キラキラジーン
「うーむ……」
恰幅のいいスーツ姿の男が、渋面になりながら、テーブルの上に広げられた数枚の電子ペーパーに目を落とす。
そこに表示されているのは、金髪に青い瞳だったり、銀髪にグレイの瞳だったり、どう見てもアジア人には見えない派手な見た目の赤ん坊たちの写真。
そして、その横に表示されているのは、頭の悪そうな色とフォントで飾り立てられた、こんな文字列。
『あなたの子供が天使に!』
『遺伝子操作でできた! 憧れの金髪碧眼Baby』
それはどうやら女性向け電子マガジンの1ページで、遺伝子操作でもって自分の子供を可愛くしよう、という特集の扉ページらしかった。
「これはさすがに……なぁ」
「そうですねぇ……」
横にいた若い男も苦い顔で頷く。
ここは保健省のとある一室。彼らは保健省の役人で、今はとある案件の調査をしているところだ。
その案件というのは、「一部の医院が遺伝子操作による外見の操作を請け負っている」という噂について。
その噂を聞きつけて、調査を開始したのがほんの数日前。
まさかそれが実際に行われているだけでなく、すでに一部のマガジンで特集が組まれるレベルの周知の事実になってしまっているとは。
「どうしましょうか…」
「どうするって言ったって、なぁ…」
それは、元を辿れば数年前に確立された、受精卵に遺伝子操作を施す技術だ。
本来は病気や体の弱さなど、親の持っている遺伝的なリスク要因を取り除くために開発されたもので、実際に遺伝子がらみの不具合を抱えたたくさんの赤ん坊を救ってきた。
しかし、遺伝子を調整して病気を取り除ける、ということは、当然病気以外のところにも応用できる。
とある研究者が、外見にかかわる遺伝子のルールを全て解明したのもあって、理論上、遺伝子レベルで規定される外見は全てコントロール可能となった。
もちろん、理論上可能だからといって、それを誰でも行っていいという事にはならない。
遺伝子操作については、デザイナーベイビーや遺伝子の多様性保護などの観点から、「親の抱えるリスク要因を取り除き、子を健康にするための医療目的のみ」という制限の下に利用が許可されている……のだが。
一部の医院で、「親の持っている外見的な意味でのリスクを取り除くため」という名目で、遺伝子操作を使った外見のコントロールを一般解放してしまっているようなのだ。
まあ、実際のところ美人やイケメンの方が多くの場面で得なのは、統計的なデータで立証されていたりもする。外見に関わる遺伝子を操作することで「外見に起因するリスクを避ける」というのも、理屈としては通ってないわけではない。
だが、実際に行われている事は、その大義名分を盾に、まるでネットゲームで自分のアバターをカスタマイズするかのようなノリで、好き勝手に子供の外見を決めるということ。
親はまったく凡庸な東洋人顔なのに、その子供をなぜか金髪碧眼の西洋人顔にしたり、親は身長も低い寸胴体形なのに、その子供はすらりとした高身長の9等身モデル体型にしようとしたり。
中には大好きなゲームキャラそっくりの見た目にしようとするとか、果てはエルフ耳のような本来人にはない姿にしようとする親まで出る始末。
もちろん、そんなことを進んでする人間は多くはない。
というか、普通の人はまずそんなことはしない。
ある程度枯れてきた技術ではあるが、やはり意図しないところに変な影響が出る危険はあるし、失敗例もある。
自分の子が自分に似ていなかったら子は悩むだろうという配慮もある。
珍しい外見ゆえにいじめられるとか、行きていく上で面倒な目にあうとか、そんなリスクも負うことになるだろう。
まともな親ならそう考える。
しかし、そんな事を全く気にしない層というのもやっぱり一定数はいたりする。
彼らに言わせれば「可愛いは正義」じゃないが、自分の子供を可愛くしてあげることこそが愛情表現だということになるらしい。
「とはいえ規制するというのも難しいしなぁ」
「そこですよね……」
これを明快に規制する法律を作るというのは難しい。
全てを禁止とすることもできるが、本当に外見の部分で苦労した親が、自分の外見が遺伝するかもしれないからと子を作るのを躊躇う話だってある。そういう話は救いたい。
どこからどこまでが医療行為として認められるべきなのかなんて、どうやったってうまく線引きできないのだ。
結局、政府の対応が後手後手に回っているうちに、ブームはじわじわと加熱されていった。
