転生したら(以下略)
なんでもない日、なんでもない高校からの帰り道。
今日はどこに寄ろうか……なんて考えながら、児童公園の横を通りかかった時、それは起こった。
目の前にボールがコロコロと転がった……と思ったら、その後に続いて飛び出してきたのは小さな女の子。
ボールは車道のほうに転がっていき、それを追う女の子も車道のほうへ。
え、何このベタなシチュエーション、と思いつつ車道に目を向けると、向こうほうから猛スピードで走ってくるのは4tトラック。しかも運転手は電話か何かしているようで前をあまりちゃんと見ていない。
……いやほんと何このベタすぎるシチュエーション。
って、シチュエーションに文句を言ってる場合じゃない。ベタだろうがどうあろうが女の子の命の危機であることに変わりはない。
(どうする……?)
一瞬の逡巡。ここで助けに行くとか、あからさまに自分のキャラではない。キャラではないけど、さりとてさすがにこれを見捨てて女の子に何かあっては寝覚めが悪い。
僕は意を決して飛び出すと、女の子を安全なほうへ押しやり、そのまま見事に鮮やかにトラックを回避……とそうは問屋が卸してくれない。トラックはもう体すれすれの位置にあり、はっとした瞬間に、僕の体は強烈な衝撃を受けて吹っ飛び、僕の意識は綺麗さっぱりブラックアウトした。
◆ ◆ ◆
「うーん……」
意識が再び浮上する。
ええと、僕はトラックにはねられて――死んだわけではなかったのかな。
じゃあ、ここは病院だろうか。それにしては何やらいい匂いがするような……。
そんなことを考えながら目をあけてみると、目に飛び込んできたのは金色の光。
同時に横から「おお、目覚めたか」というしわがれた声が聞こえてきた。
声のしたほうに首を向けると、そこには真っ白な髭をたくわえた老人がいた。
「えっと……」
「ワシは、神様というやつじゃよ」
「はい?」
唐突に出てきた単語があまりに突飛すぎて頭がついていかない。なんだって?神様?
「おまえさんは、トラックに轢かれたじゃろう?」
「ああ…はい」
「で、死んだわけだ」
「ああやっぱり」
「だから、こうして神様の前におるというわけじゃ」
なるほど、ええと、要するにここは死後の世界というわけか。
でも、あれ、普通だったら賽の河原がどうとか閻魔様がどうとかじゃないのだろうか…と首をひねっていると、
「お前さんの死はちょいとイレギュラーでな。なので特別にここに呼び寄せられたんじゃ」
神様が難しい顔で顎髭をしごきながら、そんなことを言った。
……やっぱりキャラじゃない事をするといけませんね。神様に難しい顔させるようなイレギュラーを発生させてしまうとは。
「で、まあここからが大事な話なんじゃが、お前さんの死は予定外でな。天界で受け入れる余裕がないんじゃよ。まあ、お前さんの生まれた世界ではお前さんは死んどるんで、元の世界には戻してやれんのだが、別の世界でよければ生き返らせてやるが、どうじゃ?」
えっとそれはつまり……アレですか。
いわゆる異世界転生というやつ…!?
「まあ、いきなり何も知らない世界に行く事になるんで不便もあるじゃろうからな。何か願いなどあれば叶えてやるが」
うん、これは間違いない。ラノベとかで読んだやつだ。
僕はこれから異世界に転生する。その際に神様からちょっとした能力などをオマケとしてもらえる。そういう話なわけですね?
