バーチャル

「いらっしゃいませ」


綺麗な姿勢と柔らかな声で出迎えてくれた店員さん。

ここは都心のショッピングモールの一角にある、OL向けのアパレルショップ。

そろそろ衣替えの季節なので、新しい服を探しに来たというわけ。


「本日は冬物セールとなっております。お早めに」


そんなことを熱心に綺麗な声で伝えているこの店員さん、実はバーチャル店員だ。

AR越しに見ると現れる店員さんで、実際にそこにいるわけではない。

でも、バーチャル店員さんだからこそのいいところがたくさんある。


「今日の店員さんのコーディネート、いいですね」


たとえば、バーチャル店員さんは、私に最適化されているので、いつも私好みの素敵なコーディネートを見せてくれる。

まったく服を買う気がなくても、ふらっと立ち寄ると素敵なコーディネートの提案があって、いつもとても参考にさせてもらってる。


ついでに言うとバーチャル店員さんは私と背格好が同じようにできていて、店員さんの姿は私が着た時のイメージそのままだ。必要であればすぐに店員さんの顔を私の顔に切り替えて、完全な試着イメージを確認したりもできる。


マネキンと試着室とちょっとした相談相手。色んなものを兼ねているのがこのバーチャル店員さん。

経費削減のためというのが導入の1番の理由だろうけど、気兼ねなく話もできるし、冷やかしで行っても罪悪感を抱かなくて済むし。正直本物の店員さんよりずっとありがたい……と言っては本物の店員さんに失礼か。


「今日はセールですし、トーカ様はお得意様ですので、このセットで50%オフになりますよ」

「え、ホントですか?」


「いいなぁ、いくらかな」と思った絶妙なタイミングでお値段の話。このあたりのセールストーク術は、さすがはAIだ。

このコーディネートで、50%オフだったら……いいかも。


「じゃあ、買っちゃおうかな」

「ありがとうございます」


その言葉と同時に決済完了を示すダイアログが表示された。

基本的に決済は買う意志を示せばあとはコンピュータが処理してくれる。

品物は後でドローン配送で届くので、ここで受けとる必要はない。


「またのご来店、お待ちしております」


そんなバーチャル店員さんの声を背にモールを出ると、そろそろ夕方という時間。

どうしようかな、と考えて、ふと昨日マガジンで見た記事を思い出した。

たしか、これくらいの時間の西埠頭の夕日がとてもいいっていう噂。

私は道に出てタクシーを捕まえることにした。


タクシーに乗り込むと、セクシーな低音ボイスで運転手さんが「どちらまで?」と尋ねる。

「じゃあ、ちょっと夕焼け見たいので、埠頭のほうまで行ってもらっていいですか?」

「ああ、あそこから見る夕日はいいですよねぇ」

そう言いながら「出発進行」なんて言って車を走らせる、この運転手も、バーチャル運転手だ。

バーチャル運転手は、タクシー会社が提供しているちょっとしたサービスで、利用するかどうかは自由。

必要なければ必要ないと言えばすぐに消えるし、ARをオフにしてもいい。

車自体は完全自動運転で動いているので、実際に運転手がいる必要はないのだ。

ただ、移動中の暇つぶしや、街の情報などを仕入れる意味で運転手さんと話したがる人も多くいて、あとは「味気ない機械に行き先言うより、運転手さんっぽい人に行き先を言って連れてってもらいたい」という人もいるので、大抵のタクシーにはこのバーチャル運転手サービスが導入されている。

変な運転手さんにつかまって嫌な思いをすることもなく、運転手さんに変な気を使う必要もない。

リアルな運転手さんよりありがたい……というのもやっぱり本物の運転手さんに失礼かな。


よく知らない西埠頭の事をバーチャル運転手さんに質問したり、周囲に流れる景色を見たりしながらしばらくすると、目的地に着いた。

「うわぁ……」

噂に聞いたとおりの素敵な夕焼け。

今日は本当に天気にも恵まれたみたいだ。海に沈みゆく夕日が、本当に綺麗で、心が洗われる。


さて、買い物も終わったし、いいものも見れたし。

そろそろ帰ろうかな。


私はXRグラスのVRモードをオフにして、ぐっと伸びをした。

ここは私の自宅。一日買い物をしたり、タクシー移動したりしていた私は、バーチャルな私だ。

モールや車にセットされたカメラやセンサー、公共ドローン、アバターボットなどを使って、家から一歩も出なくても、私はいつでも、どこにでも行ける。

ここ沖縄からはずっと遠い都心のモールや埠頭でも、アメリカの西海岸でも、月の上でも、バーチャルな世界でも。

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