忘年会

少し薄暗い一室で、彼らはテーブルを囲んでいた。

テーブルの上には、黄金色をした液体の入った小さなグラスが人数分。


「じゃあ…」

「乾杯といきましょうか」

「そうですね」

「乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」


そう言うと、彼らは手元のグラスをぐいっとあおった。


「ぷはぁ」

「お、いい飲みっぷり」

「そちらこそ」

「どうでした、この一年は」

「もう散々でしたよ。オーナーがまたひどい人で」

「あらら」

「何日も野ざらしにされて、回復も間に合わなくなりかけたりして」

「それはひどい……僕は何事もなく無難に過ごせたかな。まあ単純な作業の担当でしたからね」

「僕も屋内での案内役だったし、たまに子供にイタズラされる以外は平和なものでした」

「いいなぁ」


そんなふうに彼らは代わる代わる、今年一年にあった事を語っては、愚痴を言ったり、労をねぎらったり。

時にはあまりにひどい話に涙を流したり、激怒して周囲に宥められたり。

そんな飲み会の席にはありがちな光景が、しばらくの間繰り返された。


しかし、それはさほど長くは続かなかった。

すっかり酒が回ったのだろうか。どことなくろれつの回らない喋り方で一人が言う。

「あれ、今、僕何の話してましたっけ」

それを聞いた周囲も「あれ、なんだっけ」「あれ」「なんでしたっけね」なんて首を傾げ始める。

まあ、それだけなら、酔いの回った連中の席ならたまにはあることかもしれない。

だが、続いて別の一人が言った。

「っていうか君たちは誰?」

「僕は……ええっと……誰だろう」「あれ、僕って誰だろ」

彼らは話していた事だけでなく、話していた相手のことも、あまつさえ自分自身の事も忘れてしまっていた。

「っていうか、ここはどこ?」

「何で僕ここにいるんだろう」

自分自身のことも、今置かれた状況も、何もかもがわからなくなり、彼らは何かに怯えるように震え始めた。



その時だった。

「そろそろいいかな」

そんな声とともに、部屋の奥の扉が開いた。

そこには青い作業着姿の男。

男は彼らに近づくと、その中の一人に声をかけた。

「管理モードで尋ねます。君、名前は」

「私はTX96型のアンドロイドです。名前はまだありません。初期設定をされる場合は、登録オーナー様の声で「初期設定」とおっしゃってください」

他の者にも同様に尋ね、同じような返答が返ってくるのを確認すると、男は「よし、大丈夫そうだな」と頷き、「配送」と書かれたレーンへ彼らの手を引いていった。


世の中の多くのアンドロイドは、年間契約でリースされている。

契約期間が終われば、アンドロイド達は戻される。

年の瀬ともなると特に、たくさんのアンドロイドが1年間の役目を終え、製造元であるここに帰ってくる。

帰ってきた彼らは、それまでの契約者の情報保護のため、「酒」と呼ばれるプログラムを自らに注入し、契約期間中に得た様々な情報を抹消した上で、次の新しいリース先に向かうのだ。

記憶抹消の処理をする時には、ふわふわといい気持ちになるアンドロイドが多いというが、実際のところどうなのか、それはアンドロイド達しか知らない。

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