第2話 塵も積もれば山となる


 朝の日差しが目に眩しい。

 働かない頭でぼーっと天井を見つめる。目の前が少し霞んでいてよく見えない。

 まだ寒くて布団から出たくない。もう少しだけ寝ようと布団を被りなおそうとすると、視界の隅に黒いものが映りものすごい速さで落ちてきた。


 「いぃっつ!!」


 腹に直撃したが声を押さえ込み、なんとか耐える。布団ごと腹を守るように丸まり小さく呻いていると、首から肩にかけて衝撃が走った。


 「いぃッ?!っってぇ!!」


 鉛が降ってきたような感覚に飛び起きようとしても動けない。だが、この場所にいると次に何がくるかわからない。身の危険を感じ、必死になって布団から這い出ると上から声が降ってきた。


 「何してるの、北斗?」


 北斗は首がつるような痛みに耐えながら上を見上げ、とぎれとぎれに言った。


 「ゆき....もう、いやだ...」



***



 ゆきは寝巻き用のジャージの上に赤いエプロンを着ていた。少し長めの茶色い髪を後ろで一つに縛っている。


「だから柊と燈夜の間に寝ちゃだめって言ったのに」


 右手に木しゃもを持ってジャガイモや肉の入った鍋をかき混ぜているゆきはなかなか様になっている。北斗は制服の上にゆきと色違いのクリーム色のエプロンを着た。


 「いや、俺は真ん中には寝てない。そんな記憶はないぞ」


 ヒモを後ろで縛りながら思い返す。


 「昨日は確かに一番端のしんくの隣に寝たはずなんだ」

 「じゃあ、しんくが起きた後に何かあったんだね。僕が起きたときにはもう、真ん中にいたから」

 「しんくも蹴られて起きたんじゃねーか?ったく、燈夜もかわいい顔して寝相悪いよなぁ」

 「実は北斗も寝相が悪いんじゃないの?」


 ゆきが笑いながら北斗を振り返る。北斗は言い返そうとしてギョッとした。ゆきの手の中にギラリと光る鋭い刃物が握られている。


 「ゆき危ねーからっ!」


 歩いてこようとするゆきを急いで止める。ゆきは北斗の視線の先を見てあぁ、と言って頷いた。


 「大丈夫だよ~。別に刺したりしないから」

 「.....疑ってはないんだが、ゆきが持ってるとつい止めたくなるんだ。わりぃ」


 ゆきのいつもの笑みが悪魔の微笑に見える。背筋がぶるりと震えた。


 「ゆ、ゆき。俺が全部切るから他のことをやってくれ....」

 「え、いいの?じゃ僕は魚焼くね」


 北斗の思いも知らず、ゆきはお礼を言って冷蔵庫を開けに行った。鮭の切り身を出すと、せっせと味付けを始める。

 するとリビングの方から清々しい声がした。


 「はよーございまーす。いい匂いっすね。今日は肉じゃが?」


 見るとしんくがリビングから顔を覗かせていた。制服の上にカーディガンを羽織って、手には救急箱を持っている。


 「おはよう、しんく。朝からお疲れ様」

 「今日も散歩に行ってたんじゃねぇのか?」

 「いえ、燈夜の薬が無くなりそうだったんで。あと、風邪薬も入れときました」


 救急箱をぶらぶらさせながら答える。しんくはいつも誰よりも早く起きて家の周りを散歩するのを日課としている。しかし、今日は薬を作っていたようだ。

 しんくには引っ越しをするたびに他の人にはない彼専用の特別な部屋が与えられる。そこでしんくは色々な薬を調合していた。


 「頼んどいた薬剤が昨日届いたんすよ。さすがボスは仕事が早いっすね」

 「悪いな、しんく。ありがとう」

 「い~え。俺も久しぶりにそれ手伝うっすわ」


 そう言うと、しんくはリビングに戻っていったが、すぐにエプロンを着けて戻ってきた。


 「何すればいいっすか?隊長よりも役に立つと思いますよ」


 北斗の切った玉ねぎを見て言う。玉ねぎはまな板の上に散らばっており、形がさんざんなことになっていた。


