第三章
第三章
スマートフォンの販売店。大勢の若い客に混ざって優がいる。
店員「次の方、どうぞおかけください。」
優「は、はい、、、。」
いわれるがままに席に着く。
店員「望月優様ですね。新規契約でよろしいですか?」
優「はい、今まで携帯電話というものを持ったことがなかったのですが、持ったほうがよいと、言われましたので、、、。」
店員「ああ、フューチャーフォンをご希望ですか?」
優「いや、何とかという道具を使うと無料で電話が掛けられるとか、聞いたのですが、」
店員「スカイプとか、LINEのことですか。だったらフューチャーフォンではなく、スマートフォンのほうがよろしいでしょう。希望する機種とかありますか?」
優「ありません。とにかく、お金がかからないものを。」
店員「ご予算は?」
優「二万円程度なら、、、。」
店員「何を言っているのです?そんな値段であるわけないでしょうが。」
優「でも、そのくらいで入手できるって、聞きましたよ。スマートフォンは高いけど、店によっては、そのくらいで販売していることも。」
店員「それは白ロムの間違いでしょう。ここは公式なショップですから、そんな価格で提供している商品はありませんよ。失礼ですけど、おいくつですか?」
優「は、はい、35ですけど、、、。」
店員「その年で、そのセリフを口にするのは驚きです。お年を召した方が間違えるのならわかりますけど、全く、おかしな人もいるもんですね。営業妨害もいいところだわ!」
と、隣の席に座っていた女性が、声をかける。
女性「そうですね、確かに営業妨害なのかもしれないけど、きっと事情があるんですよ。そんな威圧的な態度をとってるから、こういう店に来るのは嫌なんです。私が教えますから、今回は許してあげてください。行きましょ。」
と、優の肩をたたく。
優「え、あ、あの、」
女性「謝る必要もないわよ。本当にほしい人には、優しくないのがこの業界なんだから。さっさと手を引いたほうがいいわ。ほら立って。」
優がおそるおそる立ち上がると女性は彼の手を引っ張って、店を出て、駐車場に移動する。
女性「ほら乗ってよ。」
優「な、なにに?」
女性「連れて行ってあげるから、車に乗って。こういう、新規の店は、金持ちのだらしない人のためのものよ。本当に必要な人は馬鹿にするのが常。私も機種変更しようと思ってきたけれど、あんまりにも時間がかかりすぎだし、お金はかかるしで、やっぱり格安SIMのほうがいいと思った。あなたもそうじゃないかしら。だったら、連れて行ってあげる。」
優「それは、どのようなものなんですか?」
女性「あなたが言っていた、格安で買えるスマートフォンのことよ。スカイプとか、ラインやるんだったら、やっぱりガラケーでは間に合わないと思うから、どうしてもそっちのほうがよくなるわよね。でも、スマートフォンって、ああいうところで買うと、少なくとも10万ちかくかかることは覚えておいて。」
優「じゅ、十万?それはとても、、、。」
女性「でしょ?だったら私が連れて行ってあげるから、今から行きましょうよ。ここを三十分ほといったところよ。」
優「わ、わかりました。」
女性「だったら早く乗って。でないと、また文句言われるわ。」
優は、女性の指示で、ピンク色の軽自動車に乗る。
走る軽自動車。
女性「あなた、携帯とかスマートフォンとか、本当に全く知らなかったの?」
優「はい、しりませんでした。だって、そんなものを持てるような経済力もありませんでしたから。」
女性「へえ、何を生業としてるのかしら。漫画家志望とか?」
優「そういうものには縁もゆかりもないんです。漫画なんて読んだこと一回もありませんよ。本は、図書館で借りたことしかない。」
女性「フリーターとか?」
優「いや、それさえもなれません。面接に行ったことあったけど、採用を取り消されるのが落ちです。」
女性「じゃあ、生活保護とか?」
優「市役所に入るのは至難の業です。だって、選挙すら行かせてもらえないんですから。歴史的な事情で、こういう人は選挙に行くなんて至難の業ですよ。」
女性「ああ、そういうことか。歴史的な事情ね。じゃあ、よっぽどつらい生活だったんでしょうね。」
優「わかるんですか?」
女性「具体的に何をしているのかはわからないけど、なんとなく理由は連想できるわよ。こう見えても私、教師なんだから。」
優「よ、よしてくださいよ!学校の先生が、僕みたいなろくでなしを車に乗せたことがわかってしまったら、他の先生どころか、生徒さんにまで馬鹿にされるじゃないですか!僕、帰りますから、おろしてください。」
