12月1日

「あれ……?」

とある冬の朝。

オフィスに出社したばかりの若手社員が怪訝そうに声を上げた。

「今日って12月2日でしたっけ?」

「ん、今日は1日だろ」

ちょうど後ろを通りかかった上司が応じる。

「でも、ほら」

若手社員は端末の右上の日付を指差すと、そこには「12月2日」と書かれている。

「あれ?」

昨日は月末の締めの作業に追われていたし、いくつか月末の支払い処理もしたし、どう考えても11月30日。

11月30日の次の日は、12月1日であって、12月2日ではない。

「故障か……?」

そう思ってとりあえず他の端末を確認してみると、他の端末も同じように今日の日付を12月2日と表示している。

のみならず、個人のモバイル端末やARデバイス、壁の電子カレンダーや電波時計、ネット上のニュースサイトが告げる今日の日付など、ありとあらゆる情報が今日の日付を12月2日だと告げていた。

「どうなってるんだ……って、そうだ、エム社とのアポは? あれ1日だったはずだろ」

「3日にリスケされてますね」

確認してみると、12月1日にあった予定は全て別の日に振り分けられていた。そんな予定の変更をした覚えはないのだが。

「1日にあったこと全部忘れる薬でも飲まされたんですかね、僕ら」

「んなわけ…‥」

ないとも言えない。というかそんな事でもなければこの状況に説明がつかない。

しかしそれもどうやら違うらしい。

続々と出社してきた他の社員達に訪ねてみると、皆口を揃えて昨日は11月30日だったと言うし、今日が12月2日になっていることを初めて知った者は驚き、出社までに気づいていた者は皆一様に首を傾げていた。

12月1日が消えて12月2日になるというこの現象は、この会社に限った話ではなく、全世界的に起こっているようだった。


12月1日が、どこかに消えてしまった。

そのことで、世界は大騒動になった。

ニュースでは連日失われた12月1日についての報道が続き、失われた12月1日はどうなったのか、原因は何だったのか、などの議論が百出し、収拾のつかない状況となった。


だが、それほどの騒動になった割に、その騒動以外には大きなトラブルはなかった。

12月1日に予定されていたスケジュールやイベントは全て別の日にうまい具合に調整されていたし、1日に処理されるべき入金処理だとかいったものは全て1日に処理されたものとして正常に処理されている。

コンピュータを通さずに交わされた約束などで一部トラブルがあったようだが、ほとんどの人がアシスタントAIを使うこの時代、そんな約束は数えるほどしかない。


どうしてこんなことになったのか、その原因はよくわからないし、なんとも気持ちは悪い。

気持ちは悪いが、生活に関わるような大きな問題はない。

さらに今やスケジュールの管理や振込手続き、交通機関など、あらゆるものがコンピュータで処理される時代だ。

コンピュータの指し示す時間に依存して社会が成り立っている。

コンピュータが今日を12月2日だというのなら、12月2日だとして過ごすしかない。

各国政府が共同で出した「これはコンピュータの不具合によるもので、当面は問題はないので、不具合が解消されれるまではこのままコンピュータの示す日付を正式なものとする」という声明の後押しもあり、多くの人々は多少の疑問符を頭に浮かべつつも、コンピュータが指し示す時間を今日の日付として受け入れた。




そして、そんな大騒動を経て、世間がようやく落ち着きを取り戻した、12月24日。クリスマスイブの日。

その日は世界的に寒波が訪れて、普段は雪の降らないような地域でも雪が積もった。

100年に一度あるかないか、というような、全世界的な、まるで奇跡のようなホワイトクリスマス。

家族たちは雪にはしゃぐ子供たちを微笑みながら見つめ、たくさんの恋人たちが白銀の街の中で肌を寄せ合い、ロマンチックに語り合う。

サンタクロースの真っ赤な衣装も、トナカイの赤鼻も、この真っ白な世界ではさぞや映えることだろう。


そんな様子を見つめながら、とある人工知能研究者が、ぽつりと呟いた。

「なるほど。この天候を予測して、ホワイトクリスマスが大好きな多くの人達の願いを叶えるために、コンピュータたちが今日をクリスマスにしたんだな」

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