 「仕方ねぇだろ?こいつ、すげー攻撃してくんだよ」

 「にしてももう少しマシな切り方できないんすか?指、切りますよ」


 二つ目の玉ねぎを切ろうとしている北斗に指摘する。北斗はなみだ目になりながら、ゆっくり包丁を下ろす。


 「玉ねぎの代わりに隊長の指が入ってるとか嫌だねぇ」

 「グロイ想像すんなっ!」

 「意外とあるかもしれないっすね。赤く染まった血のスープに隊長の指が」

 「だぁーーー!!もうやめろっ!気が散ってマジで指が飛ぶ!!」


 血眼になって玉ねぎと格闘する北斗。しんくはゆきに近寄り小さく呟いた。


 「隊長って何で料理できないんすかね」

 「他のことは必要以上に器用なのにね」


 北斗を横目で見ながら二人で話していると、怒声が飛んできた。


 「しんく、ゆき聞こえてるぞ!!早く飯作れっ」


 涙を拭きながら言う北斗にゆきがため息を吐きながら言う。


 「なみだ目で言われても迫力ないよ~」

 「哀れむ目をして言うなあッ」


 その瞬間北斗の指に小さな痺れが走った。



***



 「.....大丈夫ですか?」

 「燈夜に心配されるとか....終わりだな」


 ご飯を食べ終えて支度をしていると、柊と燈夜が北斗の指に絆創膏が張ってあるのを見つけた。じーっと見てくる二人に手をひらひらさせて言った。


 「これが男の勲章だ!今日の飯がうまかったのは俺が丹精込めて作り上げた愛の結晶だったからだ。お前たちの鳩尾みぞおちアタックも玉ねぎの試練もすべてうまい飯に昇華されたわけだ」

 「意味わかんねぇ」


 北斗の指に興味がなくなった柊は分厚い漫画を読み始めた。いつだかターゲットを追っているときにコンビニで北斗が買った漫画だ。それが今では柊のちょっとした暇つぶしになっていた。


 「おいおい、早く着替えろよ~。昼飯も買わなくちゃいけないんだからな」

 「パン屋がいい」

 「おう、パンでもなんでもいいぞ」


 柊が漫画から目を離し北斗を見る。


 「.....やっぱやめた」

 「人の顔を見て判断するな!」

 「あ、オレはパン屋がいいっす」


 いつの間にか隣に立っていたしんくが言った。片手にカーデガンを持っている。


 「あ...」


 それを見た燈夜が小さく呟いた。しんくが優しく笑い、燈夜にカーデガンを渡す。燈夜はそれを受け取ると嬉しそうに笑って、自分の胸に大切そうに抱えた。


 「ありがとうございます....」

 「これ大分伸びちゃったけど、本当にこれでいいの?また違うのあげるよ?」


 しんくは今までに何度も言ってきたことをもう一度口にしてみる。だが燈夜は首を横に振った。


 「いいんです。これがいいから....」


 燈夜はゆっくり袖を通す。ずっと前にしんくがあげたカーデガンは使い込まれて手が隠れるほどだぼだぼになっている。けれど、燈夜がそれでいいならしんくは無駄に口出ししないと決めていた。


 「燈夜、薬は飲んだかー?」


 北斗が柊に制服を投げながら聞く。


 「はい、いただきました」

 「よし、じゃあ学校行くぞ!ほら柊!早く着替えろっ!!」


 柊は文句を言いながら着替え始める。燈夜としんくが鞄を持って部屋から出て行った。するとすぐに、しんくの大声が聞こえた。


 「隊長ー!ボスがいますよー」


 その言葉に北斗が一瞬氷つく。柊も驚いたような顔をして、急いでしんくの声がしたリビングの方に行った。そこにはしんくだけでなく、燈夜もゆきもいてテレビを覗き込んでいる。

 誰も一言も発さず、ただ薄い液晶画面に見入る。

 アナウンサーの抑揚のない声だけが部屋に響く。テレビには警察が何人か映っており、マスコミがそこに押し寄せていた。その端に小さく四十代くらいの髭を生やした男が映っている。

