田舎暮らし
「ミカ、こっち」
入り口のあたりでキョロキョロしているミカに手を振る。
ミカはすぐに気づいたようで、応えるように手を振りながら席の方にやってきた。
「ひさしぶりー」
言いながらソファに滑り込んできたミカは、昔と比べるとちょっとふっくらしただろうか。といっても不健康な感じではなく、肌ツヤもいいし、健康的な感じだ。
「とりあえず何か飲む?」
「じゃあ、あったかいココアがいいな」
「相変わらずコーヒー苦手なの?」
「うん」
ウェイターさんを呼んでココアを一つ注文。
「この店も懐かしいねー」
「でしょ。っていうかもう何年ぶり?」
「5年……くらい?」
「もうそんなになるのかぁ」
「この辺は変わらないねー」
「まあ、再開発とかするような場所じゃないからね」
ミカとは大学時代のサークルの同期。
ここ数年はお互いの引っ越しなどあって疎遠になっていたけど、5年前くらいまではよく一緒に遊びに行ったりしていた。
「それよりさ」
「なに?」
「どうなの、田舎暮らしはその後」
ミカに1番聞きたかったこと。
ミカと最後に会ったのは5年前。
急に引っ越すというので、ちょっとした送別会のような感じで会った。
その時の引越し先というのが、なんと都心からは離れた自然の多い田舎町。
都会でバリバリ生きる、みたいな雰囲気だったミカがまさか、と驚いたものだ。
本人も「都落ち」だなんて自嘲気味に言っていたけど、その後一体どうしていたのか。
「それがさ……」
少し言いよどむような様子を見せるミカ。
やっぱり田舎というのは大変なんだろうか。
「いや、ほんとすごいところだったよ。まず、引越したらすぐにその地域のコミュニティに強制参加。なんか歓迎会みたいの開かれちゃって」
「うわー」
「お隣さんに醤油借りる、みたいのって昭和の話だと思ってたんだけど、実際にあったし」
「マジ?」
「自分がどこで何やってるかとか大体みんなに筒抜けだし。プライバシーとかはないよね」
「すごいね……」
「挙句の果てにはお見合いしろって急に何人か紹介されたりしてさ……」
「したの? 結婚」
「……うん」
「マジ?」
「マジ」
言われてみれば左手の薬指に、銀色に輝くものがある。
「で、子供ができたらすぐに近所のお年寄りとかが面倒見にきたりとか」
「へぇ……」
「最近も子供会とか町内会とか、お母さん会とか、旦那の会社のイベントとか。そういうのでイベントだらけ」
「うわぁ……ほんとすごいんだね」
「うん。ほんと……」
ミカの表情が変わる。
「最高」
その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
思えば5年前、東京にいた頃のミカがこんな表情を見せる事はなかった。
一緒にお酒を飲んでは「彼氏が」とか「上司がさー」とか、朝まで愚痴を言い合うような事が本当に多かった。
それがこんないい笑顔で笑うようになったなんて。
さぞや満足のいく暮らしができているのだろう。
ミカが引越した「田舎」というのは、とある企業が中心になって作った実験都市だ。
人が安全安心に幸せに暮らせるよう、人の性格だとか好きなもの、知性や倫理観など色々なものを分析して、そこに住む皆が最高の暮らしができるように支援してくれる。
その支援システムの力によって、ご近所さんは相性のいい人ばかりだし、住む場所や所属するコミュニティ、勤め先や学校など、ありとあらゆるものが本人にとって心地よいものになるよう調整されている。
そのシステムにあれこれデータを提供する必要がある関係で、多少プライバシーがないところはあるけど、周囲が信頼できる人ばかりであれば、それはむしろ利点になる、らしい。
「いいなぁ、私も引っ越そうかなぁ。今度同じような実験都市がわりと近くにできるんだよね」
「いいと思うよ。ほんとオススメ!」
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