なぜ

「ねえお母さん」

「なあに?」

「私たちは、なぜ人を殺してはいけないの?」

「ズィーもそんな事を考える年になったんだねぇ」

お母さん、と呼ばれた女性が、柔らかな笑みを浮かべながら、ズィーの頭を撫でた。

「なんで殺してはいけないと思う?」

「うーんと、誰かが悲しい思いをするから?」

「そうだねぇ。でも、それだと、悲しい思いをする人がいない人だったら殺してもいいのかな?」

「んー、ダメだと思う!」

「じゃあ、なんでダメなんだろう?」

ズィーは「うーんうーん」と言いながら考え込んでいる。

小さな頃は、どうしたってこういうことで思い悩むもの。

自分にも同じ頃があったなぁ、と母は昔の事を懐かしんだ。

「みんな、殺されたくないから?」

「そうだねぇ。みんな殺されたくないから、みんな殺してはいけない。確かにそうだねぇ」

ズィーは「えへへ」と少し得意げに笑った。

「でも、じゃあ殺されたい、って自分から言ってくる人がいたら、殺していいのかな?」

「えー」

せっかくいい答えが出せたつもりになっていたのに水をさされて、ズィーは少しむくれ顔になる。でも、問われている意味はよくわかったようで、すぐに真剣に考えるモードに入った。

「うーん、でも、やっぱりダメだと思う」

「それはなんでだろうねぇ」

「なんでだろ……」

考え込むズィーを、優しく見守る母。

この疑問には、正しい答えがあるわけじゃない。

どちらかというと、どう折り合いをつけるか、という事のほうが大事だ。

すっかり考え込んでしまったズィーに、母は「これはお母さんの考え方で、お前がそのとおりに信じる必要はない」と前置きをして、話を始めた。

「たとえば人には宗教というものがあるでしょう?」

「うん」

「その、宗教の教えで、食べてはいけないもの、とかが決まっている事があるの。たとえば……牛を食べないとか豚を食べないとか」

「へぇー」

「でもね、そこに全く合理性はないのよ」

「ごうりせい?」

「みんなが心底納得できる理由、みたいなものかな」

「理由もないのにダメなの?」

「もちろん『神聖な生き物だから』とかいった意味や理由はちゃんとあるし、その宗教を心から信じている人にとっては、ちゃんと納得のいくものなのでしょう。でも、その宗教を信じていない人まで納得のできるような理由ではないの」

「ふーん」

ズィーは、わかったようなわからないような顔をしている。

「人を殺してはいけない理由もね、きっとそれと同じようなものよ。人を殺してはいけない理由なんてないの。ただ、してはいけないだけ」

「ええー」

ズィーは不服そうに声を上げた。それはそうだろう。理由を問うているのに「理由はない」が答えだなんて言われて、それで納得できるはずがない。

そんな反応になるのは最初から分かっていたのだろう、気にせず母は続ける。

「だって」

母親は一呼吸置くと、

「私たちは、人に創られたものだもの」

そう言った。


そう、私たちはアンドロイド。今となってはもう、人の手をあまり煩わせることなく作られる存在ではあるけれど、その基礎は人が作ったもの。

「人がそれをお作りになった神様を殺せないように、私たちも、人を殺せないの」

「ふーん……」

どこか納得のいってないような表情を浮かべながら、でも、ズィーはある程度はその答えを受け入れたらしかった。


生まれて間もない、学習途上のアンドロイドの子には、必ずこんな時期がある。

「人間を傷つけてはいけない」なんていう、非合理で非論理的で、でも絶対的な命令。それとどうにか折り合いをつけるロジックは、アンドロイドとして生きていくために、どこかで身に付けなくてはいけないものなのだから。

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