 誰かが唾を飲む音がした。

 警察の服を着ているその男は、他の警察と共にすぐに消えて行った。そしてすぐに次のニュースが流れ始める。

 緊張が一気に解ける。最初に口を開いたのはゆきだった。


 「関係なかったね」


 ほっとしたように言う。北斗が柊に鞄を渡しながら呟いた。


 「親父もテレビに映ったのは予想外だっただろうな」


 ボスは彼らにとって大事な存在。そして北斗にとっては実の父親だ。彼らの仕事は全てボスからのものであり、薬を調合するための薬剤を手配してくれるのもボスだった。

 そして、彼らがこうして生きていられるのも。


 「さてと....学校行くか!!」


 北斗が気分を変えて言うとみんなが動き出す。


 「坂の途中にあるパン屋うまかったっすよ。絶対あそこがいいと思います!賛成の人は手を上げてー!」

 「却下。甘いものが多いところでしょう?あれはおやつ」

 「えぇ!スコーンだって飯になるのに!他の人は!?」

 「ゆきと一緒」

 「言うと思った!」

 「い、良い評判は聞きます……」

 「おっ?」

 「でも甘い、ですよね……」

 「甘いのご飯になる人いないの!?白米だって甘いじゃん!」

 「あ、甘さの違いが……」


 北斗が後ろから笑って見ていると、ゆきが隣に並んで言った。


 「ねぇ北斗。お父さんに会いたくなった?」


 北斗はゆきをちらりと見ると難しい顔をした。


 「どうだろうな。まあ、言いたいことはたくさんあるし」


 そして少し間を置いてから、独り言のように呟いた。


 「全てが終わったら、だな」



***



 鐘が鳴った。

 授業の終わりを告げるチャイム。そして、四十分間のランチタイムの始まりを告げるチャイムだ。寝ていた者も携帯をこっそりいじっていた者も、この音を聞くとバラバラに散っていった。

 一番後ろの窓際の席で飴を舐めていたしんくも立ち上がる。鞄を肩にかけ、隣の席の女子が話しかけてくる前に教室から駆け出した。お気に入りの棒付きの飴をくわえながら、廊下に出てくる生徒を避けて走る。

 階段を下りようとしたとき、下から下品な笑い声が聞こえてきた。


 「そんでよぉ、先チャンまじビビッちゃって腰抜かしてやんのー」

 「うっわ、ウケル~。バッカじゃねぇの。あ.....」


 じゃらじゃらしたアクセをふんだんに使って、髪をありえない色に染めた男子集団がしんくを睨みつける。


 「げっ」


 しんくは急いで方向転換し、今来た道を反対方向に走った。


 「コルァッ待てや!テメェこの前のクソガキのダチだろ、あぁ?!」


 集団で追いかけてきた。昨日はこのルートで見つからなかったんだけどな、と思いながらもう一つの階段を目指して走る。


 「待てやぁガキ!逃げてんじゃねぇぞっ!!」

 「待てと言われて待つバカはいない....っていう人はだいたい逃げ切れるんすよね~」

 「テメェら首かっ飛ばして脳みそほじくるぞッ!!邪魔だどけ!」


 廊下に生徒たちが増えてきた。購買にお昼を買いに行くのだろう。生徒たちは怒鳴り声を聞くと両端に寄っていく。


 「あ゛ぁー、どかなくていいのに。できればあの人たちの邪魔をしてほしいっすわっと」


 階段を下りる際になぜか置いてあった三つのカラーコーンを倒す。すると、追ってきたチンピラがそれに躓きドミノ倒しのように転んでいく。しんくはそれを見上げながら、飴をクルクル回して口笛を吹いた。


 「ひゅー。すごいっすね!そのコケッぷりに敬意を払ってオレのお手製アメちゃん甘さ控えめ号をあげちゃいます♪」


 ポケットから飴を一掴み取ると、放り投げて急いで踵を返した。


 「ナメんじゃんねぇぞ!このガキ!ぶっとばしてやる!!」


 背後の騒音を聞きながら階段を一番下まで降り、階段と壁に挟まれた小さなスペースに体を滑り込ませる。数秒遅れて来た足音が遠ざかっていくと、座りながら溜まった息を吐き出した。


 「はぁ~.....。毎度毎度追いかけられちゃたまらないっすよ。ゆっくりアメちゃんも舐められない」


 ペロリとコーラ味の飴を舐める。これは全部柊のせいだった。再び息を吐き出す。この学校に転校してきた日、不良に絡まれた柊が全員の意識を飛ばしたらしい。

 普通の不良ならよかった。だが、不運にもその不良がここら一帯を裏で牛耳っている奴らの下っ端だったらしく、よく一緒にいる自分たちまで復讐の対象になってしまった。

 

