第7話 偃鼠河に飲めども腹を満たすに過ぎず

 しんくは鹿野の登場に顔を引きつらせた。どう言い訳しても良い方向に転がらないことは、彼の絶対零度の視線を浴びればわかる。なんてったって、鹿野は自分の持ち物には徹底的にこだわる主義だ。ティッシュ1つでさえ妥協を許さない。道端で配っている安価なポケットティッシュは受け取って手触りを確かめた後に気に入らなければすぐに処分。彼が着ているスーツだって、その胸ポケットにあるボールペンだって、いろんなものを試した結果出来上がった鹿野特注の世界に一つしかない品だということをしんくは知っている。他の部下はみんな支給されたボールペンを使っているのに……。断固として自分が認めた物以外を使おうとしない彼は、ある種の潔癖症だ。

 そんな彼の車でヨダレを垂らしたなんて、地獄以外の末路が思い浮かばない。


 ————くっそ、柊、なに寝てんすか!自分だけ先に落ちるなんてズルイ!早く起きて!あんたがそもそもの原因でしょうが!


 心の中の叫びが失神した柊に伝わるはずもなく。

 おまけに鹿野は今、火のついていないタバコを噛み潰している。なんでこのタイミングで禁煙してるんだと嘆きたくなった。これはかなり慎重に言葉を選ばなければ、自分もノックアウトされそうだ。


 「あ、あのー……」

 「……」


 ここは素直に謝るしかないと思うが、なぜ自分が謝らないとならないのか心底疑問だ。


 「ろくやん、すんませ、」

 

 ガッ、と鹿野が柊の襟首を掴んだ。しんくの腕からいともたやすく車の外に引きずり出される柊。しんくは全く抵抗できなかった。というより、しなかった。


 ————ごめん柊、だって怖いもん…。


 だがしかし、柊を投げ捨てた鹿野と目が合い、他人事で見ていたしんくの体は一瞬にして冷え切った。逃げ場がないことを悟ったしんくの胸ぐらを鹿野は首を締めるようにして掴み上げ、車内から引っ張り出す。


 「医者が何叫んでる。北斗の名前を出すなら相応の時にしろ。それともなにか?ドブネズミは自分のことしか治せねぇのか」

 「お、れは……」


 足が地から離れる。ギリギリと締め上げられ、声を出すのもままならない。静かな恐喝だった。鹿野はしんくに有無を言う隙を与えようとしない。


 「この数年何をしてた。学生ごっごか?お医者さんごっこか?ゲロの処理をしたことはあったか?できないなら消えろ。怖いなら逃げろ。テメェらみたいなクズの一匹や二匹、どこでのたれ死のうが誰も追いかけたりしない」


 鹿野はしんくを下ろすと、咳き込むしんくを引きずりながら鉄格子のある方へ向かった。水の音が聞こえ、しんくは青ざめる。


 「ドブネズミはドブに帰れ」

 「ストップ!待って!俺できる子だからゲロくらい処理できるし柊のはヨダレっす!しかもそこ深いから!激流だから待って!」

 「そうか。できる子なら泳げるな。おめでとう」

 「違くて!そうじゃなくて!車綺麗にするお金払うんでそんな臭い川に捨てないで!俺臭いの無理だから!」

 「俺もネズミの臭い足で蹴った車は無理だ」

 「失礼な!ちゃんと洗ってるっす!」

 「ほら行けネズミ」

 「待ってろくやーーん!」


 鹿野にぶん投げられたしんくは想像とは違い、その体が鉄格子を超えることはなかった。その代わりにトゲのある鉄格子に背中からぶつかり、コンクリートの上に落ちる。


 「ああぁ……クッソ…ツイてなさすぎ…」


 背中をさすると、二の腕の辺りが痛んだ。服が破れ、血が手につく。ジャケットを脱ぐと、背中の部分がところどころ裂けていた。


 「痛いだろ。その痛みを嫌というほど味わうのが俺たちの仕事だ。耐えられないなら消えろ。足を引っ張るようなネズミを飼っておく場所はない」

 「あ、相変わらず厳しい……。みんながいるのに俺だけ逃げるなんてできないっすよ」

 「失せろ」


 鹿野は地べたに座るしんくを蹴り倒した。「わ」と声を出しながらひっくり返ったしんくに馬乗りになって、その首に片手をかける。爪を立てられて、しんくは顔を歪ませた。鹿野は”仕事”をしている時と同じように、一切の容赦なくしんくの首を押しつぶす。


