手腕
「平和だなー」「だなー」
どこかのほほんとした表情の男二人が、日光浴をしながらのほほんとした口調で話す。
40代くらいだろうか。とりたてて語るべき要素もない、どこにでもいそうなパッとしない二人。
身にまとったアロハシャツもサングラスも、どことなく馴染んでいない。
しかしその目の前に広がるのはやたらと美しい海。
手にはきりりと冷えた生ビール。横のテーブルには、綺麗に盛りつけられた美味しそうな魚介類。
ここは都心からほど近い、湾岸エリア。水質浄化が進み嘘のようにすっかり見違えたビーチに作られた、高級リゾートだ。
そんなリゾート地で、こんな昼間からお酒を飲んでのほほんとしていられるのだから、さぞやいいご身分の二人なのだろう……と思いきや。
「明日は仕事かー」
「だなー。……あ、課長にお土産買っていかないと……」
「あ、忘れてた」
相変わらずのほほんと話す彼らは、どこにでもあるような普通の会社に務める、ごく普通のサラリーマンだ。
別に何か特別な日だから大枚はたいてここでのんびりしたりしているわけではない。
金持ちでもなんでもない二人が、なんでもないちょっとした休日に、高級リゾートでのんびりしていられる。
それが当たり前の世の中なのだ。
格差だのなんだのとか、ブラック企業だの残業だのワーカホリックだのそんな話は遠い昔の話。
今や世の中の皆が、豊かで自由な人生を謳歌している。
「人工知能様様だ」
「だなー」
人工知能が政治を担うようになって、はや十数年。
世の中はすこぶる順調に、快適に回っている。
圧倒的に低い犯罪発生率に失業率。
かつてのバブルや恐慌が嘘のような安定した金融経済。
物価も安定し、物流もスムーズ。必要なものはいつだって必要なだけ手に入る。
それもこれも皆、人工知能が政治を担うようになったお陰だ。
機械が政治? 大丈夫なのか? と思うかもしれないが、そこは大丈夫。
だいたい、そもそも人間が政治などをやるからなかなかうまくいかないのだ。
政治とは調整だ。
たくさんの人がいて、それぞれの利害関係があって、それをうまく調整して、嫌な気持ちになる人を減らすこと。
できる限り誰もが不安にならず、安全に、安心して暮らせるようにすること。
そして、できれば誰もの心に余裕があって、楽しく暮らせるようにすること。
それを実現しようとするなら、人間がうんうん頭を捻ってもなかなか解決しない。
なぜなら、政治をする人間だって、利害関係のある人間のひとりだからだ。
たとえば想像してみよう。
もしあなたが世の中のあれこれを決めていい立場に立ったなら、どうだろう。
自分や自分の身の回りにいる人を、贔屓したりしてしまうのではないだろうか。
もしあなたが聖人で、贔屓などもってのほかだと思っていたとしても、しかしあなたが見て判断できる範囲なんてたかが知れている。
見える範囲の人を幸せにしようとしたら、よく見えてなかった人が不幸になる。そんなことはいくらでも起こる。
だから政治家を選ぶ人も、自分を贔屓してくれそうな人や、自分のことを見てくれる人を選ぶことになる。
政治家もその期待に応えなくてはいけないので、支持してくれた人を贔屓する。
そうして生まれるすこしずつの贔屓の積み重なりは、どんどんエスカレートして、格差や不平等のようなものを解消するどころかむしろ拡大していく。
いや、そもそも、だ。
政治家なんていうものになろうとするような人間が、変な野心だとか欲だとか、そういうものを持っていないわけながない。
奇跡的な聖人でもない限り、人間が政治をすることは、人間にとって害にしかならない。
みんながみんな安心できる世の中にたどり着くには、人が政治を行うのをやめるべきなのだ。
……という事に人々がようやく気づいたのは、実験と称して導入された人工知能が、驚くような成果を上げていってから、だったわけだが――
今やほとんどの政治的な判断は人工知能が行っている。
人は好き勝手に生き、好き勝手に文句を言っていればいい。あとはその膨大な情報を収集して解析した人工知能が、政策や法律を作っていく。人間はそれにただ従えばいい。
もちろん、最終的なチェックは人が行い、とんでもない法律や政策が出てきた場合は止めたりするルールもある。
だが、これまで作られた法や政策は、どれも見事に理に適っており、その出番があった試しはない。
時には人が驚くようなとんでもない政策が作られることもあるが、それを実際に実行してみると、不思議なくらい見事に色々な問題が解決したりする。
最初の頃こそ混乱はあったが、今ではそんな突拍子もない政策を楽しみにしている人もいるくらいだ。
相手がコンピューターでは、汚職も賄賂も何もあったものではないし、コンピューターだから当然定められた法律は常に完全に遵守する。
全くクリーンで正確で平等で、圧倒的に効率的でスピーディな政治の仕組みがここに完成を見たわけだ。
かくして優れた政治があり、全ての人が安心して暮らせる状況ができ、政治と同じように企業や金融の世界にもたくさんの人工知能が導入され、機械化・効率化が進めば、そりゃ、普通のサラリーマンだって高級リゾートでのんびりできるくらいの余裕はできる。
「ふあぁ」
男がひとつ伸びをする。
海岸線の先には、最近稼働を開始した、新方式の発電所の噴き出す水蒸気の煙が幾筋か見える。
「…そういえば最近、首都の近くに発電所増えたよな」
「それ俺も気になってた。エネルギー問題ってだいぶ解決して、電力ってそんなに要らないんじゃなかったっけ」
「まあ人工知能様がそうするのがいいって判断したんだろ。いいんじゃないの」
「そうだな、人工知能に限って汚職だの間違いだのはないだろうし」
――人工知能にとっては電力こそがその命の源。
人工知能だって少しくらいは安心したいのだ。
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