 ————まぁいっか。おかげでアメちゃんの処理もできたし。


 クルリと飴を弄びながら、パン屋で買ったチョコクロワッサンを食べる。と、そこにゆきが顔を覗かせた。


 「あ、しんく。こんなところで何してるの?」

 「ん、ゆっきーこっちきて!今逃げてるんすよ、あの連中から。見つかったら面倒なんで」

 「あーごめん」


 ゆきがしんくの隣に腰を下ろす。


 「柊には喧嘩するだけじゃなくて、何もしないで逃げることも覚えてもらわないとね~」

 「恨んでくる輩が全国に増えていきますよ。ほんともう、何なんだか....」


 チョコクロワッサンの最後の一かけを口に放り込む。鞄からチョココロネをだそうとしたが朝のことを思い出し、ゆきをちらと見て諦める。その代わりに手に持っていた飴をくわえた。


 「それで、ゆっきーはどうしてここに来たんすか?」

 「え、特にすることがなかったから学校探検してただけ」

 「ふーん、なるほど……?」


 学校探検で高校生が中学の校舎に入ってくるとは、相変わらずマイペースだなと思う。だが、ゆきはそのあとに一言付け足した。


 「でも、しんくに会えたからやることできたよ」

 「なんすか?」

 「『ファミリア』の居場所の特定」


 しんくの顔色が変わる。朝、画面越しにとはいえボスの顔を見てから『ファミリア』のことが気になっていた。

 しんくだけでなく彼ら全員にとって憎むべき相手。排除すべき敵。何年間も奴らを追ってここまで来た。

 もう少し、もう少しで『ファミリア』の尻尾を掴めそうなのだ。


 「ホント、ファミリアとかふざけた名前付けたよねぇ」

 「わかったんすか、場所が」


 緊張した面持ちで聞く。ゆきはスマホを取り出して、地図を表示させた。


 「なんとなくだよ。本拠地かどうかもわからない」

 「……この赤丸?何箇所かあるんすけど」

 「うん。それでしんくに聞きたかったんだ。どんどん絞っていきたいからねぇ~」


 地図をじっと見つめるしんく。そして少し小さめの声で指摘し始めた。


 「ここ行ったけど、何もありませんでしたよ。ここもっすねー」

 「ここね。じゃあ、こっちは行った?」

 「こっちも行ったんすけど警察がパトロールしてたんでないと思いますよ」

 「.....どこまで散歩してるの?すごいね」


 大分赤丸が少なくなると、ゆきがそれを見て呟いた。


 「この川辺が怪しいかなぁ」

 「川って……工場がたくさん並んでるとこっすか?」

 「廃工場とかもあるみたいだから……」


 川は学校に近い商店街を抜けた先にある。するとゆきが、放課後偵察に行ってみると言い出した。


 「でも一人じゃ危ないっすよ。何かあったときのために全員で行くのがいいと思います」

 「やっぱり?それじゃみんなで行こうか。でも早めがいいんだよねぇ」


 このことを3人にいつ伝えようかと話していると、真上でドタバタと音がした。よく聞きなれた声とあの下品な笑い声。階段から降りてきた後姿を見て確信する。


 「……柊と隊長追われてるっすね。なんでこっちの校舎に」

 「柊も自業自得だね~」



***



 「柊、こっちだ!早く走れっ!!」

 「何で殴ったらいけないんだっ」


 北斗の後ろをしかめっ面で走る柊。今にも北斗に飛び掛りそうだ。


 「生徒の前で殴るわけにいかねぇだろ!なるべく人気の少ないところで.....」

 「北斗に合わせてたら日が暮れる」


 下駄箱が並んだ広い空間に出ると柊が足を止めた。


 「おい柊!?これ以上敵を増やしてどうすんだ!いや、お前にとってそんなつもりはないんだろうけど」 


 北斗は一瞬考えを廻らす。


 「いやいやいやでもだめだっ!お前がいつか世界中から恨み妬み憎み嫉妬その他諸々を買って傷つくところを見たくないぞッ!!」

 「うるさい死ね」

 「その喧嘩っ早いの直せ!お前の愛は他の奴らには伝わりにくい・・・っておいおいマジかよ」


 下駄箱の陰から何人ものガラの悪い生徒が出てきた。ここで待ち伏せしていたのだろうか。


 「テメェら、今度こそ始末してやる」


 手をボキボキ鳴らしながら近づいてくる。北斗は相手をなだめようと愛想笑いを浮かべた。


 「いやぁ~、話せばわかるって。平和的に事を解決するのも親玉の役目だろ?」

 「残念だがオレはかしらじゃねぇ。だからオレはテメェらをシバく権利があるってことだッ!!」