 「見捨てることはできない?みんなを守ります?みくびられたもんだな。ネズミが他人の限界を決めつけてんじゃねぇよ」

 「そ、こまで言ってなっ…!俺だって、ファミ、リア、倒したい、し!だから!新しい制服!くだ、さいっ!」


 渾身の力を振り絞って鹿野の背に膝をぶつけようとしたが、腕で受け止められる。首を締める力が弱まった隙に、しんくは鹿野を振り払うようにして横に転がり、なんとか空気を得る。悪魔の手から逃れたのは良いが、力が入らなかった。


 「うおっ!?柊!どうした!!」 


 北斗とゆきが遠くから駆けてきた。車から投げ出されて気絶している柊を見つけ、それから、少し離れたところにいるしんくと鹿野に気づく。


 「しんくもか!?なんだ?…はっ、翔一、翔一だな!?また何かしたのか!」

 「ああ、来たのか北斗。そいつが発狂していたから、私が止めただけだよ」

 「柊が?」


 鹿野がにっこりと笑みを浮かべた。悪魔のような表情は何処へやら、先ほどとは打って変わり、一切の毒気を抜いた表情をしている。一人称まで"私"に変わり、マイルドになった鹿野は北斗のそばへと歩いて行った。

 やっと解放されたと、しんくは仰向けになって息をつく。鹿野は北斗をいたく気に入っている。これでしばらくは北斗に気を逸らしてくれるだろう。


 「捕らえた研究員と子ども2人が渇き、目眩、幻覚を訴えていたのを見ただろ?それと同じ症状だ」

 「マジか。じゃあ、やっぱ毒じゃないのか。死にはしないんだな?」

 「大丈夫だよ。北斗が心配するほどじゃない」


 ————え、なにそれ。まさか麻薬?そういえば前にヤクやってる奴を捕まえたっけ…。


 しんくは声に出さずに鹿野の言葉を聞く。口出しすればまた蹴られそうだ。それを受け止める余力はもうない。


 「分析結果はまた後日伝えるよ。おそらく何種類か混ぜているんだろう。北斗、ファミリアが分裂したと言っていたね。今後の予定も考え直すから、引越しの準備はすませておきなさい」

 「ああ。でも…」


 北斗は柊の横に膝をついているゆきと目を合わせた。ゆきは何も言わなかったが、北斗は鹿野に「あそこの院長がヤクを撒いたわけじゃない」と言った。


 「俺たちは見てないが、あと1人、誰か入り込んでたみたいだ。そいつが毒をすり替えたのかもしれない」

 「院長に恨みがあった研究員ではなく?」

 「"クモ"だ。翔一も聞いただろ?あいつら、『俺たちを捕まえるならクモも捕まえろ』って言ってたじゃねーか」

 「……。わかった。そいつのこともこちらで調べておこう。あとは警察に引き渡しておくから、今日はもうゆっくりお休み。疲れただろ?私が送ろう」

 「おお、ラッキー!ありがとな、翔一!」

 「私も大好きだよ、北斗」


 何か見当違いな返答が聞こえたような気がしたなと、しんくは夜空を見上げながら思った。「よっこいせ」と声が聞こえる。北斗が柊をおぶろうとしていた。しんくはむくりと起き上がったが立とうとはせず、鹿野の感情の機微を見分けようと努めた。

 鹿野は北斗の腕を掴んで、言った。


 「こいつらは徒歩で帰るから、乗せなくていいよ」

 

 ————ですよねー…。


 北斗は一瞬戸惑ったように柊を見て、また鹿野を見た。


 「柊、寝てるぜ?」

 「眠いんだ。寝かせとけ。ほら、帰るよ」


 北斗の背中から柊を下ろす。と、足音が聞こえ、鹿野は顔を上げた。


 「鹿野さーん!こっち待ってまーす!早くねー!」

 

