第4話 旨い物は宵に食え

 燈夜が寝たのを確認した北斗は、柊と客室に入った。ゆきとしんくとは無事に連絡が取れたため、片付けを始めようと思ったのだ。


 「柊、どっかに何か落ちてるはずだから踏まないようにな」

 「何かってなんだ。踏む」

 「怪我するぞ〜。もう壊したはずだから……お?あったあった」


 ソファを持ち上げると、砕けた黒いプラスチックが出てきた。


 「なんだそれ」

 「わからん。壊しちまったからな。盗聴器かなんかじゃないか?あのおっさんずっと手になんか握ってるように見えたからとりあえず暴れて落とさせたんだ」

 「……」


  かがんでそれを手に取った北斗は柊からの不穏な眼差しに気づき、「どうした?」と顔を上げる。瞬間、柊の足が北斗の背を蹴り上げた。



 「ただいま〜」

 「やぁーっと帰ったっすよ〜。って……なにしてんすか?」


 廃工場から帰宅した2人が見たのは、互いの手を握って押し合いしている北斗と柊だった。


 「俺には暴れるなとか言うくせにッ!」

 「時と場合ってのがあんだって!さすがに盗聴されたらマズイだろ!!」

 「俺にやらせればよかっただろ!!」

 「お前がやったら先生も粉々にしちまうのが想像できるじゃねぇかッ!!」

 「静かに。燈夜が寝てる」


 ゆきが一言言うと、柊はふてくされたまま北斗のそばを離れた。ゆきとしんくの無事な姿を見た北斗は「よく帰ったなー!」と2人を抱きしめる。


 「そんなことより隊長、なんかこっちも、大変だったって…うぇ、くるし……」

 「おお、そうだそうだ。いやぁ、なんか怪しいのが来てな。お前たちも帰ってこないし焦っていたんだが、無事に帰って来てよかったぜ」


 2人を解放する。ゆきはネクタイを締め直しながら笑い、しんくは少しげんなりした様子で苦笑した。


 「北斗が焦るなんて貴重だねぇ」

 「まさかの迷子になったんすよね。あそこ無駄に広い」

 「こっちは何があったの?部屋が荒れてるけど」

 「悪りぃが、訳は後だ。いま燈夜の担任になってるやつが来たんだが、すれ違ったりしてないか?」

 「うーん、見てないね。帰ったのはいつ?」


 ゆきは北斗の足元にあるプラスチックの破片に気づき、ソファに座る柊を手招きした。


 「8時だな。お前たちから連絡があっただろ。その少し前」

 「しんく、その先生の顔と住所はわかってるね。しんくの体育を受け持ってる先生。柊と一緒に行って誰かと会ってないか見てきて。しんくは家を、柊はその近辺を。体格のいい先生だからすぐわかるよ」

 「見つからないようにな」


 2人は頷き、すぐに外へ出て行った。ゆきはほうきでプラスチックの破片を集め始めた。


 「北斗、よくすぐに追いかけなかったね」

 「そりゃあ、お前のおかげだな」

 「ボク?」

 「長く一緒にいりゃあ、お前がどう考えるかくらい少しはわかる。あの先生は時間稼ぎだ。すげぇ下手くそなやり方だったが、とにかく長くいたいって感じだった。柊にはビビってたからこっちの人間じゃねぇし、ありゃ金が絡んでるな。誰かに頼まれたんだろ」


 ゆきは破片を袋に入れながら北斗の声に耳を傾けている。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


 「ま、そこまで考えたはいいが、俺には誰がなんの目的で時間稼ぎをさせているのかがわからなかった訳だ。さっぱりな。お前たちから連絡がないっつーことはそっちで何かあったんじゃねーかとも思ったが、燈夜を1人にしたくねぇし、よくわからねぇのにこれ以上人数を分けるわけにもいかなかった。それに、廃工場は不良の溜まり場なんだろ?だったらお前たちが負けるわけねぇしな!でも気になったから俺がそっちに行こうとしたら、お前たちから連絡があったってわけだ」

 「よく考えたねぇ。まだ感覚的なところが多いけど、なにも考えないで突っ走ってた頃に比べたらすごい成長だよ」

 「だろ?」


 にかっと笑った北斗は壊れた蛍光灯を外してゆきに渡す。しかしゆきは「ボクだったら廃工場に行った2人を助けには行かないかなぁ」と言った。


 「その前にまず、先生の意識を飛ばすよ」

 「おいマジか」

 「起きてからいくらでも理由をつけられるしねぇ。相手をする労力も、まぁ、無駄かな」


 よくやったね、と言われているような視線に北斗は本当によくやったよなぁと思う。


 「あとはその先生に依頼した誰かさんだけど……」

 「わかるのか?」

 「うん、その前に、ボクたち廃工場でおかしらって呼ばれてる人に会ったよ。30代くらいの男の人。北斗より背が高かった。一応気をつけたほうがいいかなぁ」

 「かしらって生徒じゃねぇのか。物騒だな」

 「そうだねぇ。この流れからすると、先生に時間稼ぎを頼んだのは廃工場にいる誰かになるね」

 「ああ、やっぱそうなるか。柊としんくに恨みを持ってるやつもいるし、だが柊を相手にするのは厳しいと思ったんだろうなぁ。柊の足止めか」


 ゆきは小さく「可能性はあるね」と呟く。北斗は蛍光灯を替える手を止めた。何か頭の中で引っかかっているのだが、それがうまく言葉にできない。

 そして、ゆきの言葉にもどことなく違和感があった。他に並行してなにか考えているように思える。


 「ゆき、お前——あ?」


 スマホが鳴った。しんくからメールだ。ゆきがふふっと笑う。


 「先生は誰とも会わずに家に戻った。当たり?」

 「おー、当たりだ」

 「2人が帰ったら情報交換しておいて。ボクはお風呂入ってくるよ」

 「おっさんはどうする?明日も見張っとくか?」

 「んーん。先にお金をもらってるだろうからいいや」

 「そうなのか?」


 ゆきは常に何手も先を読んでいる。北斗にはさっぱりわからなかったが、もしかしたら先生に依頼した誰かもゆきはすでに特定しているのかもしれなかった。


 ————廃工場が不良の溜まり場ってことも知っていたのか?


 「んん〜疲れたぁ。あそこの人たち容赦ないよねぇ。次に潜入するときはここら辺知ってる人に聞いてから行こうよ。じゃあ、あとはよろしくね」

 「おう、ゆっくり休んでこいよ」


 ————そんなわけないか。



***




 廃工場から出てきた神崎の足取りは、寒々しい空の下でもとても軽やかだった。るんるんとステップを踏む神崎の脳裏にはおかしらの笑顔があった。昨日助けてくれた礼にと、おかしらに饅頭を届けてきたのだ。おかしらが普段なにを食べているのか、神崎は知らない。何かを口にしている瞬間を見たことがなかった。そのため神崎はおかしらのために夜通し頭を悩ませたが、意を決してこの街で知る人ぞ知ると言われる名店に早朝から並んだ。休日のため神崎が行った時には既に列ができていたが、どうにかこうにか買うことができた。その甲斐あって、おかしらは驚きながら笑顔で頭を撫でてくれたのだ。


 「フッフー!さすが俺様!好きなもんを知らなくてもズバッと当てちゃう天才だぜ!!これはもう天才の俺がおかしらの右腕になるしかないな!!」

 「よっ、未来の右腕になる男!」

 「なんだよ〜、照れるじゃんか〜って、あ…?だれ、うわぁあ!?!?」


 金髪の男が隣に並んでいた。それが北斗だとわかった瞬間、神崎は素早く間合いを取る。しかし、よけた先には白い髪の男が立っていた。神崎は慌てて2人に距離をおきながら、白髪の男の顔を見た。間違いない。転校生の1人、月影しんくだ。


 「はよっーす。朝っぱらから饅頭屋に並んでんの見たっすよ。えらいっすね〜。誰にあげたの?」

 「ほお、饅頭屋。しんくは並ばなかったのか?」

 「俺にはアメちゃんに使うお金しかないっす」

 「並ぶほど美味い饅頭だぞ?いや、美味いってことはそれ相応に高いのか」

 「高いっすよ。セレブセレブ」


 自分を挟んで行われる会話に神崎はいたたまれなくなり、大声で叫ぶ。


 「な、なんだよテメェら!もうここには饅頭ねぇし!お前らになんかやらねぇよ!!」

 「んだよ〜、別に喧嘩しにきたわけじゃないぜ?ほら、昨日しんくとゆきを助けたの、お前だろ?」

 「か、か、かしらだよ!勘違いすんな!」

 「はいはい。なんの風の吹き回しかしらねぇが助かったぜ、ありがとよ」


 わしわしと頭を撫でる北斗の手を神崎はバシッと叩いた。


 「な、なんだよ!お前、俺様と同じ学年なんだぞ!よくそんなことできるな!」

 「あ?そうなのか。いま高2?」

 「そうだよ!」

 「一緒じゃん!」

 「だからそう言ってんだろ!?」

 「じゃあ同い年ついでに、この辺のこと教えてくんね?」

 「ああ!?なにが知りたいんだよ!」


 しんくが「教えてくれるんだ…」と呟くと、神崎は「当たり前だろ!」と怒鳴った。


 「だいたいよく知りもしねぇ土地に来てなんで廃工場なんかに来んだよ!普通近づかねぇだろ!お前ら目立つし危なっかしいしそのくせ無駄に強いからこの辺の奴らに目ぇつけられるに決まってるじゃねぇか!」

 「お前もカラーコーン仕掛けてきたしな」

 「そうだよ!うちのシマ荒らしに来た奴は潰しておかしらに報告!そんで、おかしらに褒めてもらっ…げふんげふんっ!んん、そう!おかしらに褒美をもらってまた街を守るのが俺様たちの役目だからな!」

 

 ————あっぶねぇ、危うくおかしらに褒めてもらうとか言いそうになったじゃねぇか。恥っずかしーな!


 火照った頬を抑えていると、しんくが首を傾げた。


 「そのおかしらは戦わないんすか?」

 「はぁ?テメェおかしらを舐めてんのか?」

 「いやぁ〜、今の話からだとそう聞こえただけっす。あの人強そうだったし、むしろ守る側の人間じゃないかなぁって……」

 

 神崎はため息をついた。しんくの指摘は間違ってはいない。


 「おかしらはつえぇんだ。俺様たちに稽古つけたりしてくれる。でもあの人だって人間だし、気分が乗らない日もあるだろ。それにおかしらは俺様と違って裏方が好きなんだ。だから大暴れするのは俺様たちの役目なんだよ」

 「いろいろあるんすねぇ」

 「まぁな。お前のその白い髪だってなんかいろいろあったんだろ」

 「お互い様って感じっすね」


 ニッコリと笑うしんくにそれ以上聞いてはいけないと悟った神崎は「そ、そういえば」と言葉を濁した。


 「テメェらの住んでるとこっから、鍼灸しんきゅう治療院見えるだろ?」

 「そんなのあったか?」

 「あるっす」

 「あそこは行くなっておかしらが言ってたぜ。行ったらクビにするって」

 「痛いとか、そういうことか?」

 「知らねーけど、『お前らが行く場所じゃねぇ』って言ってたぜ。ま、俺様にはそんなの必要ねぇし、興味もねぇからな!あ、あと、もう廃工場にも近づくなよ!」


 北斗としんくは顔を見合わせた。しんくのポケットが震え、スマホを取り出したしんくは「あ、そろそろ時間すね」と言う。


 「おう。神崎ありがとな」


 それだけ言うと、2人は背を向けて歩き出した。途中、短めの髪を縛った中性的な顔立ちの学生と合流しているのが見えた。


 ————淡路ゆき、だったっけ?あのとき1人でおかしらに立ち向かってた奴だよな。度胸あるよな……。でもあれは、女か?全員男って聞いたはず…。

 

 遠目からでは女か男かの検討がつかなかった。立ち居振る舞いには女性らしさがあり、穏やかな笑みをたたえていた。神崎の視線に気づいたゆきが、微笑みながら会釈する。神崎もつられて頭を下げた。


 ————あれは女だな。女って見抜ける俺様ってやっぱ天才じゃん?


 神崎は頷きながら、再び廃工場に足を向けた。


 いくつもの同じような形をした工場が立ち並んでいるが、神崎にとってそこはもう自分の庭のようなものだった。以前はカラーコーンで目印をつけていたが、今ではそれがなくても迷わずにおかしらのもとに辿り着ける。


 「おかしら〜」


 おかしらがいつも寝床にしている場所までくると、そこには仲間も大勢いた。だが、肝心のおかしらが見つからない。滅多にここから離れないのに、と思っていると、近くにいた仲間が顔を上げた。


 「おかしら探してんの?さっき出かけたぜ。なんか1人で行きたいとこあるっつって」

 「おかしらが出かけたのか?1人で?具合が悪いのか?」

 「わかんねぇ。いつも通りだったけどな。心配だから俺はここで待機してる」


 神崎はうーんと唸って、頭をかいた。今朝、おかしらに言われたことが思い出される。


 『もしあいつらがここら辺のことを聞いてきたら俺に教えろよ〜』


 急ぎという風でもなかった。帰って来てから伝えれば大丈夫だろうか。

 黙り込んでしまった神崎のために、座り込んでいた男子は立ち上がって大声で仲間に呼びかけた。


 「なあー!神崎がかしら探してんだけど、どこ行ったか知ってるやついるー?」 


 誰も知らないだろうという神崎の予想を裏切って、1人の男子が勢いよく手を上げる。


 「はーいはいはい!俺知ってる!これ、だって!」


 その男はみんなに見えるように小指を立てた。


 「「え?」」

  

 全員の声が重なり、沈黙が走る。小指を立てる男子を神崎は呆然と眺め、そして、言った。


 「恋人?……え?結婚…?」

 「「け、結婚!?!?」」


 その言葉を皮切りに、喜びとも悲しみともつかぬ悲鳴が廃工場の敷地中に響きわたった。



***



 柊はひとり、リビングであぐらをかいて漫画を読んでいた。何度も繰り返し読んでいるため、内容は頭に入っている。それでも柊は暇になるとそれを持ち出してきた。面白いとは思わないが、暇を潰すにはちょうどよかった。燈夜は寝ているし、ほかの3人は外に出ている。

 寝転がると、雨が降り出しそうな空が見えた。


 「……」


 ゆきは傘を持っていっただろうか。よく覚えていない。傘立てを見にいこうと立ち上がったところで、チャイムが鳴った。柊は玄関に行って傘立てに傘がないことを確認すると、そのままリビングに戻ろうとした。しかし、コンコンと扉をノックする音がし、足を止める。


 「おいおい、そこに誰かいんじゃねぇのー?いいもん持ってきたから開けろ〜」

 「……」


 知らない男の声だった。柊は音を立てないようにそっと扉の前まで行き、扉窓を覗く。やはり知らない顔だ。背が高いせいで顔が見えないが、気怠そうなあくびが聞こえてくる。


 「居留守か〜?めんどくせぇのはわかるが……んあぁ、そうか。オレのことを知らねー奴か。えー、そこらへんでかしらって呼ばれてるおじさんだ。昨日、淡路ゆき君と月影しんく君とお友達になりました。うちのチビたちがやり過ぎた礼に菓子を持ってきたから食ってやってくれ。ん〜と、賞味期限は3日だ」


 男は持っている紙袋を掲げた。柊は昨夜、しんくと北斗が『高身長のおっさん』の話をしていたことを思い出した。よくわからないから近づくなと言っていた。柊は扉窓から目を離し、ドアに耳を寄せる。


 「ずいぶん警戒されてんなぁ。まぁいいんだけどよ。ここに置いておくから食えよー」


 紙袋を置く音が聞こえる。しかし、男がそこから立ち去る様子はなかった。

 「なぁ、」と男が扉に向かって言う。


 「そこに、高橋燈夜はいるか?」

 「……」


 柊は息を潜めたまま、じっと動かない。男は反応がないとわかっていても、話を続けた。

 

 「具合が悪いんだってなー。いまは寝てるのか?無理するなっつっとけ。それと、ゆき君にも。今度サバゲー一緒にやりたいって言っといて。あいつモデルガン好きなんだろ?いいもん見せてもらった」


 男はあくびをし、「眠いなぁ」と呟く。柊は再び扉窓から男を覗いた。男は扉から数歩離れて後ろを向いていた。どこかを眺めているようだった。柊は自身の眼帯に手をかける。


 「この街も面倒なのが増えたなぁ」


 男が見つめている先を、柊の目が追う。人を見ているのか、建物を見ているのかは判然としない。だが、察しはついた。柊は、男に問う。


 「行くのか?」


 男はゆっくりと玄関に視線を移した。柊は男の顔を観察するように、記憶に刻み付けるようにして見た。


 「そうだな、夜にでも。大事なもんは守らねーと。後悔はしたくないし」


 男は笑って、「こいつ食ってやれよー」と言って去って行った。柊はすぐにリビングに駆けた。机にあるメモパッドにペンを走らせる。それからベルトに下がるホルダーに銃があるのを確認し、パーカーを腰に巻いた。玄関を出る。紙袋が目につき、家の中に放った。小雨が降っていたが、柊はそのまま男が見ていた『鍼灸治療院』に向かって走って行った。



***



 「お、なんだこれ?」


 家に戻った北斗は玄関に落ちている紙袋を拾い上げた。しんくが傘をたたみながら「あっ、それ」と目を丸くした。


 「饅頭屋のやつっすよ!誰か買ってきたんすかね?」

 「マジか!どれどれ……はっ、ま、饅頭30個入りだと!?諭吉が飛んだんじゃねぇか!?」

 「太っ腹っすね〜。隊長、あけてあけて〜」

 「それ誰が買ったの?」


 ゆきは傘立てに傘を入れ、部屋に上がる。一直線にリビングに向かった。


 「柊じゃないっすか?燈夜は寝てるし。柊ー!これ開けていいっすかー?」

 「しんくお前、饅頭は興味ないって言ってなかったか?」

 「たまにはいいじゃないっすか〜。滅多に食べられないやつだし〜。あっ、いくら隊長でも独り占めはよくないっすよ!こんなに食べたら太るっすよ!」

 「ひとりで30個はさすがに多いな!5人で分けても6個も食えるぞ!」

 「賞味期限3日だって!さすがお高いのは違うっすね!!柊ー!食っていいっすかー?柊ー?」


 リビングに行くが柊の姿はない。机の上にある紙を見ていたゆきがくすくすと笑って、2人を手招きした。


 「これ」

 「書き置き?柊出掛けたんすか?……んんー?あー?俺の目が曇ってんのかな。『はりの店に行く』って見えるんすけど」

 「はりの店?はり?……ああ!?鍼の店!?!?」

 「鍼灸治療院だねぇ」

 「なんでだ!あいつ何か知ってたのか!?ひとりで行ってどうすんだ!!」

 「『取られる』って書いてあるっすよ」

 「取られる??何を?」


 3人は顔を見合わせた。ゆきが、「もしかしたら」と言う。


 「誰かここに来たのかもしれない。その人に『仕事を取られる』って思ったんじゃないかなぁ。お饅頭を置いていったのもその人かも。柊が燈夜を1人にするわけがないし」

 「そうだな。燈夜を放って饅頭買いに行く奴じゃねぇわ」

 「そっすね。お高い饅頭に目がくらんでたっす」


 北斗はスマホを確認するが、柊から連絡はきていない。


 「俺たちも乗り込むか。相手がなんなのかわからねぇし、いや、もしかしたら何もないかもしれないが、柊がいつ行ったのかもわからねぇ。時間が命だ。準備したらすぐ行くぞ」

 「了解。ボクはいつでも行けるよ」

 「俺も大丈夫っす。柊のことだから潰す気で行ってるだろうし、片付けが面倒にならないうちに追いつかないと」

 「ゆきもしんくもさすがだな〜!昨日の今日で悪いが、みんなで饅頭を食うためにもぱっぱと終わらてこようぜ!」

 「燈夜はお留守番よろしくね」


 ゆきが北斗としんくの後ろに視線を投げた。そこにはドアからそっと顔をのぞかせる燈夜がいた。顔色は随分良くなっていた。


 「起こしちまったか?」

 「い、いえ……あの、気をつけてくださいね」

 「ありがとうな燈夜〜!大好きだぞ〜!」


 わしゃわしゃと髪を撫でる北斗。燈夜はその大きな手を自身の頭の上で抑えて動きを止めさせ、北斗を見上げた。


 「あ、あの、作戦は……あるんですか?」


 北斗はきょとんとして、それから大きく笑ってみせた。


 「大丈夫だ!臨機応変に動けるのが俺たちの強さだからな!燈夜が心配することはないぞ!」


 眉を下げた燈夜と、額に手を当てるしんく。


 「あとで面倒なことになるやつっすね……」

 

 こうして大して作戦もないまま、鍼灸治療院に乗り込むことになった。

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