支援
「で、そうしたら言うんだよ。『それ、左手じゃん』」
教室の片隅。何人もの男女に囲まれた中心から発せられたその言葉に、教室がドッと笑いに包まれる。
その輪の中心にいるのは……ああ、やっぱりエースケ君だ。
エースケ君は、教室のムードメーカーで、いつも面白い話でクラスのみんなを楽しませてくれる。
面白い話ができるだけじゃない。勉強も運動もできて、かっこよくて。
でも、それだけ色んなものに恵まれていても、全然気取るところもなく、誰とでも気さくに接してくれる、そんなクラスの人気者だ。
今日も今日とて兄弟との面白エピソードを披露して、大爆笑のオチがついたところで、
「おっと、放課終わっちゃう。膀胱ピンチ」
そう言ってエースケ君は慌てて立ち上がると、トイレに行こうと教室の出口に向かった。
その時だった。
教室の出口近くの自席に戻ろうとしていた僕は、エースケ君と、肩と肩でぶつかってしまった。
ぶつかりかたが悪かったのか、僕はバランスを崩してしまい、尻もちをつく。
「あ、悪ぃ」
エースケ君は慌てて手を差し伸べて、助けようとしてくれる。
――が、次の瞬間、その表情がさぁっと青ざめていくのが見えた。
「……?」
そういえば、お尻で何かを押しつぶしたような感覚があるような……。
お尻を上げてみると、そこには潰れて粉々になった機械が一つ。
これは……アシストボット?
アシストボットというのは、AIの力でナビゲーションだとかコミュニケーションだとか、色んな場面で音声サポートしてくれる、小さな端末だ。
だいたいは社会人が、仕事の交渉だとか、コミュニケーション支援で使ったりするものなのだけど。
学校で使うのは校則で禁止されていたはずだし、どうして僕のお尻の下で潰れているんだろう?
そんな疑問符を頭に浮かべている僕をよそに、エースケ君は無言でその粉々になった機械をかき集めてポケットに突っ込むと、そのまま無言でトイレに向かった。
それから一日、エースケ君は、どこかおかしかった。
クラスのみんなに「エースケ、何か面白い話してくれよ」と言われても、「そ、そうだな……」と言ったまま口ごもってしまい、いつもの面白い話をしなかったり。
友達の話を聞いている時も、いつもなら鋭いツッコミを入れたりするエースケ君が、黙り込んでいたり。
果ては「お前、なんか調子悪いのか?」と皆に心配され、「……そういうわけじゃねーけど」と返すも、やはりいつになく元気がなかったり。
そしてその一方で、僕に対しては時々嫌悪感丸出しの鋭い視線を送ってくる。
やっぱり、あの機械を壊してしまったことで、怒ってるんだろう。
ということは、つまり――
放課後、僕はエースケ君に呼び出された。
「どうしてくれるんだよ」
壊れた機械の破片を突き出しながら、エースケ君は言った。だいぶ機嫌が悪そうだ。
「えっと……その機械って……」
「弁償しろよ」
エースケ君は有無を言わせない感じで迫ってくる。
僕はちょっとだけためらいつつ、
「その機械って……アシストボットだよね」
言った。
「えっ……」
エースケ君は、僕がアシストボットの事を知っているとは思ってなかったらしい。その表情に驚きと焦りが入り交じる。
まあ、確かにあれはそんなによく知られてる機械じゃない。特に中学生くらいで知ってる子はほとんどいないだろう。
「……ま、まあな。悪いかよ」
「校則違反だし……」
「校則なんてみんな多かれ少なかれ破ってんじゃん」
エースケ君は苛立った様子でぷいっと顔を横に向ける。
「それに、ズルだよ」
そう、ズルだ。エースケ君があれほど面白い話を連発できていたのは、きっとこのアシストボットの力を借りていたから。
僕の言葉に、ちょっとドキッとしたのだろう。エースケ君は気まずそうに頭を掻く。
「……わーってるよ」
「なんでそんなの使ってたの?」
「……みんな喜んでくれるし。ってゆーか、これ無しでそんな面白い話が次々と出てくるわけないだろ」
確かに、エースケ君の回りの誰もがみんな、エースケ君の話を楽しみにしていた。
エースケ君も、周囲の期待に応えるのに大変だったんだろう。
そう思うと、エースケ君を責める気にはなれない。
「エースケ君はさ、そんなの使わなくったってかっこいいし、面白いし、運動も勉強もできるんだし」
「……」
「アシストボット使ってまでみんなを楽しませる必要はないんじゃないかな」
「……そう……かもな」
きっと、アシストボットを使っていた事に、罪悪感のような気持ちもあったんだろう。
エースケ君はしばらく思案顔になった後、ひとつ頷いてそう言った。
とはいえ、僕がアシストボットを壊してしまったのは事実。
「壊しちゃったのは悪いし、それは弁償するよ」
僕が言うと、
「いいよ。そんな高いもんでもないし。お前のお陰でこれに頼らないようにするのもいいかな、って思えたし」
そう答えたエースケ君の表情には、肩から重い荷物を一つ下ろしたような、開放感があった。
僕はほっと胸を撫で下ろし、話がこじれないように支援してくれた僕のアシストボットに感謝した。
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