優「望月優です、よろしく。年はいくつかな?」
母親「6歳です。小学校一年です。」
優「一年生か。」
と、壁にかかっている時計を見る。まだ学校に行っていると思われる時刻。
優「失礼ですが、一年生であっても、学校に行っている時間ですよね?今日は平日ですから、学校にいっているはずです。何かあったんですか?」
香織「ああ、申し訳ありません。これ、ちゃんと話さなければいけないんですけど、この子学校へ行ってないんです。はじめの頃はきちんと学校に通っていましたが、遠足に行って次の日から、学校にいかないで、私のそばを離れなくなりました。私が学校へいけと問いただしたのですが、その日から、全くしゃべらなくなったんです。精神科とかにも行ったんですけど全然だめです。でも、何とかして学校へ戻さなければなりません。このままだと、欠席が出席を超えてしまって、退学しなければならなくなります。」
優「そういうことなんですか。」
香織「だから、何とかして人に慣れてもらいたくて、私は、こちらにつれてきたんですよ。」
優「そうですか、、、。」
香織「やっぱり、だめですか?それよりも精神科にいけとでもおっしゃいますか?」
優「僕はそんなことは申しません。でも、提案はありますけど。」
香織「と、おっしゃいますと?」
優「もし、よろしければ、お二人でカバンを作ったらいかがですか?」
香織「私も、一緒にですか?」
優「はい。娘さんはきっと、お母様が自分を捨ててしまうのではないかと不安なんだとおもうんですよ。おそらく学校でいじめなどがあったのではないですか?そしてお母様が遠足に出してしまったから、余計につらくなってしまったのでしょう。だから、学校に行ってもお母様はお母様でそばにいるんだということを示すべきです。」
香織「でも、学校に行かせないと。」
優「まあ、確かに、義務教育を受けさせないということは、確かに引け目を感じることではあると思うんですけど、そうでないときもありますからね。それに今は多少学校に行かなくても、何とかなるように、受け皿になってくれる学校もあるし、家庭教師をつけるという手もあります。だから、不登校になったというのをあんまり深刻に考えず、ちょっと疲れた程度でいいと思う。それよりもお母様がそばにいるってのを感じさせてあげたほうが良いと思いますよ。」
香織「私、何をしたというのでしょか、虐待をしたわけでもないし、放置しているわけでもないのに。」
優「だから、そばにいてくれないのではないかと、不安なんだと思います。その、言葉が消えたのが、動かぬ証拠ですよ。言葉を言えと叱られたくてわざと言葉を話さないのだと思いますけどね。」
香織「確かに、、、。私、厳しくしすぎたかもしれません。有名な学校に行かせたのは、私が見栄っ張りすぎたかもしれませんね。」
優「それを反省するのなら、二人で同じことをするといいと思うんですよ。」
香織「そう、ですね、、、。わかりました。じゃあ、私も習わせてください。」
優「二人そろって2500円でかまいません。ここにお名前と住所と連絡先を。」
と申込書を差し出す。必要事項を書く香織。
香織「ありがとうございます。じゃあ、週に一度来ます。」
優「基本的に月に何回とかはそちらにお任せいたします。必ず敦子さんと二人で来てくださいね。」
香織「わかりました。今日のところはこれで。」
と、一礼してそそくさとでていく。
その数日後、またインターフォンが鳴る。
優「はい、どちら様でしょう?」
声「ハロー、じゃなかった、こんにちは。」
なんとなく不明瞭な発音である。
優「どうかなさったんですか?」
声「入ってもいいかしら。」
優「はいどうぞ。」
と、ドアを開けると立っているのは金髪の青い目をした外国人の女性である。
女性「こんにちは、私の名前は、ジャクリーンです。」
優「ぼ、僕は望月優、、、。」
女性「へえ、奇麗ななまえ。もちづきゆう、ですか。あ、そうじゃないな、先生と呼ばなきゃいけないんでしたよね。申し訳ありません。ちなみに私は、町田ジャクリーンと言います。」
