徘徊癖
「あれ?」
「どうかしたの?」
洗面所から怪訝そうな表情で出てきた母親に、娘が応じる。
「洗濯終わってないみたいなんだけど、ロイは?」
「ちょっと前に台所にいたのは見たけど。また出てっちゃったんじゃないの」
「また!?」
ロイというのは、4年前に購入した家事手伝い用のロボットだ。
それが最近、どこかが壊れてしまったのか、ふっと家を出ていってしまう事がある。
何の前触れもなく家を出て、いつの間にか家から離れた場所にいる。そんなことが今月だけでももう3回ほど。
これはおかしいと何度か修理に出そうとしたのだけど、メーカーの診断テストでは何一つ問題が見つからず、修理を受け付けてすらもらえない。
新しいロボットに買い換える事も考えたのだけど、4年もの間、家のあれこれを教えこんできたロボットだ。新しいロボットにまたあれこれ教え込むのも面倒だし、そもそもそれ以前に、買い換えようにも先立つものがない。
だからそのまま使っているのだけれど。
「で、ロイはどこにいるわけ?」
「三笠山の上みたい」
娘が携帯端末の地図を見ながら言う。
ロイには内蔵されたGPS装置があり、居場所はすぐに調べられるようになっている。
「え、あそこ車で行けないじゃない…」
三笠山というのは街の北のほうにある600mほどの山で、山の中腹までは自動車道があるのだけれど、そこから山頂までは徒歩で登るしかない。
これはまた厄介な場所に……と思いつつも、しかし徘徊に出たロボットを、そのまま放置しておくわけにもいかない。
万が一外でロイが何かを壊してしまったり、人に怪我を負わせるような事があったら、それは所有者である家族の責任になるからだ。
そして何より、ロイには家事のかなりの部分を担ってもらっているので、ロイが出ていったままでは洗濯物も片付かないし、晩御飯もろくに食べられない。
だから早いとこ自分たちで探して連れ帰ってくる必要がある。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
母親は大きなため息を一つつくと、運動靴を履いて車を呼び、三笠山へ向かった。
三笠山中腹の駐車場で車を降り、ひいこら山を登る。
息も絶え絶え山頂の展望台に登ると、そこにロイがいた。
「あんたこんなところで何やってんのよ…」
「……」
「まあいいわ、帰るわよ」
「ハイ」
見つけさえすれば、いつも通り従順なロイ。
家に帰ると、ロイはいつものように洗濯をし、晩御飯を作り、掃除をし、何のおかしなところもない普通の家事手伝いロボットとして、役割を全うした。
それからも、ロイがふらりと家から出ていってしまう事は何度も続いた。
ある時は広い公園の真ん中に。ある時は広い砂浜に。ある時はエレベーターのない建物の屋上へ。ある時は大学の広いキャンパスの片隅に。
毎回行く場所は違っていて、特に何か法則がある様子はない。
唯一共通する事があるとすれば――
「なんでこう毎度車で辿り着けない場所に行くんだお前は…」
はぁはぁと息を切らしながら、迎えに来た父親が言う。
「ほんと、体がもたないわ…」
同じように肩で息をしながら言う母親。
そう、なぜだか知らないが、ロイはいつも車だけでは辿り着けないような場所に行くのだ。
お陰で迎えに行く家族は、毎度結構な運動をさせられる羽目になる。
「スミマセン」
「まあいい、行くぞ」
「ハイ」
見つけさえすれば、やはり何の問題もない、いつも通りの従順で有能な家事手伝いロボット。
ほんと、この徘徊グセさえなければ……と家族は頭を抱えた。
家に戻ると、ロイはいつも通りテキパキと家事をこなした。
洗濯物をささっと片付け、次は晩御飯の支度。
今日のメニューはカレーにしようかと玉ねぎを切りながら、ロイはふと呟いた。
「やっと体脂肪率も下がってきましたシ、代謝も上がってきたシ、もうちょっとデスね」
揃いも揃ってぷっくりと太った家族全員の体のデータを確認しつつ、ロイは満足げに頷いた。
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