犬型ロボット

「さあ、御覧ください。最先端のバイオテクノロジーを使って作り上げた、これが最先端の犬型ロボットです」


壇上の男の声とともにスクリーンに一匹の犬が写し出されると、どよめきとともに、大量のフラッシュが焚かれた。

ここは首都のコンベンションセンター。今日は国内有数のバイオテクノロジー企業の、新製品発表会の日だ。

1ヶ月ほど前にメディアに送られた招待状。そしてそこに描かれていた犬のようなシルエット。

それが一体どんな製品を示唆するのかとネット上ではずっと議論の的になっていたが、まさかここまでド直球なものが発表されるとは。

「すごい、どこからどう見ても本物の犬にしか見えない」

会場に詰めかけた記者たちは、呆けたようにスクリーンに釘付けになる。

それほどまでに、犬型ロボットはすばらしい出来栄えだった。


「私達のテクノロジーを結集して、より犬らしい見た目、より犬らしい動きを追究しました」


壇上の男――バイオテクノロジー企業CEOは続けた。

スクリーン上では美しい毛並みの犬型ロボットが元気に駆け回る動画が流れる。

その姿は、どこからどう見ても本物の犬にしか見えない。


「もちろんそれだけではありません」


CEOはどこか得意げな表情を浮かべ、もったいぶるように一呼吸置く。


「まず、この犬型ロボットは、成長します」


その一言とともに、スクリーン上に子犬から成犬になり、老衰する犬型ロボットの姿が映し出されると、会場は再びどよめきに包まれた。

成長し、外見が変化していくロボットなんて、これまでにあっただろうか。

内蔵された人工知能が成長するロボットはいくらでもある。だが、外見がここまで変化するロボットというのは未だかつてない。


しかし、その驚きと賞賛のこもったどよめきは、長くは続かなかった。

その次に発せられたCEOの言葉が、あまりに予想外だったからだ。


「さらに普通のロボットとは違って、意思を持っていますので、簡単に命令を聞いてくれたりはしません。

芸を簡単にインストールするとかいった事はできません。

どんな芸を身につけるかは、飼い主のしつけとコミュニケーション次第です」


ロボットなのに、命令をきかない?

それは一体どういうことなのだろうか。

会場の記者たちの頭に、疑問符が浮かび始める。


「あなたがもしいい加減な飼い主であったとしたら、犬型ロボットは逃げ出し、帰ってこないこともあるかもしれません」


ロボットなのに、帰ってこない…?

ますます意味がわからず、先ほどまでのどよめきが嘘のように、静まり返る会場。


「さらに」


CEOが、さらに追い打ちをかける。


「この犬型ロボットは、普通の犬のように、餌も食べるし排泄もします。病気にもかかります」


会場の空気は、完全に疑問符だらけになり、先ほどとは別のざわめきが会場に生まれ始めた。

ロボットなのに、病気?

ロボットなのに、排泄?

一体誰がそんなロボットを求めるというのだろう。

時代の最先端を行く、世界最高と言われたテクノロジー企業も、ついに世の中のニーズをとらえられなくなってしまったのだろうか。

それとも、この機能には自分たちの理解の及ばない何かがあるのだろうか。

記者たちは戸惑いながら、CEOの次の言葉を待つ。


そんな会場の空気に応えるように、CEOは続けた。


「そんな不便な機能をなぜつけたのかとお思いの方も多いでしょう。

私たちはいくつものリサーチを繰り返し、気づきました」


スクリーンに映し出されていた映像のトーンが、どことなく薄暗い雰囲気に変わる。

命令した事をその通りにこなすロボットたち。

機能をインストールしたら、即座に新しい技能を習得するロボットたち。

そして、それを無感情な表情を向ける子供や老人たちの姿。


「私たちは、餌も必要としない、排泄もしない、故障もなければ、逃げもしない、そんな人に都合のいいロボット達に慣れすぎてしまいました」


CEOの声の調子が一段高くなる。


「これは所詮、人とモノの関係でしかない。

人とロボットの関係は、もっと豊かであるべきです」


刹那、スクリーン上の映像の色彩が明るいトーンに変わり、新製品の犬型ロボットが子供と戯れている映像に切り替わる。


「しつけようとしても思うようにいかないこと」


子供が犬型ロボットに一生懸命「お手」をさせようとするも、うまくいかずにむくれる姿。

老人が犬型ロボットを抱っこしようとするも、嫌がられ逃げられてしまい、困ったような笑顔になる姿。


「予想外の事件」


病気になったらしき犬型ロボットを、心配そうに見つめる家族たちの姿。

どこかにいなくなってしまった犬型ロボットを、一生懸命探す子供の姿。


「それは、確かに全てが望ましいことではないかもしれない。でも――」


犬型ロボットと一緒に、笑顔になったり、泣き顔になったり、困り顔になったり、色々な表情の子供や大人たちの姿。


「餌をやる、病気の面倒を見る、糞尿の世話をする、そんな不便な体験の中にこそ、情や絆といった美しい物語が生まれる。そう、私たちは考えます」


そして顔いっぱいの笑顔の子供と、犬型ロボットが一緒に写った写真がスクリーン上に大写しになり――


「私達の思い通りにならないという体験。それこそ、現代社会に必要な、私達が作り上げるべきユーザエクスペリエンスなのです」


犬型ロボットを中心に、家族全員がとてもいい笑顔で写った写真がフェードイン。


「だから、私たちは作り上げました。本当に犬らしい犬を。あなたのために。

価格は250ZE。本日から予約受付開始です」


刹那、会場は、万雷の拍手に包まれた。

そう、皆が感じていた事だったのだ。

ロボットたちは、とても機能的で便利なものだけど、どこか何かが足りないと。

ただ言った通りに動くだけのロボットとの関係性に、どこか満足できない部分がある事を。

それを、この企業は、こんな方法で変えてしまうなんて。

発表会のニュースはあっという間に世間を駆け抜け、大きな話題となり、犬型ロボットは売れに売れた。




数ヶ月後、どんどん増えていく売上の数字を見ながら、CEOは呟いた。

「様々な技術で調整を加えてあるとはいえ、その実ただのクローン犬を、多少の演出を加えて売り出すだけでこれほどお金になるのだから、おかしな時代になったものだ」

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