女性「いいのよ!そういう人こそ、一番大事なものを知ってるってよくわかってるんだから。
あなた、お名前は?私は、変な名前だけど、高安りま。」
優「も、望月優と申します。」
りま「いい名前じゃない!どこもろくでなしなんかじゃないわよ。ほら、あそこよ。目的地は。」
と、小さな店の前で、車を止める。看板には「白ロム」と書かれていた。
りま「降りて先に入ってて。あたしは車を止めてくるから。」
優は言われるがままに車を降りて、店の前に立つ。りまは、もう一度エンジンをかけて、隣にあった有料駐車場に向かう。
と、店のドアが開いて、中年の女性が出てくる。
女性「あら、新しいお客さん?何かほしいものがあるの?」
優「あの、ここは、、、。」
女性「格安スマホの実藤。スマートフォンを中心に買取と販売をしているの。」
優「僕は、スマートフォンを初めて買うのですが、」
女性「ああ、安心して。格安SIMもあるからね。とりあえず中に入ってよ。わからないところは教えてあげるから大丈夫よ。」
と、店のドアを開けて、優を中に招き入れる。
女性「来ましたよあんた。新しいお客さん。」
中には、先ほどの店と同様にスマートフォンが展示してあるが、値段はその半分以下に設定されている。一人の男性が、スマートフォンを丁寧にふきんで拭いている。その表情は柔らかく、先ほどの店とは全く違う。
女性「ほらあんた、あいさつしなさいよ。新しいお客さん。」
男性「ああ、店長の実藤茂太です。こっちは妻の静子です。よろしくどうぞ。今日は何をご希望かな。」
優「あの、その、、、。」
店のドアがあいて、りまがやってくる。
茂太「おお、りまちゃん。この人は、」
りま「ああ、私が連れてきたのよ。望月優さん。大手キャリアに騙されそうになってたから、連れてきたの。」
茂太「なるほど。新しいものは初心者にはわかりにくいよ。スマートフォンは初めてかな?」
優「え、ええ。」
茂太「わかったよ。じゃあ、格安SIMの一覧を見てみよう。はじめに言っておくが、大手のキャリアと契約しても、金をとられるだけで、なんの得にもならない。電話だってLINEとか使えばいいんだし。きっと、格安SIMを求めているのだから、あまりお金はかけられないだろうからね。それなら、大手キャリアは相手にしないほうがいいんだよ。」
と、一枚の紙を出してくる。そこには様々な格安SIMの名称と料金設定が書かれている。
茂太「どうかな、使えそうなものがあるかい?」
優「ええと、このくらいなら払えると思います。月々ですよね。」
茂太「うんうん。じゃあそうしよう。契約書持ってくるよ。」
優「え、いいんですか?」
茂太「あたりまえじゃないか。そんないろんなプランを押し付けられても困るだろう?できるだけ、本人の意思を尊重するほうがいいからね。」
静子「大手キャリアは、お客さんのためじゃなくて、自分がいいようにプランをたてるからいやなのよね。」
茂太「全くだ。」
優「ありがとうございます。」
茂太が契約書を持ってきたので、優はそれにサインをした。
りま「ほら、もう契約成立よ。全然違うでしょ。だから大丈夫なの。」
茂太「端末はどうするかな?このプランだと、端末も一緒に購入できるから。」
優「この中に入ってるのでいいんですか?」
茂太「いいよ。今のスマートフォンは、SIMフリーと言ってね、どのSIMを入れても使えるというようになっているからね。解除手続きもこっちで手伝えるし。」
優「そ、そうですか、じゃあこれを。」
茂太「はい、毎度あり。」
と、売り台から一台のスマートフォンを出す。
茂太「全部で、20800円。」
優「現金でいいですか、僕はクレジットカードを持っていないので。」
茂太「いいよ。」
優「じゃあ、これ。」
と、現金を手渡す。
茂太「毎度あり。これ保証書ね。もし、壊れたとか、何かあったらいつでも来てね。」
優「ご親切にありがとうございます。本当に助かりました。」
静子が、説明書などと一緒に箱詰めしたスマートフォンを彼に渡す。
優「ありがとうございます。」
と、一礼する。
茂太「丁寧なお客さんだね。りまちゃん、新しいお客さんを連れてきてくれてどうもありがとうね。」
りま「いいえ、私は連れてきただけよ。」
優「皆さんのおかげです。本当にありがとう。」
茂太「もし、操作がわからないとかあったら、来て頂戴ね。電話くれればいつでも待ってるから。じゃあ、よろしく。」
優「恐縮です。ありがとうございます。じゃあ、遅くなってしまうので、これで帰りますよ。」静子「こちらこそ。また来てくれるのを、お待ちしています。スマートフォン、大切になさってね。」
