願い事

「あの噂、聞いた?」

「あれだよね、初詣の」

「そうそう」

「でも、ちょっと恥ずかしいよね」

「まあ、大きな声じゃなくてもいいらしいし、やってみようかな……」


二学期の終業式の日。

クリスマスや年末年始の予定をわーわーと話す女の子たちの間で、とある噂話が大きな話題になっていた。

それは、「初詣で願い事を声に出して祈ると叶う」という、出どころもよくわからない、根も葉もない噂だ。

根も葉もない噂なのだけど、ここまで話題になっているのにはワケがある。

どうも去年の初詣で、実際に声に出して願い事を言って、その願いが本当に叶った人というのが結構いるらしい。

さらに噂の検証として、人気のオンラインマガジンがいくつかのリサーチ会社に依頼して本格的な調査をしてみたところ、声に出したか出さないかで願いの叶う確率がたしかに違うという統計が出たりもして、これは単なる噂話では済まされない何かがあるのでは、と話題になっているのだ。


もちろん、なぜ声に出すだけで叶うのかは分かっていない。

有力な説としては、「声に出すことで願いが心に強く刻まれて、日々の行動が変わるからだ」というのがあるが、果たしてそれだけで願いが叶うものだろうか。やはり神社という場所には、どこか超自然的な力が働いているのではないか。そう考える人も多い。


まあ、根拠がどうあれ、はっきりしている事は一つだ。

初詣で声に出して願掛けをすると、願いが叶う可能性が高まる、ということ。

本当かどうかなんてわからない。駄目で元々、当たればもうけ。

多くの人はそう考えた……のかどうかは知らないが、年明けの神社は、参拝客の多くが願い事を声に出して言うという、いつになく騒がしい状況になった。

中には噂をどう聞いたのか、「声がでかいほうが叶う」と思い込む人もいたようで、やたら大きな声で願いを言う人もいたりして、お陰で恥ずかしさでどうしようか迷っていた人も声に出すようになり、よほど人に聞かれたくないような願掛けをするような人以外は願い事を声に出すのが当たり前、という空気になっていた。


「ジェイ君と付き合えますように」

「子供ができますように」

「ダイエットに成功しますように」

「受験に成功しますように」

「子供の病気が治りますように」

「今年も健康で過ごせますように」


神殿前では、たくさんの人のたくさんの願い事が、矢継ぎ早に訴えられる。

これはさぞや神様も聞くのが大変だろう――と、思いきや。


「どうだ、集まってるか?」

ドアから入ってきた恰幅のいい男がそんな声を上げた。

「はい、マイクもカメラもうまく機能してますし、年を越してすぐはちょっとだけ回線の問題があったみたいですけど、今は問題なく集められてます」

そう応える若い男の前には、たくさんのスクリーン。

スクリーンにはそれぞれ、各地の神社の初詣の参拝客の様子が写し出されている。

そして、スクリーン上の参拝客には、それぞれ顔のところにマーカーが表示され、推定される年齢や性別などの情報、そして口にしている願い事の内容などが表示されている。

「なるほど、やっぱり健康がらみの願いが多いか、今年は」

「みたいですね」


そう、初詣参拝客の様子は、各地の神社の協力のもと、密かにリアルタイムで撮影・集音され、ここで収集・解析されているのだ。

もちろん、個人を完全に特定するような情報は集めていない。だが、どういった年齢層のどういった人が、どういった願いを持っているのかは全てデータ化され、保存されている。


なぜそんな事をしているか?

それは、初詣を通じて国民の願いを集め、国の政策に活かすためだ。

人々の願いをうまく叶えることについては、人工知能などを駆使すればできることも多い時代。

だが、自分の欲を強く出すのがはしたないと言われるこの国では、なかなか人々が自身の願いを言ってくれない。

人々の願いがなければ、人工知能も活かしきれない。

だからこそ、こうして「声に出せば叶う」なんていう噂を流して、神社で願いを口に出して言ってもらい、それを収集することで今年の政策運営の方針を固めている、というわけだ。


「よし、これでまた今年もいい政府運営ができそうだな」

先ほど入ってきた恰幅のいい男――内閣総理大臣は、満足げに頷きながら、「次の選挙も勝てますように」と願掛けをした。

もちろん、声に出して。

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