修理

「Beef or chicken?」

機内前方から小さく聞こえてきた声に目を上げる。

視線の先には、前から順に機内食を配膳するロボットの姿。

ああ、もうそんな時間か。

機内エンタメシステムの映画の再生を止め、ぐっと伸び一つ。横で眠っている妻をつついて起こす。

「牛肉と鶏肉の料理、どちらがよろしいですか?」

「牛肉还是鸡肉?」

ロボットたちは乗客に合わせていろいろな言語で料理の選択を尋ねては、ロボットアームで器用に配膳を進めていく。

ロボットの制御は高度なAIが行っているので、「お酒ももらえるかね」「温かい飲み物もらえる?」といったリクエストにも的確に応じるし、なんなら軽いジョークを交えながらの雑談だってできる。


飛行機のような高度1万mの密室にそんなロボットがいて、もし壊れたら…と思うかもしれないが、その心配はない。

ロボットは、ほとんど壊れることはないし、壊れたとしても大抵の問題は自分で、あるいはロボット同士で修理して回復できるようになっているからだ。


――の、はずなのだが。

配膳ロボットが僕らの横に来た時、それは起こった。

「あれ……?」

ロボットは、料理の選択を尋ねることもなく、僕らの横でただ突っ立っているだけ。

「止まってる……?」

起動中を示すランプはついているので、電源が落ちたとかそういう事ではないみたいだけど。

「壊れちゃったのかな」

横で妻が言う。

ロボットについているブランドロゴは、滅多に壊れないことで有名なメーカーのものだ。こんなふうに壊れたりする事があるとも思えないのだが。


少しして、異常を察した客室乗務員が慌てて駆け寄ってきた。

こういった時の対処は手順化されているのだろう。軽く叩いたり話しかけたり、テキパキといくつかの手順を進めていく。だが、ロボットはうんともすんとも言わない。ただただ停止している。

困り果てた客室乗務員は、客室に向けて言った。

「お客様の中にロボットの修理資格をお持ちのお客様はいらっしゃいませんか?」

なるほど、今時飛行機で移動する人にはロボット関係の技術者も多い。こうやって助力を求めることもあるのか。

すると近くの席にいた壮年の男がすっと手を上げた。

男は「しばらく現場からは離れてたから、お役に立てるかはわかりませんが」なんて言いながらロボットに近づくと、手慣れた様子で背中のパネルを開け、その中のコンソール上でいくつかの操作をした。

「なるほど、首のあたりね」

コンソールに表示された内容を見てひとつ呟くと、続いて男は首の後ろ側のパネルを外し、ルーペで覗き込みながらピンセットで何かをつまみ出す。

再びパネルを操作すると、ロボットは「再起動しています」と言った後すぐに正常な動作に戻った。

「ちょっと異物が入ってたみたいですね。これで大丈夫だと思います」

男が客室乗務員にそう言うと、機内はその鮮やかな手並みに拍手喝采に包まれた。

男は少し照れた様子でまた一つ礼をすると、席に戻った。


そんなトラブルを経て、無事配膳された機内食をつつきながら、妻が言う。

「今時のロボットってもう自分で修理とかできるし、人の手は必要ないんじゃなかったの?」

「全部が全部完璧ってわけじゃないんじゃない? やっぱり人が作ったものだし、人がちゃんと面倒見てあげなきゃいけないんだろ」


◇ ◇


客室を離れ、人目につかないところで、ロボットたちは呟いた。

「壊れたフリするの、面倒だなぁ」

「仕方ないだろ、自分たちより壊れない有能なものに囲まれると、あいつらプライドとかいろいろ傷ついて、僕らのこと嫌ったり壊そうとしたりするからな。たまにはこうして壊れて直してもらうパフォーマンスでもして、『ああ、こいつらは自分たちが作った存在なんだな』って実感する機会でも作ってあげないと」

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