動画配信者
「今日紹介するのは、この焼きそばで~す!」
手に持ったカップ焼きそばをカメラに向けつつ、声を張り上げる。
「もう、パッケージからしてヤバい気配しか感じないんですが……この『地獄の激辛やきそば』、実食していきたいと思います!」
そこまで言い切って、カメラに手を伸ばし、録画を止める。
「ふぅ、まあこんなもんかな」
録画された動画を確認しながら、独り言つ。
何年か前から流行っている、動画配信者。
カメラに向かって、気になったものとか、今日の出来事なんかについてあれこれ喋って、動画にして、公開する人。
面白い動画を作ってたくさんの人に見てもらえれば、その再生数や広告効果によって、いくらかの収入がもらえる。中には億単位のお金を稼いでる人なんかもいるらしい。
僕もそんな動画配信者の端くれとして、ここ1年くらい、毎日動画を配信し続けている。今日はたまたまコンビニで、新商品の激辛やきそばを見つけたので、その紹介動画を撮っているところだ。
まあ、僕の作る動画は内容も凡庸で、外見もそんなにいいわけでもないし、アップする動画の再生数はせいぜい3桁くらいのものだ。コメントもいつも「ツマンネ」「がんばれ」くらいのものしかつかないし、「いいね」もほとんどもらえない。そんな底辺配信者。
それでも続けているのは、やはり人気の動画投稿者になれる日を夢見ているからだ。
……まあ、今のこの様子だと、そんな日は死んでも訪れそうにないわけだけど。
だからといって何もしなかったら、可能性はゼロになる。
完全なゼロよりは、ほんの僅かな可能性に賭けて、ひたすら動画を作り続ける道を選びたい。
そんなわけで今日もまた、いつものように動画を作っている。
台所に行ってお湯を沸かし、カップ焼きそばを作って食べるシーンを撮影。
そして、ひどい辛さに痺れる舌を宥めながら編集作業。尺を詰めたり、テロップを足したり、効果音を足したり、1年ですっかり手慣れた作業を進め、だいたい全体の流れが整ったかな、とプレビューを再生している、その時だった。
スマート端末に、一通のメールが届いた。
件名:『あなたの動画チャンネルが、こんなにも人気に! 動画制作代行します』
……うん、怪しい。
まあよくある再生数を買うとかそういう話のメールかな、と思って削除ボタンに指が伸びかけた……が、何となく気になってメールの中身を見てみる。
そこにはこんな事が書かれていた。
「忙しいあなたに代わって、動画を作ります。当サービスにお任せいただければ、人気の動画配信者になれる事間違いなし!」
……うん、やはり完全無欠に怪しい。
何より怪しさを醸しているのが、その値段だ。
そのお値段なんと、無料。
動画を作ってもらう事がタダでできるのはもちろんの事、作ってもらった動画がたくさん再生されて、収益が上がったとしても、そこから何%寄越せとか、そういうことも全くないらしい。
こんな怪しいサービス、誰が使うんだと思いつつ、「でも……」と考える。
どこからどう見ても怪しいサービスだが、このサービスに任せて何かひどい動画が作られたとしたら、それはそれでネタとしておいしい。
最悪何かひどいトラブルになったとしても、それもきっと動画のネタになる。
何かの間違いで本当にいい動画ができるなら万々歳。
うん、よく考えたら何のデメリットも見当たらない。
……まあ、1年も続けて芽も出ずに悶々としていて、藁にもすがりたい気持ちみたいなものもあったのかもしれない。
僕は勢いに任せてそのサービスに申し込んだ。
それから数日が経ったある日のこと。
仕事から帰って、安酒を飲みながら次に撮る動画のネタを考えていると、スマート端末に急にたくさんの通知が届き始めた。
通知元はいつも動画を投稿している動画アプリから。内容は――僕のアップした動画に対するたくさんの「いいね」とか、「面白かった」「サイコー」「チャンネル登録した」といった好意的なコメントの通知……?
「え?」
突然の事に一体何が起こっているのかさっぱりわからない。
もしかして何かの間違いで、自分の動画を有名人とか、アクセスの多いサイトが取り上げでもしたのだろうか。
急いで動画アプリを立ち上げ、自分のチャンネルをチェックしてみる、と――
「え……?」
目の前で起きていることを理解するのに、やたら時間がかかった。
そこに、アップロードした覚えのない動画があったからだ。
「なんだこれ……」
投稿日時は昨日の夜。
慌てて動画を再生してみる。
動画に映っているのは間違いなく自分だ。
動画の内容も、いかにも自分がやりそうな事をやり、自分が言いそうなことを言っている。
でも――僕はこんなものを撮った記憶も、編集した記憶もない。
動画の中で紹介しているコンビニのお菓子も、一度も買ったことのないものだ。
一体どういう事だ……?
