母さん助けて

「俺だけど」

「はいはい……おやまあ」

テレビ電話の着信に、老婦人は目を細めた。

画面に映るのは、おじいさんにどこかよく似た目つきをした、自分によくにた輪郭の壮年の男性。珍しいこともあるものだ。あの無精者の息子が、あちらから連絡してくるなんて。

「久しぶり」

「久しぶりだねぇ。あんたから連絡してくるなんて珍しい」

「いやぁ、最近活動のほうも一段落ついて、久々にお袋の顔が見たくなってさ。元気?」

「おじいさん共々元気ですよ。昨日も一緒に榛名山に登ってねぇ」

「へぇ、それはいいね。こっちは登るのにいい山とか近くにないから羨ましいよ」

息子は今は中東の、砂漠にほど近い地域に住んでいるのだったか。元々登山が趣味だったのに、今は近場に登れる山がないらしく、その事をよくSNSでボヤいている。

「でもおじいさんが少し膝を痛めてしまってね。年は取りたくないもんだねぇ」

「大丈夫? 長く痛むようならちゃんと診てもらってよ」

「そうだねぇ。そうするように言っとくよ」

それからしばらく、互いの近況だとか孫の事だとか、世間話だとかをあれこれ話した。

何ヶ月かぶりの通話なので、話す事も尽きない。あっという間に何十分という時間が過ぎた。

「さて、そろそろ晩御飯の支度をしないと」

「そっちはもうそんな時間か。とにかくお袋が元気そうでよかったよ。……あ、そうだ」

「?」

「最近一つ気になる話があってさ」

息子の話によれば、中東にあるエドレアという小国が今、深刻な状態にあって、子供たちが必要な医療処置を受けられない状況にあるそうだ。

「そんな事になってるんだねぇ……」

医者として様々な地域で支援活動をして暮らしている息子にとって、それはやすやすと看過できない話だろう。

「僕も色々と支援はしてるんだけど、手が足りてなくって」

「そうなのかい」

「お袋の力、ちょっと借りたりできないかなって」

「それは助けてあげたいねぇ」

自分もかつては看護師としてたくさんの患者の面倒を見てきた身だ。病気で苦しんでる子供たちがきちんと診てもらえないと聞いては放っておけない。

とはいえもう老いさらばえた身。現場に行ってどうこうするというわけにもいかない。

「せいぜいお金くらいしか出せるものはないけど……」

「助かるよ。じゃあ、ここで援助受け付けてるから、よかったらお願い」

画面の隅に、援助を受け付けるWebページが表示された。

「はいはい。じゃあ、体に気をつけて……っていうのは釈迦に説法かね」

「いやいや、お袋も気をつけて。じゃあまたね」


通話を終えて、老婦人はWebページから、早速いくらかのお金を振り込んだ。

状況が改善されるまで毎月定額を振り込むプランもあったので、いっしょに設定しておく。

大した額ではないけれど、これでどこか遠い国の子どもたちが少しでも救われるのなら、払う甲斐もあるというものだ。


「……何かの詐欺だったんじゃないのか? 最近AIを使って息子の姿を作ってお金を払わせるようなの多いって話だろう」

横で聞いていた夫が、真っ白な髭をこすりながら言う。

「いえいえ、ほら、おじいさん、このチェーンの履歴をご覧になってくださいよ」

端末で、振り込んだ口座の情報を見せる。

「私が払ったお金は、確かにエドレアという国の困っているお子さんたちに届いたようですよ」

そこには確かに、婦人が振り込んだお金がいくつかの銀行を経由して、エドレアという国の医療機関で医療器具や医薬品と交換された履歴が表示されていた。

この手の寄付に使う口座は、オープン口座といって、その口座を経由したお金の流れが全てブロックチェーンに記録され、可視化されるようになっている。

「そうか。ならよかった。いいことをしたな」

「はい」

老夫婦は穏やかな日差しの中、満足げな表情で頷きあった。



人々が労働から開放され、社会との接点を失いがちな人の多いこの"シンギュラリティ以降"の時代。こんなふうにして慈善事業への貢献をする、というのは、社会との接点を持ち、社会に貢献したという実感を得るための大切な機会だ。

先の電話が本当に息子からだったのか、そして、このエドレアという国に、困っている子どもたちが実在するかは、この老夫婦が知る由もなければ、知る必要もない事だ――

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