アンドロイドフィリア
ケンゾウは、いつものうようにARコールで、出資先企業の社長、両津と面談していた。
「お見せしたいものがありまして、弊社お越しいただきたいのです」
両津は、熱のこもった声で言う。
「何か面白いものでもできましたか」
「ええ」
両津の会社は小規模ながら、国内でも有数の技術開発力を誇る。両津がそう言うのなら、きっと面白いものが見られるのだろう。
ケンゾウは楽しみに思いながら「それはぜひ伺いたいですな」と言った。
「ええ、もう、ぜひ」
「ちなみに、そこにシータは同行できるのか?」
「……いえ、機密事項が多く、アンドロイドの同伴は難しいのです」
その一言を聞いた瞬間に、ケンゾウの表情があからさまに曇った。
「では行かん」
「……そこを何とか」
「行かん」
シータ、というのは、ケンゾウが何よりも大事にしているアンドロイドだ。
ケンゾウは、どこに行く時も必ずシータを同伴させる。
同伴が許されない場所には絶対に行かない。
その噂は両津も知っていたのだが、それは所詮噂だろう、と信じてはいなかった。
「そ、そうですか……」
こうなったら絶対に折れない、というのはケンゾウの周囲にいる人間なら誰でも知っている。
「代わりに平田を行かせるから、よく見せてやってくれ」
「承知しました」
そう言ってARコールを切る直前、両津の表情に軽い侮蔑のようなものが混じったのを、ケンゾウは見逃さなかった。
どうせコールを切った後、「あのアンドロイドフィリアめ」などと言われているのだろう。
ケンゾウは少し面白くなく思いつつも、そこは銀行のトップに立つ身。そんな些細な事で立てるような腹は持っていない。
ケンゾウが、シータという名のアンドロイドをどこへでも連れて行くようになったのは、ちょうど半年前からだ。
その頃、ケンゾウは大きな事故に遭った。その時身を挺して助けてくれたのが、秘書として仕事に同伴させていたシータというアンドロイドだった。
ケンゾウはそのことにいたく心を打たれたようで、それからというもの、どこに行くにもシータを連れて行く。時にはトイレに用を足しに行く時さえ、シータを連れて行く事があるというのだから、その執着ぶりは凄まじい。
そんな彼の事を、陰で「アンドロイド狂」「アンドロイドフィリア」などと呼ぶ輩がいるのは、ケンゾウ自身も知っている。
アンドロイドが一般化してきたこの時代、ある種の性癖として、そういう趣味がある事は、大人なら誰でも知っている。それはどちらかというと「怪しい」「アブナイ」趣味だというのが世間一般の認識で、その趣味をわざわざ自分から暴露する者はいない。
ケンゾウのように、アンドロイドを常に同伴させ、わかりやすくアンドロイド趣味を公言している人間――しかも、社会的に地位の高い人間などというのは、他にはいない。
それゆえ周囲からたくさんの侮蔑の視線を受けるが、それでもケンゾウはシータを連れて歩くことをやめない。
さて、次の予定は、商社社長との会食だったか。
シータと連れ立って、フレンチレストランに赴くと、好々爺、と呼ぶべき柔和な雰囲気の、しかしどこか油断のならない老人がケンゾウを出迎えてくれた。
「やあ、どうもご無沙汰しております」
「どうもどうも」
ケンゾウは老人と握手をしながら、にこやかに挨拶を交わす。
「最近どうです、あちらのほうは」
そう言って、ケンゾウはゴルフのスイングをする仕草をした。
このご老人は、ゴルフが何よりの楽しみで、何度かコースを一緒に回ったことがある。
「や、最近はなかなかコースを回る時間が取れませんでな。バーチャルでの練習ばかりですよ」
「おや、そうなんですか? またコースご一緒したいものですが」
「いいですな。では近いうちにまたご一緒しましょうか。もちろん、アンドロイドOKのコースで」
シータを見ながらそう言うご老人。
さすがにこの御仁も、ケンゾウのアンドロイド趣味については把握しているようだ。ケンゾウは内心嫌な汗をかきながらも、
「いやぁ助かります。じゃあ近い内にぜひ」
そう、ニコニコと表情を崩さずに答えた。
すると老人は、「そういえば、1年前にご一緒した時のケンゾウさんのあれは傑作でしななぁ」
「1年前というと……」
そう言いながら、ケンゾウは耳に神経を集中させる。
すると、補聴器を模したイヤホンから、シータの声が『1年前コースをご一緒した時、ケンゾウ様がなぜかバンカーから全く抜けられなくて笑えるほどひどいスコアをお出しになった』と告げた。
そうか、なるほど。ならば――
「あのバンカーの」
「そうそう」
「いやぁ、銀行家がバンカーにハマるとは……でしたなぁ」
そう言ってケンゾウははっはっはと笑った。
そう。誰になんと言われようとも、アンドロイドフィリアだの何だのと言われても、ケンゾウはシータをどこにでも連れていかなくてはいけないのだ。
公表していない事だが、ケンゾウは半年前の事故で記憶を失っている。
秘書として長く連れ添い、全てを記憶していてくれたこのアンドロイドが、ケンゾウの記憶の全てなのだから。
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