叶う

「あ……ども。えーと、第283代大統領のシン・アキヤマっす」

大きくはためく国旗を背に、演台に立つ男がボソボソと話し始めた。

目つきは悪く、ガリガリの体で猫背。始終頭をポリポリと掻いたり、キョロキョロしたりと挙動は不審だし、話す声も不明瞭で音量も小さい。おおよそ大統領という肩書とは一番縁遠そうな男。

しかし彼こそが、此度の選挙で数ある候補の中から断トツの得票数で当選を果たした大統領その人であることは、たったその一言で万雷の拍手に包まれたこの会場の様子が証明している。


今日は新大統領による、これからの国の未来が語られる重要な就任演説の日。

全国民の視線を一手に引き受けながら、新大統領は言葉を続けた。

「僕は、えっと、これからこの国を……」

シン、と水を打ったように静まり返る会場。

「剣と魔法の世界にします」

その一言に、国中がどよめいた。

これまでのスチームパンクな世界から、次は剣と魔法の世界へ。

これはなかなか面白くなりそうだ。

国中が驚きと喜びとワクワクで満ち始めるのと同時に、周囲の様子が少しずつ変わり始める。

新大統領が立つ演台は、パイプや歯車で組み上げられたものから、魔法陣のような紋章の描かれた不思議な素材のものに。

演説をしていた会場も、古めかしい機械だらけの場から、神秘的な教会の講堂のような場に。

国内の他の場所も、じわじわと大統領の構想通りの「剣と魔法の世界」へと、変化を始めていた。




シンギュラリティ、という言葉が、もはや懐かしさをもって語られる頃。

AIの知能水準はは人類を圧倒的に凌駕し、生み出された様々なテクノロジーによって、人間の全ての願いが当たり前のように叶う時代となった。

長生きをしたいと思えば長生きでき、空を飛びたいと思えば飛べる。遠い星に旅立ちたければ旅立てる。

ダイソン球を作ってみるとか、スペースコロニーを作ってみるとか、ガ◯ダムを作るなんていうのもお茶の子さいさい。


そんな時代に突入してすぐの頃には、理想的なユートピアがまず作られた。

だが、人というのは飽きる生き物だ。

世界には「変化」が望まれる。

目の前にあるユートピアとは違う、別の生き方を体験してみたい。そう思う人は次第に増えていく。

最初はテーマパークのような施設や小さなコミュニティとして、別の生き方を体験して楽しむ場が作られていた。

しかし人々は次第にそれでは満足できなくなり、「RPG的な世界で長旅をしてみたい」「中世のような世界で全世界一周の航海に出たい」「世界戦争の中で生き抜いてみたい」といった、世界規模の変化を要求する願いが増えていった。


それを実現するには、世界をまるごと作り変えないといけない。

もちろん、作り変える事自体は何も難しいことではない。

問題は、どうやって世界中の人々の合意を得るかだ。


そこで白羽の矢が立ったのが、「大統領」という存在だ。

大統領候補に次の世界をどうするかを構想させ、公約させ、選挙によって次の世界を決める。

これにより、世界中の人々の合意を得て、民衆の総意でもって世界を作り変える。

そのスキームが完成し、人々は次々と世界を作り変え始めた。


これまでにも、色々な世界が作られ、実現されてきた。

サイバーパンクの世界を顕現させる大統領もいた。

エロに寛容な世界を作る大統領もいた。

世界の仕組みをゲームにしてしまう大統領もいた。

唐突に日本の江戸時代を再現する大統領もいたし、西部開拓時代を再現する大統領もいた。


そして今回は「剣と魔法の世界」。

わりと王道ながら、意外とやられていない設定。しかも、大統領が元ゲームデザイナーというだけあって、かなり緻密な設定と設計がされている。今回の世界は、長く続く事になるだろう。


しかしそれでも、この世界だっていずれは飽きられる。

その時には次の大統領が選ばれ、熱狂とともにまた新しい世界が始まるのだ。


◆ ◆ ◆


そうして長い年月が過ぎた。

色々な世界が実現され、人々は飽きる間もなく様々な世界を楽しんだ。

未来的な世界もあった。ファンタジックな世界もあった。ホラーな世界もあったし、厳しい世界も、天国のような世界もあった。

しかし世界観の発想にも限界というのはある。

もう、さすがにたいがいの世界観はやり尽くされたのではないか――そう皆が思い始め、大統領に立候補する者も少なくなりつつあった。


そんな中、ある女性政治家が「誰も見たことのない、新しい世界を作ります」という公約を掲げ、大統領選に出馬した。

事前に詳細は明かされなかったものの、間違いなくこれまでになかった世界だと確信を持って断言するその姿は、何かを期待させるのに十分だった。

どんな世界を作るんだろう。

民衆の期待は否が応でも高まり、彼女は圧倒的な支持を得て当選を果たした。


就任して最初の演説で、彼女は言った。


「人類のいない世界にします」


世界は、そうなった。

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