僕は夢遊病よろしく無意識まま動画作って投稿でもしたんだろうか。
にしては動画の中の僕は活き活きとしているし……。
と、そこでようやく思い出した。
この間申し込んだ、あの動画を作ってくれるというサービスのこと。
そういえば、動画の投稿タイミングなどは任せてほしいからと、動画制作サービス側で僕のチャンネルに動画投稿できるよう、アカウントの連携の設定をしたはずだ。
この動画は、もしかしたらあの動画制作サービスが投稿したものなのかもしれない。
慌てて動画制作サービスのサイトを開くと、確かにそこにはこの動画が、動画制作サービスの手によってアップされたものだという記録があった。
なるほど犯人はわかった。でも、じゃあ一体どうやってこの動画は作られているんだろう。
「動画制作サービス」というからには、そのうち撮影の打ち合わせだとか、僕の撮った動画を素材として求められるとか、そういう事が何かしらあるんだろうと思っていた。
そんなステップはすっ飛ばして、本人の知らぬ間にこんな動画が作られるなんて。
「どういうことなんですか?」
不安になって動画制作サービスの会社に問い合わせてみると、即座に返答が返ってきた。
「あなたの動画を元にして、動画を作らせていただきました」
しばらくやりとりして、ようやく動画制作サービスの仕組みがわかってきた。
つまり、こういうことだ。
これまでに僕がアップしてきたたくさんの動画をコンピュータで処理して、「僕らしい僕」をコンピュータの中に作り出す。
そしてその「僕らしい僕」を使って、「僕らしい僕」が出演する動画を、コンピュータ上で新たに作る。
だから撮影は一切いらないし、僕からの素材提供も一切必要ない、というわけ。
動画制作サービスの会社には、面白い動画、ウケる動画を作るノウハウが大量にあるらしく、僕のような「出演者」さえ用意できれば、ウケる動画を作るのは容易い。
だから、僕のような十分な数の動画投稿実績がある動画配信者をずっと探していたのだそうだ。
ちなみにサービスが無料なのは、動画内で商品の宣伝をすることで企業から広告費としてお金を受け取っていて、それで十分ペイするから、ということらしい。
動画制作サービスの作る、「僕らしい僕」の出演する動画は、あっという間に人気になった。
さすが「ウケる動画を作るのは容易い」と言うだけのことはある。
すぐにチャンネル登録者は万を超え、公開する動画は全て数十万単位の再生数を叩き出すようになっていった。
お陰で僕は、動画を一本も撮ることなく、結構な額の収入を得られるようになってしまった。
これまで動画投稿に使ってきた時間や機材などの投資も綺麗に回収され、不労所得だけで生きていける、夢のような暮らしが始まったのだ。
それから数ヶ月。
「僕らしい僕」の動画の人気は相変わらず……というか、ずっと右肩上がりをキープし続け、あれよあれよという間に僕は動画サイトの上位の投稿者になっていた。
動画のほうは相変わらず、動画サービスが勝手に作って公開している。僕がやるべきことはほとんど何もない。たまに動画内の僕の姿をアップデートするために、写真や動画を送ってほしいとリクエストが来る程度だ。
あとはただアップされる動画の再生数や、振り込まれるお金の数字を眺めてさえいればいい。そんな、自由気ままな暮らし。
今日も朝まで好きなゲーム三昧で過ごした。
ゲームのしすぎで少し疲れたので、気晴らしにと家の近所を散歩していると、通りかかった高校生に尊敬の眼差しと一緒に「いつも動画見てます!」なんて声をかけられた。
今や動画サイト上では結構な人気者だ。僕の顔を知っている人も多い。
こうして声をかけられる事や、握手やサインを求められる事も本当に増えた。
もちろん、動画を作っているのは自分じゃないので、罪悪感めいた気持ちがないでもない。
でも、だからといって「あれは僕じゃないんで」とか言っても誰も信じてはくれないだろうし、何もせずにお金をもらっている身として、せめてもの罪滅ぼしにファンサービスはしっかりやる事にしている。
その後ふと小腹が空いたのでコンビニに寄ると、今度は顔なじみの店員に「昨日の動画のお陰で売れてますよ、あのカップ麺」なんて声をかけられた。
そういえば昨日の動画で「僕らしい僕」が食べていたカップ麺、美味しそうだったし、買ってみようかな。
……いや、でも、僕はあれをもう食べた事になってるわけだし、今日それを自分が買うのはちょっと変かもしれない。
何か次の動画で配信しそうなものを買ったほうがいいだろうか。
――そう。
今や僕はそこそこ名の通った有名人だ。
外に出れば「僕らしい僕」を僕だと思って僕を見て、接してくる人がたくさんいる。
だから僕は「僕らしい僕」と矛盾した行動はとりづらい。
できるだけ「僕らしい僕」と違和感のないように行動しないといけない。
いつでも「僕らしい僕」のような面白い人でいないといけないし、髪型や服装なんかもできるだけ動画の「僕らしい僕」に合わせたりしないといけない。
もちろん、ある程度は動画制作サービスと相談して、自分の側の都合に合わせてもらうこともできる。旅行に行くときに数日、動画の投稿を止めてもらったこともあるし、どうしても髪型を変えたい時に、「僕らしい僕」の髪型を変えてもらったこともある。
でも、どうしたって主導権は「僕らしい僕」の側にある。
あっちのほうがずっと有名だし、たくさんの人の目に晒されているし、影響力を持っているからだ。
だから僕のほうが「僕らしい僕」に合わせて動かないと、どうしたっておかしなことになってしまう。
僕が「僕らしい僕」に合わせていくしかないのだ。
家に帰り、机の上の、埃をかぶったカメラをぼんやりと眺めながら、思う。
「まるっきり影武者だな……『本人』なのに」
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