 遠くでブンブンと手を振っている人影が見える。

 鹿野はまた、あの凍えるような冷たい目を見せたが、北斗が人影を見ながら「やっぱ翔一くらいになるとあっちこっち引っ張りだこだな」と言うと、すぐに人の良い困ったような笑みを浮かべた。


 「悪いね、北斗。他の奴に車回させるから、ちゃんと寝るんだよ」

 「おう。翔一もタバコ吸い過ぎんなよ」


 にかっと笑う北斗の頭を撫でて、鹿野は足早に呼ばれた方へと去って行った。


 「んじゃ、帰るか。しんく立てるか?」

 「はいっす〜。柊が起きないうちに帰りたいっすね」

 「だなぁ。柊が幻覚なんか見た日にゃ、骨折覚悟で挑むしかねぇな。ゆき、他に用はないか?」

 「うん。燈夜を1人にしているのも心配だしねぇ。もう帰ろうか」


 4人は新たに現れた車に乗り込み、燈夜の待つ家にまっすぐに向かった。



****



 建物の陰から北斗の乗った車が発進するのを見届けた鹿野は、隣でリズムをとるように体を揺らしている男に目をやった。


 「名波ななみ。私を呼ぶからには何か見つけたんだろうね」

 「はっはー!もちのろん!だよっ☆」


 ウィンクしながら顔の前でピースする名波。名波みつるは鹿野の配下に属しているが、鹿野にフレンドリーに接することができる希少な存在の1人だ。鹿野とその配下の仲を取り持つのがうまく、鹿野が出動する時は大体名波もいた。


 「ヒスイさんの子と引き離すのはオレだって心苦しかったけど、その分すごい獲物を、うあ、ちょっと待って。お腹痛くなってきた……」


 腹が弱いというのだけは迷惑極まりないが。


 「ねぇ寒くない?お腹冷えちゃう。ろくやんのお腹はバッキバキで丈夫そうだけど」

 「その呼び方やめないか。白いのが真似をする」

 「ちゃーんとあの子たちの前では鹿野さんて呼んでるよ~。うっ、いたい…」

「体調管理は基本だろう」

「あのね、今日は急な出動だったじゃん?うっかり腹巻き忘れるよね」


 名波は高速で腹をさすり「摩擦の力であったかくなーれ!」と叫びながら近くの倉庫に鹿野を招いた。出入り口に照明が立ててある。眩しい光が倉庫の中を明るく照らしていた。


 「オレってば、寒くてもろくやんのためにひと肌脱いじゃったから!見て!じゃじゃーん!」

 「これは……」


 白衣を着た研究員が何人も倒れていた。ざっと数えて30人ほどだろうか。鹿野は眉間のシワを深くした。腕や足を投げ出し、時に重なり合って倒れている人間がこれだけいると、何か人間じゃないものに見えて少し気持ち悪い。

 声を失くした鹿野に名波は「すごいでしょー!」と得意げに笑う。が、奥から「名波の功績じゃないでしょうが!」と叱責が飛んできた。


 「まったく!勝手に自分の実績にしようとして。僕たちが来た時にはこうなってたんですよ鹿野さん!あと、報告会お疲れさまね!」


 倉庫の隅で立ち上がったのは、マフラーを巻いて毛皮のコートを羽織った佐藤さとう俊雄としおだった。マスクまでして防寒は完璧だが、下にも何着か着ているらしく着膨れして雪だるまのようだ。

 歩き出した佐藤はたびたび重心を崩しそうになり、1メートル歩いて立ち止まった。こちらまで来るのを諦めたらしい。


 「……ここも治療院からの抜け穴か。ドブネズミから報告はなかったが」

 「あ、鹿野さん僕を無視しましたね。名波のせいで突っ込む気もなくなったのかな?」


 佐藤の声音から鹿野は自分がからかわれていることがわかる。鹿野の配下には鹿野よりも年上の者が数人いるが、佐藤も名波もその1人だ。だが、この2人が自分よりも人生を長く経験しているとは信じたくない面もある。つまり、鹿野から見ると非常に子供っぽいのだ。


