6-3 満月の晩にやって来た男

 テナは何かおかしいと感じ始めている。


 プーヴァが二回も連続で花を土産に持って来たからである。



 花なんて、薬の材料じゃない。

 それとも、プーヴァにはこれを愛でる趣味があったとでもいうのかしら。



 テナはプーヴァの手作りプディングを少しずつ削り取ってちびちびと食べながら、グラスに活けられた花をぎろりと睨んだ。


「テナ、明後日は満月だよ。『ブラッド』は来るかなぁ」


 自分が贈った花にそんな憎悪の視線を向けられていることにも気づかず、のん気な声でプーヴァが問いかける。


「ブラッド? 誰それ」


 台詞はいつものテナだが、トーンがいつもとは違う。そう思いながらもそこには触れず「あのドラキュラだよ」と返す。


「ああ。来るんじゃない? 自分でそう言ったんだから。あたし知らない」



 やっぱりいつものテナじゃない。

 今日はプディングの気分じゃなかったのかな。



「ねぇ、テナ。もしかして何か機嫌悪い?」


 やむを得ず、彼は素直に聞くことにした。いつもテナの機嫌は甘い物を食べさせておけば勝手に回復していたのだ。


「別に。ただ、プーヴァが花なんて持ってくるから変だなって思ってるだけ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、欠片のようになっていた残りのプディングをスプーンですくい、口に運んだ。


「買ったの? 摘んだの? もらったの?」


 まさかこの花が原因だったとは、と驚きながらもプーヴァは「もらったんだ」と答えた。


「もらった? 誰に?」


 質問に答えた途端、次の質問が降って来た。プーヴァはその速さに驚きながらも、「街に来てた花屋さんだよ」と言った。


「花屋? 薬も作らないのに花なんて必要ないでしょ?」


 正直に答えたら今度は何だか詰問されているような口調である。


 

 今日のテナは一体どうしてしまったのだろう。 



「僕が花屋に行ったわけじゃないよ。向こうから話しかけてきたんだ。花屋って言っても、ワゴンを押して移動して売ってるみたいでさ。前は確かお近づきの印にで、今日は何か僕と話しがしたいって言うから、少し話をして。そしたらくれたんだよ」


 どうして責めるように質問をしてくるのかはわからないが、彼に出来ることはただひたすら正直に答えるのみである。プーヴァはかろうじて頭の片隅に残っていた彼女の記憶を手繰り寄せて話す。


「ふぅん……。別に良いけど……」


 テナはそう言ったが、ちっとも『別に良い』ようには聞こえない。

 彼女の方でも、一体なぜこんなにもイライラするのかわかっていないのだ。とりあえず、その女の意図はちっともわからないが、花の入手先はわかった。それで良い、ということにしよう。


「まだ納得出来ない?」

「ううん。納得したよ。でも、ここにあったって枯れるだけだし、あたしは花を愛でる趣味なんかないんだよね。せっかくもらったのに悪いけどさ」

「良いんだ。僕もわかってた」


 まだ少々棘のあるような声だったが、それでも少しだけ笑ってくれたことに安堵して、プーヴァもやっとプディングに手を付けた。




「――そりゃ、白熊くんに気があるからに決まってるだろ」


 約束通り、満月の晩にブラッドはやって来た。

 先日訪ねてきたときよりも何だか顔色が良く、表情もイキイキとして見える。おそらく、欲望に忠実に生きているからだろう。


 彼は魔女の食卓にはやや不釣り合いな花を目ざとく指摘し、その場違いな客人がここへやって来た経緯をテナから聞くと、そう言った。


「気がある? それってどういうこと?」


 眉を顰め、身を乗り出したテナをなだめながら、ブラッドはニヤリと笑った。


「俺はその人間の姿になった白熊くんがどんな感じか見てないからわかんないけど、たぶん、すごく良い男なんじゃないか?」


 彼はプーヴァの作ったブラッドソーセージを頬張りながら、次々と料理を運んでくる白熊に視線を移す。どうやら、わずかに味は感じられるようで、やはり人間の血の味には劣るものの、味のある固形物は久し振りだと嬉々として口に運んでいる。


「彼女には『素敵な方』って言われたよ、そういえば」


 料理を運び終えたプーヴァがそう言ってから席に着くと、ブラッドは得意気に「だろ?」と言った。


「何よ、『素敵』って」

「そうか、魔女ちゃんはそういうのに疎いんだなぁ。まぁ、どうやら白熊くんもそうみたいだけど」


 難しい顔をして首を傾げているテナを鼻で笑ってから、豚の血をほんの少し混ぜた赤ワインを美味そうに飲んだ。


「つまり、その花売りの女性は、白熊くんを見て、素敵な……あー……えっと、恰好良い男だと思ったわけだ。それで、あの手この手で気を引こうと頑張ったってところだろ。大抵の男はさ、腕を絡められて胸でも押し付けられたらその気になっちまうもんなんだよ。花を愛でる男は少数派かもしれねぇけど、花を持ってる女ってそれだけで可憐に見えるからな。それを狙ったんじゃないか?」

「そういうものなのね、人間の男って……」

「でも、僕、そういうのはさっぱりわからないなぁ」

「ていうかさ、ねぇ、やっぱり白熊くんの恋愛対象って、白熊なの? わざわざ人間の姿にならなくても充分人間っぽいけどさ、たとえば、魔女ちゃんに欲情したりしないわけ?」


 かすかに味が感じられるものをさんざん飲み食いしてブラッドは満足したらしい。どっかりと背もたれに身を預け、腹を擦っている。


「よくじょう? プーヴァ、よくじょうって何?」

「それが僕にもいまいち……」


 見つめ合って首を傾げるテナとプーヴァにブラッドは呆れた視線を向けた。


「魔女ちゃん、十七歳じゃなかったっけ……? それと、白熊くん、君は野性をどこに置いてきちまったんだ?」


 この様子なら、どうせ事細かに説明したって伝わらないだろうと判断したブラッドはとりあえず話を進めることに決めた。

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