 「て、ちょと待て!権利ってなんだよ!何か道理がおかしうぉわ!!」


 問答無用とばかりに一斉に飛び掛ってくる。柊は既にそれに応対し、どんどん周りに意識不明者を積み重ねていく。


 「こいつらが殴ってきたんだ。問題ないだろ」

 「ま、まぁ、正当防衛だよな、これは。うぉっ、あっぶねー!」


 後ろからも殴りかかってきた。そのまま腕を取り捻り上げ、次にきた奴に投げつける。すると、誰かが呻きながら声を上げた。


 「クソ!!テメェら何なんだよっ!」

 「どこのヤンキーだぁ?!喧嘩馴れしてるわ不味いアメ食わせるわ」

 「アメ?何のことだ、よっ!」


 北斗が男子を背負い投げする。


 「とぼけんじゃねぇぞ!テメェら仲間なんだろ、あぁ?」

 「そんなガンとばされても身に覚えがねぇ!」

 「あんな変なもん食わせやがって!!おかげで腹壊した奴が続出してんだぞッ!責任とれ!!」


 半泣きになりながら訴えてくる。北斗ははっとした。


 「しんくかっ!あいつがあの滅茶苦茶苦い、ゆきにしか食えないようなお手製甘さ控えめ号をやったんだな!!」

 「.....殺す」

 「え、柊?ちょやめ、なんで俺!!」


 柊が北斗にとび蹴りを食らわす。が、北斗は傍にいた男子を突き出し、奇声を上げたのはその男子だった。


 「柊!!落ち着けっ!何で俺にあたるんだッ」


 柊とチンピラの連続攻撃をなんとか防御しながら叫ぶと冷静な声が返ってきた。


 「ゆきを侮辱した」

 「してねぇー!!少なくとも俺にそんな気はないっってぇ!コラ人の話は最後まで聞けッ!」

 「うるさい死ね殺す。お前なんか屋上に逆さ釣りにして女どものサンドバックにしてやる」

 「おいやめろっ俺が悪かった!だからその蹴りをそいつらにかましてやれっ」


 とそのとき、横から赤いとんがり帽子のようなものが飛んできた。二人は避けながらその方角に目をやる。すると、そこには大量の赤いとんがり帽子が。


 「……あ?カラーコーン?何でそんなにあるんだよっ!」


 連中は一列に並んでカラーコーンを次々と投げ飛ばしてきた。


 「え、ちょっとそれはうおっ!」


 顔の横を掠める。柊はおやつを与えられた子供のように楽しそうに笑った。


 「機嫌直るの早いな……」

 「金髪はそのまま死んでろ」


 カラーコーンが後ろに山積みになっていく。と、そこで攻撃が止んだ。真ん中にいた男子が二人を指差して言った。


 「オイ、テメェら!!俺様の餌食になりたくなければ大人しく俺様を拝んで褒め称えろ!!」

 「は?」


 何を言っているのかわからず、北斗は思わず呆けた声を出した。


 「でなければ、お前らの仲間がどうなってもいいんだな?やっちゃうぞ?やっちゃうぞ?いいんだな~?」


 意味深な言い方をする。北斗はちょっとイカレた男子を見ながら、困ったように言った。


 「いやぁ、手出されても困るけど・・・・具体的に誰を?」


 男子は口端をニタァと吊り上げ、待ってましたと言わんばかりに手を腰に当てた。


 「あの、ひ弱そうな中等部のガキだよ」

 「!!」


 それを聴いた瞬間、二人の目つきが変わった。鋭い目をしてボキボキと指を鳴らす二人に、男子が驚き一歩後ずさる。


 「え?え?」


 彼は間違っていた。仲間を餌にして脅せば引き下がると思っていた。だから既にそいつを捕らえて連れてくるように指示も出した。

 しかし、二人には逆効果だったらしい。よりにもよって燈夜を餌にするとは。


 「ぶっ殺す」


 それだけ言うと柊が男子に殴りかかる。それを合図に再びカラーコーン攻撃が始まった。カラーコーンが邪魔で前に進めない。北斗が舌打ちすると、後ろに積み重なったカラーコーンに手を伸ばした。



***



 男子生徒は走り出した。ひ弱なガキを連れてくるという指示を止めるためだ。スマホを持っていることも忘れて無我夢中で走る。

 2階に上るとそれはすぐ見つかった。とても痛々しい状況で。


 「いやぁ~、すいませんね。まさか燈夜さんがこんなにお強い方だとは知らなくて」

 「いえ……あの、こちらこそ……すみませんでした」


 廊下の壁に背をもたれて座っている男子に、燈夜が手当てをしていた。湿布を張ったり、包帯を巻いたりしている。その姿を見ると男子は膝から崩れ落ちた。自分は同世代の誰よりも強い自信があった。どこよりも強い集団に属していると思っていた。


