とりにく

ある日の晩御飯のこと。目の前の皿に乗った鶏肉のソテーをつつきながら、息子のタイチが言った。

「ねえお父さん、とり肉の『とり』ってなぁに?」

「ああそうか、タイチはまだ知らないか」

そういえば教えた事はなかった。もうそんな事に興味を持つ歳になったんだなぁ、なんてしみじみしながら、

「「とり」っていうのは、お空を飛んでる鳥さんのことだけど、とりにく、の場合の「とり」はだいたいにわとりさんの事だね」

そう教えて、ネットの動画サイトで鶏の動画を探して、タイチに見せてやる。

「じゃあ、このお肉は、このにわとりさんのお肉?」

「そうだよ」

「にわとりさん、ころしちゃったの?」

「そう」

タイチの表情が曇る。

目の前のお肉が、元々は元気に駆け回っていた生き物だった、っていうのは幼心には複雑だろう。

少し残酷な話かもしれない。でも、大事なことだ。僕らは他の生き物命をいただいて生きているのだから。

「生きていたにわとりさんの大切なおにくだからね。のこさずちゃんと食べないといけないんだよ」

僕がそう伝えると、タイチは少しの間迷っていたみたいだったけど、その後残さず綺麗に食べた。



それから1ヶ月ほど経ったある日のこと。

タイチが通う学校の社会見学で、タイチと一緒に鶏肉の工場に行くことになった。

ちょうど鶏肉のことを教えたところだったし、なんといういいタイミング、と思いつつ、しかし同時に心配にもなる。

鶏肉の工場だなんて、鶏を絞めたりする工程も含まれるかもしれないし、子供達のトラウマになったりするんじゃないだろうか。

その事を聞いてみると、学校側の言い分としてはその心配はないとのこと。

どういう事なんだろう、と思いながら工場に入ると、そこには想像とはまるで違う光景が広がっていた。

工場内はどこまでもクリーンで、どこかの医療機関かと思うような清潔さと静けさ。

血の匂いもしなければ騒ぐ鶏の声も何もないし、鶏を絞めたり、羽を剥いだりするような様子はどこにもない。

ガラス越しに見えるベルトコンベアには、スーパーなどで見慣れたパック入りの鶏肉が、淡々と流れているだけだ。


なるほど学校側の言う通り、これならトラウマだとかそういった事を心配する必要はなさそうだ。

なさそうだけど――これは一体……。


疑問符で頭がいっぱいになっていると、工場長が出てきて、工場の説明を始めた。

後ろの壁ににいくつか資料を表示させながら、言う。

「この工場は、みんなの食べるとりにくを作っている工場です。この工場では、とりにくを「ばいよう」という方法で作っています」


なるほどそういうことか……。

この工場では、鶏肉を培養によって「製造」しているのだ。

特殊な技術で細胞を高速に培養し、お店で売られている鶏肉の形そのままのものを一から作っているらしい。

だから鶏の飼育もしていなければ、鶏を絞めたり羽を剥いだりする工程もない。

淡々と必要な量のお肉を培養してパック詰めして出荷するだけ。

どこにも残酷な要素はなく、命を大事に、みたいな事を言わなくてはいけない要素もない――


工場長は、続けた。

「生きてるにわとりさんを殺すだなんて、そんなかわいそうな事をする時代じゃないですからね」

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