優「い、一体何の御用ですか?」
ジャクリーン「ここでレザークラフトやってるみたいですね。私に、居場所を作って。お金はなんでも払うから。」
優「とりあえず中に入ってくださいよ。玄関先でそういわれても困りますから。何かわけがあるんでしょう?」
ジャクリーン「まさしく!じゃあ、お邪魔します!」
と、靴も脱がずに上がろうとする。
優「ああ、靴は脱いでくださいね。日本ではそうなってますから。」
ジャクリーン「そうでしたね。」
と、いそいで靴を脱いで、中に入っていく。
ジャクリーン「まあ、奇麗な部屋じゃない。よかった、これでやっと、私も安心していられる場所ができたなあ。」
優「そうじゃなくて、事情を話してくださいよ。一体どうしてここへ?」
ジャクリーン「ああ、ごめんなさい。私、先月までアメリカに住んでいたんです。日本人の主人と一緒に。で、主人のお母様が倒れたというので、主人と一緒にここに来たんですけど。」
優「ああ、認知症か何かで?」
ジャクリーン「どうなんですかね。もう私は、一日中お母様の道具みたい。だからお休みをいただきたくてここへ来たのよ。」
優「確かに介護に疲れて習い事をということはよくありますよ。だけど、勝手に飛び出してきていいんですか?やっぱり、主宰者としては、ご家族の許可をもらっていただきたいなと思いますのでね。」
ジャクリーン「ええ、主人には承諾してもらいました。でも、この富士市は田舎でしょ、カルチャーセンターも何もありませんよ。買い物に行く途中で、看板を見かけたから寄ってみたの。」
優「ああ、ありがとうございます。」
ジャクリーン「そういうわけだから、入会させて。何か作ることで少しでも気がまぎれるでしょうしね。そうしたら、私、また介護の日々に戻れるわ。」
優「まあ、確かに介護というものは先が見えないから、本当につらいものがありますよね。
ましてや、アメリカ人となれば、本当にお辛いでしょう。いつでも好きな時にいらしてくれていいですよ。」
ジャクリーン「じゃあ、入会金払おうかな。いくら出せばいいのかな?」
優「いりませんよ、そんなもの。レッスン代だけ出してくれればそれでいいですよ。」
ジャクリーン「だめ。そこいらのチェーン店のような教室とは違うんでしょうから、ちゃんと出す。」
優「困りますよ、僕は、入会金なんて定めておりませんので。」
ジャクリーン「本当にFragileな人!どこの教室でも、入会金と月謝があるって、うちの旦那は言ってたんだけどな。かえって変な人だと思われてしまうかもよ。」
優「じゃあ、任せますよ。本来いらないものなので、金額はそっちで決めてください。」
ジャクリーン「わかった、じゃあ、これでどう?材料費の足しにでもしてよ。レザーは高いんでしょ。」
と、財布から、二万円を差し出す。
優「こ、こんな大金いりませんよ。本当に必要ありません。僕は、暮らしができればそれでいいのです。こんな大金、使い道がないですよ。本当に必要ありませんから、もっていってください。」
ジャクリーン「もしかして、こういう講座開くの初めてなの?それなら、入会金とったほうがいいわよ。それは、信用の証にもなるし。こんなこと、日本人だったら誰も教えてはくれないし、そんなにFragileだと、かえって馬鹿にされるのが常よ。そうならないように、入会金位取っておきなさい。これじゃあ、どっちが生徒で先生なのか、全然わからないじゃない。」
優「ああ、すみません、すみません。」
ジャクリーン「頭を下げなくていいの!先生なんだから。」
優「じゃあ、いただいておきます。領収書いりますか?」
ジャクリーン「いらない。そんなのアメリカでは大したことないし。」
優「日本では、こういう書類は非常に重要なんです。もって置いたほうがいいです。だから、もっていてください。」
と、二万を受け取って、領収書を書く。
ジャクリーン「字がお上手なのね。」
優「ああ、それだけが取り柄のようなものです。」
ジャクリーン「へえ、書道も教えられそう。」
