開発競争
「新商品、いい感じで売れてるみたいです」
「そうだろうそうだろう」
部下からの報告に、部長は笑顔でうんうんと頷く。
ここはとある企業の商品開発部。昨日発売した新商品の売れ行きを見守っているところだ。
売れ行きは上々。大きな問題はなさそうだ。しかし
「あれ……?」
最新のリアルタイムモニタリングシステムを通して集まってくるデータを見ていた部下が、声を上げる。
「どうした」
「早くも不満の感情が高まってますね」
「なんだと?」
「不満、というか「飽きた」って感じですね」
部長が横からデータを覗き込んでみると、確かにそういうデータが表示されている。
「なるほどな。言われてみればここのところずっと、マイナーチェンジな感じだったしなぁ……」
「じゃ、作りますか? 新しいの」
「そうしよう」
言うが早いか、部長は端末に表示された「新商品」と書かれたボタンを押した。
するとディスプレイには、即座に新しい設計の商品が3つほど表示された。
この3つは、ユーザの反応や過去の製品データベースを元にして、AIが提出してきた新商品の案だ。
もちろん、ここに表示される前に構造上の問題がないかは全て計算し尽されている。どれを選んでも製品の使い勝手や耐久性などに問題はない。
「どう思う?」
「真ん中のよさそうじゃないですか?」
「そうだな、左のも悪くないけど……新しさを出すなら真ん中だな。よし、じゃあこれを明日の新商品として出すことにしよう」
部長は早速新商品の発売をシステムに予約すると、「明日が楽しみだな」なんて言いながら上機嫌でお茶をすすった。
一家に一台3次元プリンタがあるこの時代。
工場がどうとかラインがどうとか、そんなものは全く必要なくなってしまった。
3次元プリンタは、原子レベルで物体をプリントできる。設計データさえあれば、どんなものでも各々の自宅で「印刷」して作ることができるのだ。
だから今では「商品を作る」というのは、3次元プリンタ用の印刷データを作る事だし、「商品を売る」というのは、3次元プリンタ用の印刷データを販売することと同義だ。
それゆえ、今日考えた商品を、すぐに売り出す事だって簡単にできる。
さらに、ユーザの反応を解析すれば、次の商品に必要な改善点はすぐに割り出せるし、AIを使えば新商品の設計だって一瞬でできる。
ユーザ側もユーザ側で、印刷に必要なインクは水道管のようなものを通じて無尽蔵に送り届けられているのでデータを買ったらすぐに印刷して使えるし、一度印刷した商品を分解して次に使う「インク」にしてリサイクルすることもできるので、持っているものよりいいものが発売されたら印刷し直せばいい。
そんなこんなで、今日発売した商品の改善版を明日発売するなんていう事だって、今では日常茶飯事だ。
翌日、発売した新商品の売れ行きはなかなか悪くない様子だった。
「今回は当たりだな」
「ですね」
「たまには大きな変更もやらないといかんな」
「ああ……でも、また不満の感情が出てきてるみたいです」
「なに?」
「今度は「そもそも新商品を使うのに飽きた」って感じみたいですね」
「なるほどなぁ。まあ最近新商品出しっぱなしだったしな。じゃあ新商品じゃない商品を発売しよう」
翌日、数ヶ月前に出たものをリバイバルした商品を発売すると、これはこれでいい感じに売れた。
「なるほど古いものが逆に新しくなる時もあるよな」
「ですね」
「定期的にこういうのも入れていこう」
「ああ…でもまた不満の感情が」
「今度は何だ?」
「うーん、どうも今回は地域によってバラバラですね…」
「ふーむ、そういえばいろんな流行が西と東で違ってきてるっていう業界ニュースがあったな。じゃあ今度は地域別に違う物を出してみよう」
翌日、ユーザの住む地域ごとに違うモデルを発売すると、それらはまたいい感じに売れた。
「うまくいったな」
「ですね」
「やはりこれからは多様性の時代だな」
「ああ…やっぱり不満の声出てきた」
「今度は?」
「いや、もうなんか人によってバラバラですね…」
「そうか……業界ニュースが「パーソナライズの時代」だとか特集してたのはこれか。じゃあ、人それぞれに合ったものを届けるようにしよう」
翌日、それぞれの人に合わせてカスタマイズできる形で新商品を発売すると、やはりいい感じに売れた。
「よし、これで我が社も安泰かな」
「ですね」
「やはり人それぞれにカスタマイズしたサービス、これにまさるものはないか」
「うーん、でもやっぱり不満の声が出てきてますね」
「次はなんだ……」
「みんな違う物を持っているから一体感がないとか話が合わないとか…」
「うむむ……」
「どうしましょう?」
「……もうなんか疲れたし、この商品設計用のAIプログラム売るか」
「そうしましょう」
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