つまり、ここで何を言うかがここからの物語を決める。これは慎重に決めないと……。
早速ラノベ知識を総動員して、検討を開始する。
やっぱりここは俺ツエーしてハーレムでウハウハコースがいいよね。男の子だしね。まかり間違っても何の能力もないけど何度も繰り返してどうにかするのとかそういうのは勘弁願いたい。
「じゃあ……RPGで言うところのレベルカンストの能力と、すんごい強い魔法と、長い寿命と…あとはスマホとか使えるようにしてほしいんですが」
「そんなもんでいいのか?」
なんだか神様が妙に心配そうな表情をしているのが気になるが、異世界転生モノでこれ以上何があるというのだ。
大丈夫、これで僕は転生先の世界で無双状態になって、可愛い子と仲良くなってウハウハ間違いなしだ。
「お願いします」
「じゃあ、転生させるぞ」
僕の意識は再びブラックアウトした。
◆ ◆ ◆
意識が戻ると、目の前に人の顔があった。
「……!?」
その顔は、不思議そうな表情で僕の顔をじっと見ている。
色白な肌、くりっとした瞳に長い睫毛。
男なのか女なのかはいまいち判然としないが、とりあえず美形であることは間違いない。
それはともかく、なんでもいいけど近い。顔が近い。
「……えっと」
耐えきれず僕がそう声を上げると、その顔の表情が驚きの表情にくるりと変わった。
そしてすぐに何かを納得したような表情に変わると同時に、その口が動いた。
「ああなるほど、音声言語か」
耳に響いてきたのはどこかたどたどしい、柔らかい声。と同時に顔が遠ざかり、全身が視界に入る。
身にまとっているのは、不思議な光沢を放つ、なめらかな服。少なくとも僕が日本で見たことはなさそうな素材だ。
骨格や肉付きからすると、恐らく男。でもところどころ女性っぽい曲線もあるしやっぱりいまいち性別がわからない。わからないけどとりあえず男だと思うことにしておく。
「テレメが通じないからどうしようかと思ったよ」
彼はやれやれといったように首を振ると、近くの椅子に腰掛けた。
「しかし驚いた。まさか転送実験で人が転送されてくるなんて」
転送実験……?
なるほど、僕はその実験とやらの結果として、この世界に転生されてきたわけか。
どうやら「召喚された」とかそういうファンタジックな展開ではなかったらしい。
そういえばこの部屋も、やたらなめらかな壁といい、天井の照明といい、どこかサイエンティフィックな空気が漂っているような気がするが。
「えっと、ここは……?」
「ああ、ここはR23特区の実験室だけど。っていうか君はどこから来たんだい?」
「どこから……」
さすがに「異世界から転生されてきました」と言って信じてもらえるかどうか。そんな事を言って狂人扱いされてもこれからの異世界生活に支障が出る。ここは何か気の利いた返しを…と考えていると、
「もしかして記憶がないのかな?」
あちらのほうから助け舟が着船。
「そう……なのかも」
ここは記憶喪失を装いつつ、状況や世界観など色々と探りを入れるのが得策だ。
「なるほどね」
彼は「わかるわかる」とでも言いたげにうんうんと頷くと、「人体の転送は脳に負荷が」とかなんとか一人でぶつぶつ言っている。
「えっと、お名前とか聞いてもいいですかね」
「ああそうか、もしかしてタグとか見えてないのか」
タグ…というのは服とかの値段が書いてあるアレのことだったっけ。特にそういう物がどこかについている様子はないのだけど。
「僕はサリュ。君は?」
「平林太一。タイチとでも呼んでくれ」
「じゃあタイチ、一つ聞きたいんだけど、君、ネットワーク繋がってる?」
「ネットワークって?」
僕の返答に、サリュは一瞬ポカンとした顔になる。
「これはまた珍しい人と出会ってしまったみたいだな……」
頭をポリポリと掻きながら、サリュはボヤいた。
「念のため確認なんだけど、僕のすぐ近くに何か文字とかは見えてない?」
「ん? 別に何もないけど」
「そうか、やはり」
ネットワーク……といえば、僕が知ってるのはワイファイとかインターネットとかそれくらいのものなのだけど。
と、そこまで考えて、大事な事を思い出す。そういえば、スマホ持ってたんだった。
ごそごそをポケットを探って、スマホを取り出す。
スリープ解除ボタンを押すと、使い馴染んだインターフェースが立ち上がった。
「え、それって……」
急にサリュの目の色が変わる。
そうだろうそうだろう。これだけの文明の利器、この世界にはないだろうし。
「うわぁ、携帯型端末っていうやつだよね、これ。実際に動いてるものなんて初めて見た」
えっ……もしかして知っているのか?