優「はい!」
と再び一礼して、店を出る。
りま「じゃあ、これで失礼します。」
と、彼に続いて店を出る。
りま「お宅はどこ?送ってくわ。」
優「いや、先ほどの店の前で結構です。」
りま「あの店まで戻るんじゃかえってこっちは遠くなるわよ。どこに住んでるの?」
優「し、新浜の、」
りま「新浜ならちょうどいいわ。うちのいえは森島だもの。近いわよ。」
優「でも、」
りま「でもじゃないわよ。いいじゃないの。あんまりことわりつづけると、かえっていい印象を持たれなくなるわよ。」
優「だって、よい印象なんて、一回も持たれませんよ。こういう人は。」
りま「変な人ね。ん?雨?」
気が付くと、道路が濡れている。
りま「雨が降ってきたから、余計に乗ったほうがいいわよ。せっかく買ったのが壊れちゃうわ。ほらはやく。」
優「わ、わかりました。じゃあ、駅まで。」
りま「駅は、新浜は遠いじゃないの。」
優「じゃあ、僕がすんでいるところへ行っても、笑わないでくださいね。」
りま「家のことで笑う人がいるもんですか。とにかく乗って頂戴。」
優「は、はい。」
二人、車に乗る。りまがエンジンをかけて、車は走り出す。優の指示通り走っていくと、市街地をぬけ、郊外の住宅街を抜け、さらに粗末なつくりの家が密集しているところに出る。
優「ここで結構ですよ。」
と、バラックが立ちならぶ区域に到着する。いくつかバラックが立っているが、人が住んでいるような形跡はみあたらない。
りま「ここに住んでるの?」
優「はい。一番奥ですよ。」
りま「わかったわ。お宅の一番前まで行くから。どれがお宅なの?」
優「これです。」
と、一番小さなバラックを指さす。りまが近くまで走ると、「望月」という表札がある。
りま「こんなところに住んでいたんだ。」
優「は、は、はい。だから来てもらうには申し訳なかったのです。」
りま「申し訳ないなんて思う必要はないわよ。」
優「え?」
りま「だから、申し訳ないなんて言わないでよ。悪いことをしたわけじゃないんだし、何かわけがあるんでしょ。何にも気にしなくて大丈夫よ。」
優「そ、そんなことありません。みんな、こんなろくでなしには用はないと言って、馬鹿にするのが常です。事実、僕はろくでなしのダメな男だ。何をやっても、ろくでなしであることに変わりはありません。じゃあ、もう、出ますから。本当に、送っていただいて、ありがとうございました。嫌な思いさせて、本当にごめんなさい。」
りま「下ばっかりみないで、こちらを見たらどうなの!私何もそんなセリフ言ってないんだけどな。確かに、いままではそうだったのかもしれないけれど、私はそんな気持ちはさらさらないわよ。それに気が付いてくれないのは、私はとても悲しいわ。」
優「は、はい、、、。」
りま「なんか、良さそうな人だなと思って声かけたけど、逆に損をしたわ。」
優「ごめんなさい。うちには茶湯しかないけれど、寄っていってください。」
りま「いいわよ。時間はなんぼでもあるし。」
優「じゃあ、カギを開けます。」
と、車から降りてバラックのカギを開ける。たてつけの悪いドアは、嫌そうな音を立てて開く。りまは車のエンジンを止め、玄関のほうまで行く。
優「はいどうぞ。」
と、裸電球をつける。
りま「お邪魔します。」
と、靴を脱いでバラックの中に入る。部屋は一つしかなく、テレビもステレオもなく、真ん中にリンゴ箱が一つ置かれているのみ。周りには、商売道具である牛の革が、所狭しと置かれている。
優「こんなものしか用意できなくて、申し訳ないですが、飲んでください。」
りま「どうもありがとう。」
と、差し出された湯呑を受け取る。中身は水である。部屋全体を見渡すと、隅に桐製の、長い箱のようなものが置いてあるのが見える。
りま「あら、あなたは三味線を弾かれるの?これは三味線のケースでしょ。」
優「よくわかりましたね。まさしくそうです。父親が亡くなったときにもらったものです。まあ、売りに出せばいいのではないかとも思いましたが、父の思い出があって、どうしても捨てられなくて、、、。矛盾しているみたいですが、どうしてもだめでしたね。」
りま「私、こう見えても教師だから、あなたがなぜこのような暮らしをしているのか大体わかるけれど、もう一度教えてくれない?本当にそうなのか、聞いてみたいのよ。」
優「は、はい、僕の祖父は子供のころ、新平民と呼ばれていじめられていました。曾祖父は、えったぼしと呼ばれていました。」