 「とっしー、コートちょーだいっ☆」

 「マフラーじゃなくコートをとってくところが最悪!そのピースも年齢的にアウト!」

 「いやまだいけるっしょ〜」

 「その思考がおじじだからね!」

 「まだまだアラサーだし。ん?そう言えばクモが出たとか言ってなかった?」


 名波は佐藤のコートを肩に掛け、床にある地下道に通じる穴を覗き込む。


 「クモがここから出て、こいつらをやっつけたんかな」

 「アホ名波。クモは今日来てないから。ていうか、なに。あの子もうバレたの?この間連れ出したの誰?」


 佐藤が、倒れている研究員を看て回る鹿野を眺めながら言うと、鹿野は「一ノ宮だ」と言った。


 「ほほう。制御できなかったんですかね。あの一ノ宮でも」

 「……こいつらはクモを相当怖がっていたね。私は会ったことがないからクモがどんなやつなのか知らないけど」

 「オレもない!」

 「僕もない」

 「ん?とっしー。クモってサツの方にはバレてんだっけ?あ、一ノ宮が世話してるってことはバレてんのかなぁ」

 「表にはバレてないよ。だってほら、僕らと一緒で裏専用だし。でもクモの存在が知れたってことは、表の耳に入るのもそう遠くはないかも」

 「それはクモだけじゃなく私たちも危ないと?」


 警察に属するボスの関係者には2種類の人間がいる。一般的に言われる警察と、表には出てこない裏で働く警察だ。裏の警察は言わば、自警団と等しい存在。ボスが作り上げた組織だ。その存在は表の警察にも隠されている。つまり、表の警察が裏の者たちの行いをこの社会のルールから外れた行為とみなせば、裏の者たちは簡単に牢獄行きになるのだ。