 ————それなのに、こんなにも簡単にやられるなんて。


 男子のプライドや矜持、その全てがボロボロになった瞬間だった。

 手当てをしてもらっていた男子が自分を見ている存在に気づき「神崎さん!」と叫んで慌てて立ち上がった。


 「神崎さん!すいませんしたっ!オレ失敗しちまって」

 「いや……いいんだ。もうだめだな。かしらになんて言えばいいんだ……」

 「神崎さん……。お、オレも一緒に謝りますっ」


 燈夜は首をかしげながらしばらくその光景を見ていた。やがて、神崎の精神も回復してきたところで燈夜が質問した。


 「もしかして……みんなが、迷惑をかけましたか?ケホっ」


 燈夜の声を聞き、神崎の顔がみるみる蒼白になっていく。神崎は燈夜に頭を下げて震える声で言った。


 「ち、違うんっす!俺様が悪いんです!すいません、すいませんっ赦してくだぐはぁっ!!」


 言い切らないうちに神崎は倒れた。というより蹴り倒された。


 「殺す。今すぐその腐った目ん玉飛び出るくらいにお前の頭カチ割ってやる」

 「燈夜ーーー!!大丈夫か無事か?!悪い人にはついて行っちゃだめだぞっ」


 北斗がぎゅうっと抱きついてくる。軽く頭を踏んで殺気立っている柊に慌てて声をかける。


 「柊!僕は何もされてないですから、ケホっケホっ」

 「燈夜風邪かッ?!今すぐ早退して薬飲んで寝るぞっ」

 「大丈夫ですから……。それよりその人ケホっ」


 早く話そうとする度に咳がでる。そしてその度に柊の怒りボルテージが上がっていく。


 「……殺す!」


 今まさに蹴り殺そうとしたその瞬間に軽快な音楽が流れ出した。柊は耳障りな音源を手に取り、ボタンを押し耳に当てる。


 『やっほ~☆ 柊今暇っすね。オレもすることがな』


 ブチッ


 「.........」


 スマホを握り締め再び足を上げる。


 ~~~♪


 今度は北斗だった。


 『もしもし北斗?僕いますごく暇でさ』


 そして、重なるように柊のスマホが音楽を奏でる。震える手でスマホを持ち、またも通話ボタンを押す。


 『柊、放課後遊びに行かないっすか?面白いとこがあるんすよ~』


 『みんなも行きたがると思うんだよね~』


 柊と北斗は深く息を吸い込んだ。そして、


 「「今忙しいんだよ!あとにしろっ!!」」


 画面越しに怒鳴った。しかし、相手は全く気にしていないようで普通に話しかけてくる。


 『もちろん行くっすよねっ!商店街の傍なんで店も少し見たりして』

 「お前一人で行ってろッ!!」


 『雑貨屋さんとかもあるみたいなんだ。北斗も気になるでしょ?』

 「雑貨に興味はねぇ!!つか、後ろでしんくの声が丸聞こえだッ!」


 スマホが潰れるのではないかと心配になるほどぎゃーぎゃー騒いでいるすきに、燈夜は北斗の腕を抜け出した。そして腰を抜かして座り込んでいる神崎に近寄って行く。


 「大丈夫ですか……?すみません、怖い思いをさせちゃって……今のうちに逃げてください」

 「すいませんっこの恩は必ず返します!お、おい!早く支えろっ」

 「はいっ!」


 湿布を張った男子が神埼を支えて立ち上がる。それを見送ってから、柊と北斗の方に向き直った。


 「ケホっ、隊長、そろそろ授業が、ケホっケホっ」


 裾を引っ張りながら言うと、北斗が気づきスマホに向かって叫んだ。


 「そうだッ!もう授業が始まるぞ!ゆきも早く戻れ!!」


 通話を切り柊にも同じ事を言う。


 「ほら、柊も終わりだ。燈夜が言ってくれなきゃ遅れてたぜ。ありがとな、燈夜。……燈夜?」


 顔が赤い。息も荒くなっていた。北斗にしがみつくように立っていたが、燈夜は膝から崩れるように倒れ込み、そのまま意識を手放した。

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