りま「わかったわ。でも、私からみれば、そういう人は確かにかわいそうかもしれないけど、日常生活の素晴らしさを知ってるから、逆にすごいと思うけどね。だからあんまり卑下しないほうがいいわ。それに、こんなバラックみたいなところに住むべきじゃないわよ。今は、安いアパートもあるんだから、そっちのほうがよほどいいわよ。」
優「ええ、アパートは、以前すんでいたのですが、家賃が高すぎるのと、僕がえったぼしとよばれていたせいで、隣の部屋の人とトラブルを起こしてしまって、結局大家さんに出ていけと言われてしまったんですよ。」
りま「それはね、明らかに大家がわるいの。じゃあ、近いうちにさ、不動産屋さんに行ってみましょうよ。親切な大家さんが見つかるかもしれないでしょ。」
優「でも、家賃が、」
りま「今、一体何を仕事にしているの?」
優「ああ、雇われのカバン作りです。死牛馬処理権のなごり、というかそれしかできない。」
りま「死牛馬処理権ね。でも、革細工は、日本では確かにそうかもしれないけど、海外では、かなりブームになっているらしいわよ。レザークラフトとか言って、日本でもかなり広まってるみたい。その気になったら、お宅でレザークラフト教室を開いてもいいじゃない。」
優「誰もきませんよ。こんなろくでなしのところなんか。」
りま「だから、何にもろくでなしでなんかではないわよ。逆に過去の称号にしがみつくのもよくないと私は思うわ。」
優「それだったら、もういいんですよ。スマートフォンを買ったのも、僕が雇われているところからの命令なんですから。これ以上、ろくでなしと呼ばれたくありませんもの。」
りま「誰にろくでなしと?」
優「具体的に誰がというわけではありません。でも、必要ないんだなって感じるんですよ。やっぱり、ろくでなしはろくでなしです。ろくでなしが褒められるのは、何もしない時だけですよ。静かにしてくれてありがとうって。」
りま「じゃあ、それが起きた時の顛末を言ってみてよ。」
優「つまりこうです。僕は、児童更生施設のようなところにいって教えているのですが、そこで生活している寮生さんの親御さんたちが、えったぼしとうちの子を一緒にしないでというんですよ。問題のある子を、預かって立ち直らせるところですが、」
りま「ひどい話ね。それだから問題のある子が減らないわけだわ。私の学校も教育困難校の一つだからよくわかるわよ。」
優「ある意味では、人身売買をしているような施設ですが、僕がいるとなると、かえって邪魔になってしまうような気がするんですよね。もう、主宰している方にも申し訳ないから、脱退しようかと思っているんですよ。そういう福祉施設にえったぼしがいたら、更生どころか、逆に迷惑をかけてしまうんだと思います。僕らはどこに行ったって、陽の光を浴びることはないでしょう。もう、これも引き払って、この世ともおさらばしようと思ってるくらいですよ。」
りま「まったく、あなたって人は、本当に自分に自信がない人なのね。少しは自分でほめてやることをしなさいよ!」
優「ほめたって何になるんです?どうせ、えったぼしにそうすることはできないと、馬鹿にされるかひっぱたかれるかしかしませんよ。」
りま「どうせというものが一番いけないの!必要のない人なんていないんだから。それを考えて!」
優「思うだけ無駄だと思いますけどね。」
りま「まあ確かに、壮絶な過去を生きたんだと思うけど、自分をそこまで卑下しすぎていては、あなたが自ら差別を呼んでいるようなものだわ。いくら先祖がそうだっていっても、今は違うんだって思わなきゃ!」
優「これからもえったぼしは、えったぼしのままですよ。誰かが法律でも変えてくれれば別だけど、日本にいる以上、えったぼしから抜け出すことは難しいんじゃないですか。えったぼしにはえったぼしが一番ふさわしいんです。」
りま「本当にそうね。えったたぼしはそうなるのかもしれない。うちの高校も同じようなものよ。もう、自分たちは身分が低いってはっきり示されているから、授業なんかろくすっぽ受けやしないわ。」
優「僕は、高校さえもいけませんでしたよ。高校に行けるだけいいじゃないですか。」
りま「そうね、えったぼしから見たらそう見えるかもしれないわね。でも、私のように、すでに身分が低いとわかっている子たちを何とか社会人としてやっていけるように、悪戦苦闘している人もいるってのを、わすれないでね!」
りまは、悲しみに満ちた目で優を見つめ、
りま「では、ごめんあそばせ。」
と、静かに車のエンジンをかけてバラック街をあとにした。
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