 そして鹿野は、その可能性は大いにあると踏んでいた。


 「ろくやん深読みしすぎ!ボスがうまくやってくれるから大丈夫っしょ〜!てか危ないって考えがおかしいんだって!オレら世界の平和を守ってんのに捕まるわけないじゃん!」

 「フラグ立てるな名波!」

 「ハハ〜!フラグをへし折るのがオレの流儀!」

 「フ・ラ・グ!」


 脈を測り終えた鹿野はふと、倉庫の壁際に目をやった。2つの小さな瓶がポツンと棚の上に置かれている。


 「はぁ、お腹すいたー。誰か食いもん持ってない?」

 「名波さっき腹痛いって叫んでなかった?」

 「治ったら急にお腹空いちゃったの〜」


 力なく床に寝転ぶ名波。佐藤が名波の腹をつついていると、鹿野の淡々とした声が飛んできた。


 「サトウトシオどっちがいい」

 「えっ?何?フルネームで呼ばれたんだけど?僕なにかしましたかね」


 佐藤がのこのこと鹿野の方に歩を進めると、鹿野は顔をあげて「呼んでない」と眉をひそめた。名波がひょこひょこと近づき、鹿野が持っているものを見て叫ぶ。


 「なるほど!こんなところに砂糖とお塩がある!」

 「あ、そう。砂糖と塩ね……。塩と砂糖って言って欲しいですな。呼ばれたと思ってびっくりしちゃう」

 「とっしーめんどくさ〜」

 「おい、毒味、」

 「名波ですぅ!」

 「…………試食しろ。めんどくせぇ」


 名波は砂糖と書かれた瓶を開けて手のひらに出した。ペロリと舐めて、「しょっっっぱ!なんつートラップ!!」と叫んで目元を拭った。



****



 「よぉ、もう明け方だ。眠くないか?学校あるってのに若いなぁ」


 扉を開けた北斗は見知らぬ男がソファーに座っているのを見て、危うく背負っている柊を投げそうになった。一度深呼吸して、男に問う。


 「誰だお前」


 男は机にある饅頭を食べながら言った。


 「近所のおじさん?」

 「おじさ、あぁぁああ!?それ俺らの饅頭だぞおっさん!!」


 北斗は饅頭の箱を取り上げたかったが、柊のせいで両手が塞がっている。こんにゃろ、と思っていると、燈夜が湯呑みを持って現れた。


 「隊長、おかえりなさい。さっき来たお客さんで、」

 「とうやぁあああ!大丈夫だったか!?何か変なことはされてないよな!?」

 「大丈夫です。それより柊は……」


 眠っている柊を見て首を傾げる燈夜。普段なら寝付けないくらい興奮して帰ってくるため、仕事のあとに眠っている柊は非常に珍しかった。


 「ああ、今日は頑張ったからな。それより、こいつ誰だ?知らないおっさんを家にあげちゃダメだぞ」

 「あ、それが、廃工場のおかしらさんみたいで」

 「かしらぁ?」


 そう言われてみると、ゆきが言っていた外見とそっくりだ。


 「柊置いてくるわ。……そうか、客か。饅頭食ってても言い返せねぇ」

 「ごちそーさん。あとはいらねぇからわけて食えよ。ふぁ、ねむ。さすがに一徹はきついなぁ」


 ソファーにごろりと寝ころがるかしら


 「おいおい、人の家で寝るなよ?」


 北斗は部屋を出て、柊を布団に寝かせた。寝息を立てる柊に厚い毛布をかぶせていると、ゆきが後ろから入って来た。


 「ねぇ、なんかいるんだけど?」


 ゆきはにっこり笑いながら、親指でリビングを指した。


 「あ、ああ、そうだな。あいつのこと嫌いか?」

 「怪しさ満載だからねぇ」

 「だよなぁ」

 「たいちょー?なんでおかしらいるんすか?呼んでるっすよ、隊長のこと」


 しんくもやって来て、北斗は目を瞬かせた。


 「俺?」


 かしらはソファーに座り直したが、眠気を退治できないらしく、額に手を当てて俯きながら話を始めた。


 「特にこれといって用はないんだが」

 「ないのかよ」

 「饅頭の行方が気になってだなぁ」

 「饅頭?これ、おっさんが持って来たのか?」

 「あとは、お前らが怪しすぎるから、偵察だ」

 「おっさんも大概だけどな」

 「いろいろ質問しようと思っていたんだが、眠い」

 「おい」

 「だから1つだけ聞いて帰ることにした」

 「じゃあ、俺からも1ついいか?」

 「「今夜なにしてた?」」


 しばしの沈黙のあとに、北斗が「すげぇハモった」と笑った。


 「俺らはなぁ、おっさん、この街の平和を守ってきた」


 臆することなく北斗は言う。かしらはあくびをして、寝ぼけ眼で北斗を見た。


 「平和ねぇ。戦隊モノ?レッドは誰だ」

 「俺」

 「年上だから?」

 「いや?俺がなりたかったからだ」

 「そう。俺は寝てた。寝てたらなぁ、お前らが変な動きをしてるって言われて、起きた。だからな、眠いんだわ」

 「寝てたのか」

 「ふわぁ〜あ、お前らは俺が眠る深夜に平和を守ってくれたわけか。まぁ、お疲れ。じゃあ、帰るわ」

 「え、もう帰んの?話はそれだけ?」

 「この街を守るのが俺の役目だったからな。お前らが変なことしてないってわかったし、俺は寝たいんだよ」


 かしらは、ふらふらと立ち上がり、玄関を出て行った。


 「マジで帰ったな」

 「帰ったっすね。饅頭持ってきたのがおかしらってことは、柊が飛び出したのもあの人のせいってことっすか?」

 「ああ、たぶんな。だが、あいつ寝てたって」

 「なんだろうねぇ。本当か、それとも嘘なのか。考えても仕方ないね」

 「眠いのは本当かもしれませんね」


 かしらが見えなくなり、玄関を閉めようとした時、鹿野の車が見えた。道路脇に車を止めた鹿野は、2人の部下を連れて来た。しんくは廊下の角に隠れ、ゆきも燈夜を連れて近くの一室にこもる。

 玄関を開けていた北斗に、鹿野は笑みを浮かべた。


 「ん?私の出迎えかな?」

 「どうしたんだ?俺らまだ寝てないんだけど」

 「ごめんね。さっきボスと連絡が取れて、今後の予定が決まったから伝えようと思ったんだ。これから、このチームを2つに分ける」

 「…………は?」


 北斗は目を丸くしたが、鹿野のいたって真面目な表情を見て、眉間のシワを深くした。


 「翔一、それはナシだ。俺たちは5人で動く」

 「心配することはないよ。5人じゃなくても北斗はやっていける」


 鹿野はタバコをくわえた。


 「5人は少し目立ちすぎるんだ」

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