地獄

「お前さん新入りか」

ユルい書体で『地獄へようこそ』と書かれた案内板を眺めていると、背後からそんな声がかかった。

振り返るとそこには筋骨隆々、真っ赤な肌の――赤鬼。

ここは地獄。

僕は時代に名を残すような大悪人とかではないけれど、運営していたゲームで確率を操作したりして悪いお金をたんまり稼いでいたものだから、地獄に落ちてしまったってわけ。

「あ、はい」

「誰かから案内は受けたか?」

「いえ……」

「そうかそうか。そいじゃま、軽くオリエンテーションといきますか」

赤鬼は手に持った金棒で自分の肩をトントンとたたきながら、どことなくニヤついた顔でそんな事を言った。

なんでもいいけど声がでかい。

「とりあえずここがどういうところかはわかってるよな?」

「ええと、要するに苦痛を延々と味わう感じですよね」

「そういうことだ」

「苦痛ってどんな感じなんですか? 熱いのとか痛いのとか」

「それは人それぞれ違うなぁ。たとえばあそこのパソコンの前にいる奴がいるだろう」

「ああ、はい」

「あいつが受けてるのはデバッグ責め。どうしようもない酷いプログラムを延々と修正させられる」

「うわぁ……あっちのピザの箱に囲まれてる人は?」

「あれは炎上地獄だな。個人情報を世間に暴露されて色々とひどい目に合わされる」

「うへぇ…」

釜茹でとか、鞭で打たれるとか、そういうのを想像していたがどうも今の地獄は違うらしい。責め苦の内容もだいぶ現代的だ。

そんな考えが顔に出ていたのだろう、

「あ、もちろん昔ながらの釜茹でなんかもあるぞ。ただ、その辺のは古くからいる連中向けだな。最近入ってきた奴らには今どきの責め苦が与えられる事が多い」

なんて、丁寧に説明をしてくれる赤鬼。

「地獄も進化してるんですね…」

「まあな。何を苦痛と思うかは人それぞれだってんで、今は地獄に落ちた奴それぞれに、それぞれの生き方やら罪やら性格やらに合った苦痛が与えられる仕組みになってるんだわ」

「苦痛がパーソナライズ……」

「お前さんはとりあえずは理不尽なクレーム対応を死ぬほどさせられたりする感じみたいだな。もうちょっとしたら準備が終わるみたいだからそれまではこの辺ぶらぶらしてていいぞ」

赤鬼が、手に持ったタブレット端末を操作しながら言った。

地獄にもタブレットとかあるのか、と思いつつ、これからクレーム対応の日々かと思ったら死ぬほど憂鬱になってきた。いや、もう死んでるんだけど。


しかし、地獄にやってくる人だってそんなに少なくはないはずだ。個人に合わせた苦痛プログラムを用意するなんてどれだけ大変なんだろう。そのことを赤鬼に聞いてみると、

「そう思うだろ?」

その質問を待ってましたとばかりにニヤリとする赤鬼。

「もちろん、俺達が全部作るみたいな面倒な事はしてないぞ。閻魔庁のほうから渡されるデータを元にして、全部人工知能やらロボットやらが自動で用意してくれるってわけだ」

「AIにロボット……」

「つまりアレよ、地獄にもシンギュラリティってやつが来たってわけだ」

『シンギュラリティ』の意味をちゃんと理解しているのかどうかも怪しい赤鬼が、がっはっはと笑いながらそんな事を言い放った。

なるほど人間の世界が進歩すれば、当然地獄だってIT化が進んだり、色々と進歩していくわけか。


そこでふと疑問が沸く。

「で、鬼さん達はなにしてるんですか?」

「ああ、見ての通り効率化して俺達のやることないからよ、たまにこうして案内なんかをする以外は、苦しむ連中を眺めながら酒のんだりして悠々自適に過ごしてるわけだな」

「はあ」

「いやぁ、ここはまさに天国だ」

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