「こんなの博物館でしか見たことないよ」
えっとちょっと待ってほしい。「博物館でしか見たことない」と言うのはどういう場合だろう……
それってもしかして……
「僕らはみんな体内にコンピュータを持ってるから、こういう携帯型外部コンピュータって必要ないんだよね」
どこか楽しげに携帯端末を見つめながら、サリュはそう言った。
「えっと、それってコンピュータが体内にインプラントされてるとかそういう?」
「ん? ああ、そういうことじゃなくて。人の体には心臓とか色々な臓器があるでしょ? それと同じように、体内にコンピュータを生まれ持ってるんだよ」
「そ、そうなんだ」
「って、そういう事を言うってことは、やっぱり君は体内にコンピュータを持たない人間か。過去からタイムスリップでもしてきたのかい?」
ニコニコしながら話すサリュの姿を見ながら、僕は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
もしかしてこの世界は……。
とりあえずどうやらスマホなんてものはこの世界では博物館に置かれるような過去の遺物でしかないらしい。
ま、まあ、スマホがまるで役に立たない場合だってあるのは、想定の範囲内だ。
だからこそ他の能力も一緒にお願いしたのだし。
そう、例えば、魔法。
僕は呪文を唱え、サリュの目の前で小さな炎熱魔法を解き放って見せた。
「へえ、不思議な事できるんだね。どんな仕組みなんだろう。面白いなぁ」
サリュは、いたく感心した様子。
そうだろうそうだろう。さすがにこればかりは真似できまい。
やはり僕はこの世界で無双……とほくそ笑んでいると、
「まあでも、要するにこういうことだよね」
サリュは両手についた機械を何やら操作すると、前に突き出した。
するとそこから、魔法に勝るとも劣らない炎が吹き荒れた。
「なんですと!?」
「ああ、ちょっと火を出せるだけの燃料を空気中から合成して燃やしただけだよ。もうちょっと規模の小さい安全なやつなら子供でもできるよ」
「じゃあ、これは…?」
僕は次々と色々な魔法をやって見せた。回復、長距離移動、暗闇、物質複製、重力操作、炎、風、水、光など持てる魔法の全てを、MPが尽きかけるまで出し尽くしてみせる。
しかしそのどれに対しても、サリュはおおよそ同じ事を涼しい顔でやって見せた。
回復は医療ロボットや様々な薬で実現可能。複製は物質スキャナとプリンタでできる。長距離移動は物質転送でできる。重力操作はこの世界ではどこでも普通にやっていることだし、炎や風、水などの自然に存在する物質の操作なんてどこでも当たり前に行われていること、らしい。
さらには、量子や時空を操作するとかいう、RPG世界でもまったく見たこともないことを実演して見せられ、もはや魔術師なんていうものは、この世界において微塵も存在価値がないという事実をはっきりと見せつけられた。
……じゃ、じゃあ、そうですね。
魔法がダメなら、レベルカンストの人間の力をお見せするしかあるまい。
僕は手近にあった大きく重そうな机をひょいと持ち上げると、それで軽い筋トレのような動きをしてみせた。
さすがはレベルカンスト、多分100Kgくらいある机なのだけど、軽い軽い。
しかし、サリュの表情は特に変わらない。どこにでもある当たり前の現象を見ているような、涼しい顔でいる。
これはどういう事だろうと思いつつ、ふとイタズラ心が芽生え、バランスを崩したフリをして机をサリュのほうに落とそうとしてみる。
すると、どうだ。
サリュは「おっと危ない」と言いながら、さらっとその机を受け止め、あっさりと元の場所に戻した。
これには僕のほうが驚かされた。
サリュは、どちらかといえば華奢な体型に見える。その彼が、こんな100Kgオーバーの机を軽々と扱えるとは。
いったいどんな肉体を持っているんだ……とサリュの体を見てみると、さっきまではなかったはずの複雑な機械のようなものが、サリュの肌を覆っている。
「ああ、これは強化外骨格みたいなもので。強い力とか、人体を超えた敏捷性とか、そういうのが必要な時に瞬時に生成できるんだよ」
僕の視線に気づいたのか、サリュは楽しそうにそう説明すると、さっきのよりももっと重そうな机をひょいっと持ち上げて見せた。
「……えっと、つまり……」
レベルカンストの能力も、すごい魔法も、スマホも。
全部この世界では誰もが当たり前にできるような事で。
しかもそれが魔法とかじゃなくて、科学――
「ついでに聞いてみたいんだけど、この世界の人たちって、寿命はどれくらい?」
「ああ、みんな生きたいだけ生きるね。で、満足したら死ぬ」
「……さいですか」
いや、転生先の世界の事をちゃんと確認しなかった僕が悪い。悪いんだけどさ……。
とりあえず僕の転生ライフ、\(^o^)/オワタ
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