優「いえいえ、こういう人間は、革工芸しかできませんよ。野球選手が野球しかできないのと同じです。はいどうぞ。」
と、領収書を手渡す。
ジャクリーン「ありがとう。今日はいい日だった!レッスンの曜日とかは、どうしたらいい?」
優「ああ、まだ固定していないので、好きな時に来てください。」
ジャクリーン「ワンレッスン制?」
優「はい、一回2500円で。」
ジャクリーン「それだけはしっかりしてるのね。」
優「はい。」
ジャクリーン「わかったわ。じゃあ、来たくなったら連絡する。電話番号は?」
優「ああ、070、、、。」
ジャクリーン「固定電話もないの?」
優「まあ、そういうことです。」
ジャクリーン「まあ、細かいことは気にしなくていいわね。かえって、Fragileな人を刺激するとあんまりよくないしね。まあ、いいや。じゃあ、また疲れたら、くるから。入会金、しっかり、受け取って頂戴ね。」
優「はい。わかりました。正直、外国の方は初めてで、緊張してしまいましたよ。」
ジャクリーン「これからは、外国人だって、ここへ来るわよ。覚悟ぐらいしなさいよ。」
優「は、はい。」
ジャクリーン「じゃあ、またね。」
と、優の肩をたたいて、口笛を吹きながら、部屋を出ていく。
また数日後。インターフォンが鳴る。
優「は、はい。」
返答はない。優は椅子から立ち上がって、玄関まで移動する。
優「どうぞ、開いてますよ。」
声「こんにちは。」
ずいぶんぶっきらぼうな口調だった。
優「今開けます。」
と、ドアを開けると、髪を茶色に染めた若い女性が立っていた。
優「どうしたのですか?」
女性「あのさ。」
優「はい。」
女性「私も、ここで習わせてくれないかな。」
優「いいですよ。まだまだ空きはあるし。」
女性「いつ空いてる?定期的に来たい。」
優「まあ、まだ固定していないので、好きな時に。」
女性「週に一度来ていい?」
優「いいですよ。レッスン代だけだしてくれれば。」
女性「いくら?」
優「2500円。」
女性「わかった。何とかする。その代りここにいさせて。」
優「レッスンは一時間ですが、」
女性「一時間でもいいよ。私が、私でなくなれば。」
優「ああ、そういうことですか。そういう気持ちはわからないわけでもないですよ。いいですよ、どうぞ、入ってください。」
女性「ありがとう。これで私も、ニートから脱出できるね。」
優「ああ、そうなると、本当にむなしくなるよね。僕も近い境遇になったことあるので、わかりますよ。そういう時って、ほんとにちょっとしたことが幸せになりますね。僕はレッスン代だけ払ってくれれば、どんな人でも構わないので、どうぞ来てください。というか、習うなと言える階級でもありません。だから、どうぞ。」
女性「本当!ありがとう。」
優「じゃあ、お名前だけ教えていただけます?」
女性「はい、生田祐子と申します。」
優「じゃあ、申込書に書いてくれます?」
女性「はい。わかりました。じゃあ、お邪魔します。」
と、中に入る。
優「座ってください。」
といい、申込書を差し出す。祐子は、それに丁寧な字で記入していく。
祐子「先生はいつも、ねじり鉢巻きをしているのですか?」
優「え、これ?これはただの飾り物です。」
祐子「いえ、それ、真っ黒じゃなくて、赤とかにしたらもっといいとおもったから。」
優「そうですか。でも、黒いものしかありませんので、」
祐子「じゃあ、私が、買ってきます。」
優「いいですよ、そんな配慮。」
祐子「いや、先生によろしくの意味を込めて。」
と、立ち上がり、すごいスピードで出て行ってしまった。優が、戸惑いながら待っていると、数分後に唯子は小さな袋と一緒に帰ってきた。
祐子「はい、先生のトレードマーク。」
といって、おしゃれなバンダナを差し出す。それは、龍村平蔵がデザインしたものに非常によく似た、東洋的な柄だった。
優「ありがとう。」
と、それを一礼して受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます