第3話 袖振り合うも他生の縁


 唄が聴こえる。

 とても懐かしい唄。


 「燈夜」


 痩せ細った腕で小さな僕を抱きながら、暗く何も見えない場所で僕の名前を呼ぶ。

 綺麗な声なのにどこか苦しげな音は、彼女がここから出られないことを訴えているようだった。


 「燈夜。ごめんね」


 でも、僕には彼女をこの暗闇から出してあげることはできなかった。

 目がおかしくなるような暗闇。

 何も見えなくても僕にはわかった。冷たい棒が何本も僕と彼女を囲んでいる。


 地下牢だった。


 冷たい床と冷たい棒と冷たい鎖。

 ここが僕が産まれた場所。


 「あなたはいつかきっと、ここから出られる日がくるわ」


 そういって、彼女は唄をうたい続けた。

 僕が眠るまで、ずっと————



***




 重い瞼を持ち上げる。汗をかいて気持ち悪い。


 「夢、か…」


 久し振りにあの唄を聴いた気がする。もちろん夢だから本当に聴いた訳じゃないけど、それでも懐かしくて忘れられない記憶だ。

 そして、一番思い出したくない記憶でもある。


 「……」


 隣の部屋が騒がしい。

 身体を起こして辺りを見渡すと見慣れた場所にいた。


 ————家に帰ってきてる?


 学校にいたはずなのに、と思いながら立ち上がる。その瞬間頭の中がひどくかき混ぜられるような感覚がしてその場にしゃがみ込んでしまった。


 ————そうだ、学校で倒れたんだっけ……。


 熱で鈍った思考をなんとか回転させ、一部始終を思い出す。

 スマホのディスプレイを見れば既に午後7時。普通に考えて誰かが運んでくれたのだろう。

 それにしても、うるさい。


 「燈夜」


 白い眼帯が目に映る。いつの間にかドアが開いていた。

 柊は膝をつき、燈夜の背中をさすった。


 「トイレと袋どっちだ」

 「……いえ、大丈夫です」


 柊は手に黒い袋を持っていた。こういう時気が利くのは助かる。学校では全くだったが。


 「それより……誰か来てるんですか?」


 鳴りやむ気配のない騒音を鬱陶しく感じながら尋ねる。

 何かがぶつかる音や割れる音、2人の人間が会話しているのも聴こえる。1人は北斗だろう。だが、もう1人は見当がつかない。

 何より熱のある燈夜にこの音は頭に響く。最悪だ。


 「……誰も来てない」


 柊が若干目を逸らしたのを燈夜は見逃さなかった。


 「来てますね……。誰ですか」

 「気のせいだ。早く寝ろ」

 「ということは今隊長が1人2役演じていることになりますね。誰ですか」


 目を泳がせる柊を見て、やってしまったと思った。口調が少しきつくなっている。


 ————あんな夢を見たから……。


 自分の中の奥底から何かがふつふつと沸いてくるのを感じる。


 「だから何度言えばお前の脳ミソは理解するんだッ!!」


 一際大きな声が隣の部屋から響いてきた。燈夜は立ち上がる。

 具合が悪いなんて言ってられない。今はなんとしてもあの騒動を止めなければ。……出費がかさむ。



***



 柊は1度燈夜を止めようとしたが、すぐに諦めて後ろからついてきた。

 客室の扉を開けると案の定大惨事になっていた。4本ある蛍光灯のうち2本が割れていて、妙に薄暗い。


 「……何してるんですか」


 机や椅子がひっくり返っていて、相当暴れたことがわかる。

 元凶の2人が一斉にこちらを向いた。先に口を開いたのは大迷惑な客の方だった。


 「おお!!高橋!もう大丈夫なのかぁ?」

 「……先生」


 どでかい声で話すのは燈夜のクラスに臨時で担任になった先生だった。昨日怪我をして入院した担任の代わりに来たらしいのだが、燈夜は朝礼で見たきりですっかり忘れていた。それにその時はこんなに騒がしくなかった。朝が苦手なタイプなのか。


 「燈夜っ、寝てた方が身のためだ!今すぐ戻って耳ふさいで寝ろ!!」


 焦ったように隣の部屋を指差す北斗。確かに寝てた方が楽だが、うるさくされたら治るものも治らない。


 ———あー、頭がいたい。


 北斗は「連れてくんなっつっただろうが!」と柊に怒鳴る。柊は問題ないとでも言うように黙っていたが、燈夜は北斗の様子に違和感があった。イラついている。それも相当。原因は?このうるさい担任だけ?


 「高橋!!薬は飲んだのかぁ!?病院に行かないとはどういうことだあ!!」


 ずんずん近寄ってくる先生に色んな意味で吐き気を覚える。壁にもたれ掛かりながら先生を一瞥した。


 「そんなことを聞くためにこんな時間まで大騒ぎしてたんですか。先生なら周りのことにも気を遣ってくれません?」


 熱のせいもあるのか歯止めが利かない。これだから暗いところは嫌なんだ。あの場所を思い出してしまう。


 「そんなこととはなんだぁ!!先生は高橋のことを心配しているんだぞ!聞けばこんな家に子ども5人だけで住んでいるそうじゃないか!!両親はどうしたんだあ!?」


 溜め息を吐きたくなるのをどうにか抑える。なんでそんな突っ込んだところまで聞いてくるんだ。


 「だ、か、ら!俺らの親は死んだんだよ!もう天国なんだよ、分かるかおっさん!!親戚だってほとんどいねぇし迷惑かけられねぇだろうが!」


 と、いうことにしてある。

 北斗はこめかみに青筋を浮かべて今にも爆発しそうだが先生は全く動じない。きっと何時間もこうやって言い合いを続けているのだろう。北斗は先生に対して尊敬の念などまるでなく、丁寧な言葉も一切使おうとしない。


 「高橋は倒れたんだぞお!!病院くらい連れていってやるべきだろう!?」


 ———……病院には行ったって言えばよかったのに。うちの隊長はこんなに嘘が下手だったっけ。


 「と……燈夜は病院が嫌いなんだよ!嫌いなところに無理矢理引っ張ってでも連れて行けっつーのか!?」


 嘘が厳しくなってきた北斗に燈夜は仕方なく参戦する。


 「そうなんです!僕、病院の匂いとか薬とか、ち、血とかすごく苦手で…。僕が病院には行きたくないってわがままを言ってるんです。す、すみません……」


 謝る理由もないが、下を向いて弱々しく言う。声が震えたのは演技ではなく、立ちっぱなしで本当に具合が悪くなってきたのと、あと、ほんの少しの怒りのせいもあるかもしれない。

 ちらと先生を見る。先生は完全に納得したようではなかったが眉を下げて申し訳なさそうにしていた。


 「そうだったのかぁ。だが高橋、病院には行ったほうがいいぞぉ。無理にとは言わんがもしよければ」

 「おい」


 何か言いかけた先生を制止したのは今まで黙って聞いていた柊だった。柊は扉に寄り掛かりながら腕組みをし、効果音がつきそうなほどむすっとしていた。


 「いつまで居座る気だ。早く出ていかないとぶっ殺す」

 「なんだそれは!殺すなんてこと、ば……」


 先生は言葉を飲み込んだ。

 仕方がない。柊の殺気に気圧されたのだから。

 眼帯をしているせいもあって、すごく不良っぽいというのもあるだろう。


 ————いや、不良なのかな?


 不良であろうとなかろうと、燈夜は柊が高校生の中で1番強いと自信を持って言える。


 「先生、大丈夫です。僕もちゃんと薬を飲みます。心配していただいてありがとうございました」


 ペコリと頭を下げ、硬直している先生を外の暗闇へ追い出した。バタリと扉を閉める。それと同時に燈夜はその場に座り込んだ。


 「燈夜!大丈夫か!?悪いな、せっかく寝てたのに」

 「大丈夫です、隊長。少し、疲れただけだから……」


 外が暗かった。暗いところはだめだ。あの場所が目の前に現れるようで。


 「それより、すみませんでした。迷惑をかけてしまって」


 謝ると、隊長は悲しそうな顔をして燈夜の頭を撫でた。


 「お前が謝ることじゃないだろ。病院に行けないのは誰のせいでもないんだ」


 柊に支えてもらい、なんとか立ち上がる。

 病院に行かなくてもしんくの薬がある。もし行ったとしても北斗以外保険証を持っていない。それがなければお金が普通の倍以上かかってしまう。

 燈夜は身体が弱いのでお金がいくらあっても足りないし、何より持っていないなんて怪しすぎる。でもそれはどうしようもない。


 「お前たちには戸籍がないんだから」


 偽造することは考えた。だが、ボスはそれを許可しなかった。余計な鎖はいらない、ということらしい。学校に行けるのはどうやっているのかわからないが、ボスが裏で手を回してくれているからだ。ボスの手の届く範囲は広い。薬に関してはしんくがいるし、それだけで十分だと燈夜は思っている。


 「しんくとゆきは買い物ですか?確か雑貨屋に行くとか何とか言ってましたよね」


 布団の上に座る。新しい冷却シートを持ってきた北斗はぴりぴりとフィルムをはがしながら真剣な面持ちで言った。


 「あいつらは雑貨屋に寄りながら廃工場に行った。ちょっと見に行くだけってゆきは言ったが……。さっきのうっせー先生が、お前の担任はその廃工場で怪我をしたって言っててな。不良の溜まり場なんだとさ」


 北斗は掛け時計に目を向けた。もうすぐ20時になる。


 「普段なら2人いれば不良どもにも負けないだろうが、よく考えてみたら、しんくが、しんくがなぁ〜。アメのせいで恨まれてんだよなぁ〜〜」


 その言葉で北斗がイラついていたことに合点がいった。2人が帰ってこないこと、あの先生のこと、燈夜が倒れたこと。いくつかの心配事が重なっていたのだろう。


 「俺が行ってくるから燈夜はゆっくり寝てていいぞ。しんくは大丈夫だ。腹が痛い奴らは喧嘩ふっかける余裕もないだろうし、家にこもってるだろ」


 「自業自得だな」と柊は薄ら笑いを浮かべたが、すぐに玄関に向かった。靴を履く柊を北斗が「お前は絶対行くな!」と叫んで羽交い締めにする。


 「お前が行くと余計こじれるだろうが!」

 「は?ゆきを巻き込んだ。許さない」

 「わかった、わかったから暴れるな!あぁーそうだな、ほらアレだ!ゆきがなにも考えずに巻き込まれに行くと思うか!?あのゆきだぞ!なにか考えがあるに違いない!そうだろ!」

 「当たり前だろ。でもあのアメは役に立たないから俺が行く」

 「いややめとけって!」


 燈夜は布団に横になった。このいつもの騒音はそんなに苦にならない。おでこに貼ったシートのひんやりとした冷たさを心地よく感じながら目を瞑った。




***




 燈夜が北斗と先生の戦いで目を覚ます少し前のこと、ゆきとしんくは不良に絡まれていた。カラーコーンを大量に持った不良に。


 「困ったねぇ〜。まさか廃工場が不良のたまり場になってたなんて」

 「廊下にあったカラーコーンて、この人たちのだったんすね」


 カラーコーンの嵐を避けながら、とりあえず廃工場を出ようと走る。

 しかし、どこを走っても同じ風景しか見えず出口が現れない。


 「どうなってるんすか、これ。敷地が広いのは承知してたけど明らかにおかしいっすよ。誰かがこの建物動かしてるとしか考えられないっす」

 「工場はさすがに動かせないかなぁ。しんく、ボクらはね、迷ってるんだよ」

 「……うそ〜」


 灰色の壁が続く。

 燈夜のことも気になるから今日は早めに帰ろうと考えていたのに、それどころではなくなってしまった。


 「しんく、先に行って」


 後ろから怒声罵声カラーコーンを浴びせられる中、そろそろ体力の限界が近いと悟ったのかゆきはゆっくり走り始めた。

 しんくもそれに合わせて少しペースを落とす。


 「いいよ、しんく。先に行って。ボクはそこらへんで少し、休んでく」


 ゆきは角を曲がり、近くの工場に入ろうとする。


 「俺も休むっすわ」

 「え?」


 ゆきに続いて工場に入ろうとするしんくにゆきは目を丸くする。


 「いいよ、ボクに合わせなくても」


 しんくは5分近く全力で走っていたというのに息さえ上がっていない。まだまだ余裕という感じだ。


 「ゆっきーはほら、どちらかというと頭脳派だから俺より体力ないかもしれないっすけど、俺は俺でずっと走ってるだけなのも飽きるんすよ」


 「どうせ出口も見つからないし」と言って工場に入り中を見渡す。

 鉄の棒が落ちていたりするのかと思いきや、全くと言っていいほど何もない。小綺麗な場所だった。


 「つまり、しんくがここで逆転劇を見せてくれるってこと?」


 隅の方に座りながらゆきが笑う。しんくはどこから取り出したのか紫の飴をくわえた。


 「そういうことっす」


 ゆきにはいい顔をしたが、しんくはこれといって策はなかった。

 相手は何十人もいる不良。たとえカラーコーンといえど武器を持っている相手に対してしんくは武器にできるものを持っていない。拳銃はあるが、さすがにここで使うものではない。

 カラーコーンで怪我はしないだろうが、カラーコーンを盾に素手で殴ってくる可能性が1番高いだろう。


 ————柊なら簡単に切り抜けられるんだろうけど、俺はそんなに大人数相手の体術は得意じゃないし、むしろ逃げることしか取り柄ないし……。ま、別にボコられても殺されはしないから。素手でやる練習と思って……。


 「……。いや、やっぱなんか欲しいっすわ」


 せめてひとつでもいいから落ちていたカラーコーンを持ってくればよかったと思っていると、ガラの悪い男子が工場の入口に次々と現れる。

 手にはもちろん赤いカラーコーン。


 「自分から逃げ場をなくすなんてな。テメェら馬鹿だろ」


 これぞ袋の鼠とでも言いたげな顔で近づいてくる。いや、まさにその状況だ。


 「テメェら行くぞ!!」

 「うおー!!」


 猛獣の雄叫びのような叫び声を上げると、男子たちが一斉にカラーコーンを投げ始めた。

 とりあえずゆきの方には行かせまいと思い、落ちたカラーコーンの1つを持ち、無茶を承知で集団に身体ごと突っ込もうとした。が、その前にカラーコーンを持った男子たちが逆にしんくの方に走り出した。


 「うわっ、そんな大勢で来られても、ああー!!」


 拳で殴りにきた男子をカラーコーンで防ぎながら、悲壮な面持ちで床を見つめるしんく。それを見てゆきがあーあ、と苦笑した。


 「落っこちちゃったねぇ、アメちゃん」


 しんくの視線の先には踏まれて無惨にも砕け散った紫色の欠片、もといアメがあった。

 「地域限定のアメちゃんだったのに。このへんじゃ売ってないのに」とぶつぶつ小言を言うしんく。そこでゆきは違和感に気付いた。しんくが少しずつ壁際に移動している。しんくの意思じゃない。男子たちが誘導しているのだ。

 しかもそっちには……。

 ゆきが叫び声を上げた。


 「しんく避けて!!」


 一人の男子が背後から金属バッドを振り上げる。しんくはそれを横に避け、男子の腕を掴み身体を投げ飛ばした。

 しかしゆきの声は続いた。


 「違う、窓!!」

 「えぇっ、しまっ……!」


 ガシャンと窓ガラスが割れる音と共に、外から何かが飛んできた。鈍い音がした。飛んできたのは金属バッドだった。しんくの肩に当たり、落ちたそれを即座に拾った男子は、体勢を崩したしんくの腹を金属バッドで打つ。しんくは割れた窓にぶつかり、同時に血が飛び散った。

 しんくの悲痛な叫び声が廃工場に響き渡る。

 男子に囲まれたしんくはズルズルと座り込み、俯いたまま動かない。抑えた右腕から血が滴り落ちる。

 金属バッドを持った男子がにたりと歯を見せた。


 「あーあ、ショックで気ぃ失っちまった?オレらのダチに変なアメ食わせたのこいつだろ。いい気味だな」

 「もう一匹もシメてやろうぜ」

 「あいつだってびびって腰抜かしてんじゃね?」


 後ろを振り返ろうとした金属バッドの男子は、背後から伝わるヒヤリとした空気に動きを止めた。


 「誰が、腰を抜かしてるって?」

 「なっ、て、てめぇ!!」


 金属バッドを持った男子が顔を歪めて叫んだ。一斉に視線が集まり、誰もが固まったように動かなくなる。


 「な、何でそんなもん持ってんだ!」


 急に静かになった廃工場で金属バッドの男子の声だけが響き渡る。恐怖で強ばった顔の男子に、ゆきはにっこり笑った。


 「それ、捨ててくれない?目障りだから」


 カチャ、と男子の耳元で音がした。男子が小さく悲鳴を上げ、金属バッドを床に落とす。

 ゆきは男子の頭、こめかみの部分に銃を突きつけていた。


 「お、おい。それ本物かよ」

 

 疑わしげに、それでも震えた声で一人の男子が尋ねる。


 「試してみる?」


 お約束のような言葉を吐き捨てて、ブレザーの内ポケットからもう1丁拳銃を取り出し、怯える集団に向ける。


 「もしこれがただのエアガンだったとしても」


 ぐっと拳銃を男子のこめかみに押し付ける。


 「この距離なら怪我くらいするよね?」


 殺気を込めた言葉で最後の追い討ちをかけた。

 案の定、誰もが震えたまま動かなくなる。


 そこに、間抜けた声が聞こえてきた。


 「お〜い、お前らなーにしてんの?」

 「お、おかしら!!」


 現れたのは、おかしらと呼ばれたひょろりと背の高い男と、そわそわと辺りを見回す男子2人だった。

 ゆきは表情を堅くする。


 「おいおい神崎。お前が言った助けたいヤツってこいつらかー?」

 「う、うっす!」

 「燈夜さんの仲間なんす!燈夜さんにはたくさん助けてもらったんす!あいてっ」


 「余計な事言うな、バカ!!」と神崎は隣にいる男子を小突く。

 しかし、身長が2メートルはありそうな男はボサボサの頭に手を乗せながら、眠たそうに欠伸あくびをして言った。


 「いーや、大切な事だ神崎。助けてもらったんなら恩を返さなきゃなぁ。ほらほら、お前らそこどけ」


 手で追い払うような動作をすると、全員すごすごと下がっていく。

 ゆきは銃を構えたまま背の高い男を警戒する。


 「そんなおっかねぇ顔すんなって〜。あいつらが世話になったみたいじゃねーか」


 助けてやるよと、拳銃に怯える様子を全く見せず、しんくに近づこうとする。ゆきはしんくを庇うようにして立った。


 「いまいち状況が掴めないんだけど、キミは誰?」


 男は愉快そうに目を細めると、何を思ったのかゆきの頭を撫でた。


 「知らないヤツを警戒すんのは正しい反応だ。だがなぁ、お前らが知らない所で人は繋がってるもんなんだよな〜」


 男は続けて衝撃の言葉を口にした。


 「その拳銃、改造してあんだろ?」


 ゆきは絶句する。

 その通りだった。しかし、何故男が気付いたのかがわからない。見た目は変えていないのに。


 「俺もそんだけ銃のことには詳しいってことだ」


 見透かしたような言葉に更に警戒心を強める。

 そんなゆきにはお構い無しに男は話題を変えた。


 「ところで、うちの小さいのがお宅の燈夜君とやらに助けてもらったそうじゃねーか」

 「……?」


 ゆきは話が解らず眉をひそめる。


 「あ〜れ、知らない?こいつらがカラーコーン持ち出してお前らを叩きのめそうとしたらしいんだけど」


 困ったなぁ〜、と頭を掻く男は2度目の欠伸あくびをする。


 「この話マジだと思うんだけどなぁ〜。いやまぁ、俺は現場見てないから知らないんだけど」

 「……それが本当の話だとしても助けてもらう必要はないよ」

 「んあ?なんだよー、ここは平和解決にしようぜ。実を言うとこっちもヘトヘトなんだ」


 眠いし、と付け足す男をじっと見るゆき。しばらく考えてから、「分かった」と男に向き直る。


 「見逃してくれるんだよね?」

 「おぉ〜、その気になったか。でも、こいつはどうやって持ってくんだ?起きるまでここにいるか?」

 「結構っす」

 「お?」


 しんくが笑いながら立ち上がる。制服が所々赤く染まっていた。


 「ゆっきー、助かったっすわ」

 「うん。良かった無事で」


 何事もなかったように動くしんくに周囲がざわつく。男が感嘆したように口笛を鳴らした。


 「うっそ。すごい回復力だな〜。傷ふさがってんじゃねーの」


 しんくの腕からは既に血が一滴も出ておらず、あろうことか傷口さえ綺麗になくなっていた。


 「ゆっきー、早く出よう」

 「あ、うん」


 しんくは押し出すようにゆきを廃工場の外に連れて行こうとする。

 たくさんの男子に注目されたまま、ゆきは中心にいる男に一礼して去っていった。


 外に出ると、既に日が落ち真っ暗になっていた。

 スマホで時間を確認すれば19時を過ぎている。


 「さてと、早く帰ろうか、しんく」

 「う〜……」


 しんくは呻き声を出して返事をする。見れば、しんくはお腹を押さえて老人のように背中を丸めていた。


 「肋骨折れたかもしれないっす……」

 「骨までは治らないか」


 「痛い〜」と呻きながらゆっくり歩くしんく。


 「背中丸めて歩けるなら折れてはないよ」


 笑いながらしんくについて行く。

 しかし、しんくはすぐに立ち止まって言った。


 「……出口ってどこっすか?」


 これにはにっこり笑って答えるしかないゆきだった。

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