シーニャの人

南アジアを旅している時に、私はその一団に出会った。

彼らは皆太陽の下、ビーチでくつろぐ時に使うような椅子の上で、ただただ寝ていた。


「あれが噂の……?」

「そ。シーニャの人達」

同行の友達が頷いた。彼女はこの辺りに長く住んでいた事があるので、ここ周辺の事情には詳しい。

「ほんとに、緑なんだ……」

そう、緑なのだ。

何が、というと、彼らの肌が。

全身の肌が緑の人、というのは、映画の中なんかでは稀にあるけど、実際に見るとなかなか衝撃的だ。

「あの人たちは『第一世代』だね」

「第一世代?」

「えっと、シーニャの人たちも生まれた時期によって特徴が違うのね。第一世代の人は、姿が1番人間らしいの」

「そう、なんだ」

人間らしい、ということは人間らしくない人もいるのかな。

ちょっと気になりつつ、でもあまりジロジロと見るのも悪い気がして、私は目を逸らした。


シーニャ、というのは、シーニャ教という、この地方に古くからある宗教のことだ。

シーニャ教は、ありとあらゆる殺生を禁じる戒律があって、動物も、植物も、昆虫や微生物レベルのものも一切殺してはいけないことになっている。

しかし生きるためには食べねばならず、食べるためには殺さねばならない。それが自然の摂理というもの。

信者たちはそれに葛藤しながら、常に必要最小限のものを食べ、必要最小限の移動をし(移動をすると虫などを殺してしまうかもしれないので)、暮らしていたそうだ。


ところが40年ほど前、とある科学技術によって、シーニャ教徒の生活は激変した。

熱心な教徒であった科学者の手によって、人間の皮膚の細胞に葉緑素を取り込み、光合成を行えるようにする技術が開発されたのだ。

皮膚を太陽に晒しさえすれば、エネルギーを作る事ができる。これなら、何も殺さなくてもいい。

シーニャ教徒たちは大喜びし、皆進んで肌を緑色にしていった。

結果、今では皆ああして太陽の下で過ごす暮らしをしている、というわけだ。



最初の一団から離れて10分ほど歩いたところで、

「あれもシーニャ教の人達だよ」

同行の友達が草原のあたりを指さして言った。

「えっ?」

彼女の指差した方向を見るが、そこに人がいる様子はない。

何か不思議な形をした、大きな植物がいくつか点在しているけど――

「あれが第5世代のシーニャ教の人」

「あれが、人……?」

言われてみれば確かに四肢もあり、頭もあり、人間のような構造はあるように見えなくはない。

でも、それはどう見ても人には見えなかった。

これを何と表現したらいいだろう。マネキンを濃い緑にして仰向けに寝っ転がし、それを高い熱で溶かして冷ましたような――

「日光を効率よく集めるために平らになったんだって」

「そう……なんだ」

彼女が言うには、第5世代はもはや人としての形を捨て、より目指す生き方に近づけた姿なのだという。

じっとして動くことはないので、運動に関わる脳や骨格、筋肉は全て退化させることでエネルギー消費を抑え、水分は雨を貯めたり地面から吸い上げられるように変化。肌は太陽のエネルギーをより多く受け取れるよう表面積を増やすために少し波打つ形に。肺は小さく、平らなので血流を回すのに大きなエネルギーはいらないので心臓も小さくなり、食事は取らないので消化器官もほとんど退化させてある。

そうやって体のありとあらゆる部分を、何者も殺さずに生きるために最適な形に変化させた結果、おおよそ人とは似つかぬ姿にたどり着いた、ということらしい。

その結果、第5世代のシーニャ教徒は、生まれてから死ぬまで一切の殺生をせずに生きることができるようになった。


ちなみに、これほどまでに人から遠い姿になっていても、人としての暮らしの全てを捨てているわけではない。

ブレイン・マシン・インターフェースを介して他の人とのコミュニケーションを取ったりはしているらしい。さらに昆虫のようなマイクロマシンにより、精子と卵子が集められ、子を作ったりもしているそうだ。


「それにしても……」

私は、そんな第5世代のシーニャの人々を見ながら思う。

「これってもうほとんど本当の植物と区別つかないよね……」

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