一部の人の間で「キラキラジーン」などと呼ばれて揶揄され、嘲笑の対象になったのは当然のこと、懸念されたとおりにいじめや差別など、遺伝子操作による問題は山のように起こった。
しかし政府としてはできることも多くはなく、ただただマナーや道徳の教育を通じて「外見で差別するような事は良くない」というメッセージを出し続けるしかなかった。
◆ ◆ ◆
そして十数年の時が経ち、遺伝子操作世代の子どもたちが大人になる頃。
「まさかこんなことになるとはな……」
かつてこの会議室で頭を悩ませていた役人も、事態のあまりに予想外な展開に、別の意味で頭を抱えていた。
目の前に広げられているのは、遺伝子操作世代の特集。
『奇跡の世代』『NU GENE世代がまた新たな金字塔!』
そのどこにも「キラキラジーン」だとか揶揄するような雰囲気はない。
全ての見出しが遺伝子操作世代の子供たちを賞賛するような内容ばかり。
それはこのマガジンに限った話ではない。
どのニュースメディアを見ても、遺伝子操作世代の子どもたちを褒め称えるような記事でいっぱいだ。
もちろん、古い世代でそんな姿の子どもたちの事を嫌悪したりする人も根強く残ってはいる。
だが、世のほとんどの人の中で、そんなマイナスイメージはもはやほとんど払拭されたと言っていい。
「キラキラジーンの子たちって、もっと問題になるのかと思ってたんだがな…」
「先輩、政治の人間がキラキラジーンとか言っちゃ駄目ですよ。今や頭の古い人しか使わない差別用語ですそれ」
「おっとそうだった……にしても、遺伝子操作世代の勢いはすごいな」
「ええ、アイドルや音楽家、芸術家、学者にエンジニア、色んなところで大活躍ですね」
手元の電子ペーパーに表示されたマガジンの表紙には、まるで2000年代初頭のアニメやゲームにでも登場していそうな、銀髪にグレイの瞳、抜けるように白い肌の綺麗な女の子。
彼女はもちろん遺伝子操作世代で、その特徴的な外見も活かしつつ、外見に負けない才気あふれるシンガーソングライターとして、ヒットチャートを席巻している。
「私もこの間アイドル活動してる子に会ったんだが、本当にしっかりした子で驚いたよ」
「僕も何人か会った事あるんですけど、みんな勉強熱心でいい子たちでした」
「で、挙句の果てにはこれだものな……」
二人が目を落とした先、別のニュース誌の一面を飾る、柔らかく穏やかな笑顔の女の子の写真。
そしてそのすぐ下には「peace」という文字。
「世界平和の大使ってなぁ……」
彼女は17歳の遺伝子操作世代。金髪に緑の瞳、浅黒い肌、そして特徴的な少し尖った耳。まるでゲームキャラのようなその外見のため、幼少期にはいじめを受けたり苦労もあったらしい。
だが、彼女はそんな苦労を綺麗にはねのけ、今は自分の経験と外見を活かして差別や不寛容、無理解に苦しむ人を助ける活動をしている。
「まあ、彼らのお陰で肌の色だとか血統とか人種とか、そんなのほとんど無意味になりましたからね」
「今年の世界平和賞は彼らに、っていう噂もあるらしいが……まあそれだけの実績はあるからな」
「実際色んな国で民族とか差別とか階級がどうのとかいった対立とか戦争とかなくなりましたしね。そんな事に囚われてるのがアホらしくなったとかで」
「にしても、なんだ、ああいう外見の子たちって、こう言っちゃ悪いが親はそんなに学のない場合が多いはずだろう? なんでこんな事になったんだ?」
「ああ……それについては実はちょっとしたカラクリがありまして……」
「ほう?」
「先輩の言う通り、ああいう事をする親って、そんなに賢くはない場合が多いんで。気を利かせた……ってわけでもないんでしょうが、外見に関わる遺伝子操作する場合に、それを請け負う医療機関が『一緒に子供の知能を向上させる遺伝子操作を行う』っていうのを、プランの中にこっそり付け加えてたらしいんですよ。
で、まあそんな親だから、そういうのはちゃんと読まないでOKするんですけど。
そんなわけで外見を遺伝子操作されてる子ってみんな親より知能のポテンシャルは高くなってて、さらに見た目が特徴的だから、学校を中心に周囲も警戒してしっかり育てようとするし、本人も外見で差別されたくないから頑張るし。親だってまあ自分の望み通りのかわいい子供なんだから、少なくとも大事にはするでしょ? その結果がこれです」
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